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2.「結婚」ってなんだろう

生まれつき二人一組の種族なので誓いを立てて番う必要がない

永遠に生きて原子レベルで不変不朽なので死ぬ事もないし子孫を残す必要もない

特に何もしなくとも二人だけで生きて存在し続けるから法律も倫理も宗教も必要ない


そんな存在が果たして「結婚」という概念を理解できるんだろうかと思ったのです

だいたい呑気に永遠を揺蕩う仲良し双子姉妹の「結婚」問答

「えーっと『両性が夫婦となる事、及びその関係を法によって承認される事』

というのが昔の定義で、

やがて『男性と女性、女性同士や男性同士で、また時には三人以上で共に生きていくと宣誓して世の中に承認される事』になっていったんだそうな」

お揃いの寝巻をお揃いの部屋着に変えて。

一つのベッドがある一つの寝室から、重力のない一つの居間に移って。

様々な文章や計算式を書き込んだ無数の石板を

一枚の翡翠の板にまとめたエメラルド・タブレット、

私達が地球にいた頃から使っていた相棒を指で弾いて、

人類の辞書を調べて…みたのはいいけれど。

私にもアイにもどうにも実感の湧かない記述が多い。

「いつもありがとうエア。…と言いたいのだけれど、よく分からないよ」

「私も書いてある文章を読んだだけで含意までは見えてないかな」

こうなってしまうとアイの長考が始まる。

夕日のような赤い髪、星々のような彩色の瞳、昼月のように白い肌の姉。

アイが何かを考えている時の顔は世界が儚く移り変わっていくような趣がある。

地球にいた頃にその趣の一つを「美しい」と名付けた時の

誇らしい感触は一万二千年以上経っても消えそうにない。

…5分ほど無重力の部屋で漂った所で、アイの思考に区切りがついたらしい。

それから互いに上下逆さまのままで、

互いに優しく両指を絡めあいながらの対話が始まった。

瞳と瞳で見つめ合いながら、

私の白いロングスカートとアイの黒いロングスカートが空間に広がっていく。

陰と陽を描いて周る太極図のように。


「そもそも、どうして定命の人々は共に生きていくことを宣誓しないといけなかったのかな。存在することに承認なんて必要?」

「あのさアイ、彼女ら彼らは私達と違って死ねない訳じゃないし、生まれつき二人で一つでもないんだから」

「そっか、他の生き物は何もしないと消えてしまうから。だから出会って世界に誓いたかったのかな、私達はここにいるって」

「単純に生殖しないと種族が途絶えるという話にも思えるけど。彼女ら彼らは命を繋げていく生き物なんだし」

「それだけで星々や天国の向こうに行けるかな」

「空も飛べなかったかもね。成程、言われてみると生殖は生殖でしかないのかも。定命の人々は他の何かを見つけているとか」

「うん、もうちょっと情緒や願望があると思う。「サピエンス」、生きることは知っていくこと、何かを望むことだって。他の生き方が出来ないような」

「21世紀初頭の時点で1080億を数えていたのは生命なのか誓約なのか」

「そこまでは永遠に2しかない私達には分からない気もする」

「私達も定命の人々も、他の種族も。もっと気楽に存在していいんじゃないかな」

「それはエアの言う通りだと思うよ」


お互いに何だか分かったような分からないような感覚である。

二人の指はどちらも所在なさげに戯れている。

私とアイは「こうなってほしい」と願えば大体は「こうなる」生き物なので、

細かく理論を詰める必要もないしそれで困る事もないのだ。

ただ私達は目で見たものならば理論込みで完全に複製出来るし、

その理論も青写真もエメラルド・タブレットに書き込めるから、

定命の人々や他の魔女種族が生み出したものであれば大体は把握してもいるけれど。


「で、アーレア・リェイスティン女史とフェーリ・ミライ女史曰く、私とエアは「結婚」していると」

「おそらくは彼女達にはそう見えたという事なのだろうね。当の私達は「結婚」をよく分かっていないけれど」

「二人で生きていくって約束してるのが伝わってたのは悪い気持ちはしないかな」

「うん、悪くない。二人だけの種族だから私達は法律なんて使ってないし、存在を誰かに承認される必要が無くても」

「一人では存在しているだけになるのは彼女達と変わらないから」


ある種の幸せというのはこんな感触なのかもしれない。

もちろん私とアイは二人で一つの永遠種でずっと一緒だから

いつだって幸せなのだけれど、それとはまた違う類の幸せ。

知る事が幸せならば知られる事もまた幸せになりうるのだろうか。

私達は二人だけで全てが完結している種族だから、そんな事は考えもしなかった。


アイの白い指が私の褐色の掌にほんの少しだけ食い込んだ。

アイが見つけた何かに繋がる感触が私の中で言葉として広がっていく。

地球で飲んだカフェオレみたいに。


「そうか、幸せである事を誰かに知られると嬉しいから、他の人に誓約するんだ。この場合は「結婚」として」

「あるいは武勲を挙げて名乗る感覚にも近いのかもね。成し遂げたことを未来へも遺したくて」

「私の名前はアイにだけ知られていればいいのけれど、例外も作ってみる?」

「そうだなぁ、このお手紙には何かお返事しようかな。私達の痕跡は地球には残さないようにしてきたけれど」

「あるいは私達二人のことを伝える何か他の方法も考えてみようか」

「彼女達がびっくりするような?」

「アイは相変わらず悪戯が好きだね」


私達は生まれた瞬間から二人で、地球のある宇宙が終わった後も二人。

定命の人々と違って種族を繋いでいく生態ではないから

番う事も生殖する事もない。

初めから永遠に二人の存在には定名の人々のような「結婚」は出来ない。

けれども彼女らに、私達の共にある幸せを伝えてみるのも悪くないと思ったので。


だから、どうやって彼女達に返事をしようか。

どうして私とアイは一人では生きていけないのか。

そんな事情を一通の手紙にまとめてみる事にしたのだ。

互いにゆっくり回転して、向きを揃えてから部屋に重力をかけて。

意識の外にしまっていた机と椅子を出して、私達は文字と記憶を書き出し始めた。


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