83:聖人は魔法使いを見下す
無様な姿で床に転がる弟と、聖人相手にひるまない無礼者共を前に、ネアンは大きなため息をつきたくなった。
駄目だ、こいつらは。
(多少魔法が得意だからと、カオごときを捕縛できたからと調子に乗って。ならば、無知な者たちに現実を見せてやらねば)
立ち上がったネアンは、その場で魔法を発動する構えをとる。
それを見たフレーシュが、腕を組んで不敵な微笑みを浮かべた。穏やかだった微笑みが、どこか凶悪でほの暗さを含んだものに変わる。
「レーヴルの王城で魔法を使うつもりかい? 何かあれば大問題だけど、わかってる?」
「うるさい。そんなもの、あとでいくらでも揉み消せる。モーター教徒は全世界にごまんといるのだから隠蔽工作もお手の物だ」
それは、れっきとした事実。
これまでもモーター教は様々な事実をもみ消してはねつ造してきた。
歴史さえも、そうやって改ざんしてきたのだ。もっとも、これはモーター教の中でも一部の選ばれた者しか知らない情報だが。
そう、自分は選ばれたのだ。あの教皇に。
人前に姿を現さない教皇は、世間では、いるのかいないのかわからない謎の人物という設定になっている。
しかし、彼は現実に存在した。
聖人のネアンは教皇に会ったことがあるし、少しだが言葉を交わしたこともある。
教皇は、ネアンの憧れの存在なのだ。
「安心してください、教皇様……あなたの敵は、俺が排除してみせる」
ぽつりと一人呟いたネアンは、魔法を宿した手のひらを弟やレーヴル国の者たちへ向けた。一般の魔法使いが聖人に勝てるわけがない。自分の勝利は確定している。
孤児からここまで這い上がってきた。
そこに至るまでは苦しい道のりだった。
感情をそぎ落とし、効率のみを重視して、ようやく第二位の聖人まで上り詰めた。
目の前にいる平和ぼけしてのほほんと生きてきた奴らのような、くだらない連中には絶対に負けない。
瞳をギラつかせたネアンは火魔法を自分以外の全員へ向けて連射した。