73:二番弟子との思い出2
グラシアルを抱き上げたアウローラは、そのまま王宮へ突っ込もうとした。
しかし、王宮の者たちは不義の子を、城の内部に入れることを躊躇する。
それはそうだ。今まで、グラシアルを認めてこなかった者たちなのだから。
何が何でも、第二王子を王宮へ近づけたくないだろう。
「ちょっと、王子殿下はこんなに弱っているのよ? 今すぐ看病しなきゃ……」
王宮を代表し、侍従長がアウローラに対応する。
「恐れながら、アウローラ様。グラシアル殿下はこれまでも離宮を出た経験がございません。王宮よりも離宮の慣れた環境の方が……」
冷静に返された言葉は、なにも侍従長だけの意見ではない。
王宮にいる全員の声だった。
アウローラは「信じられない」と言いたげな表情で、侍従長を始めとするメンバーの顔を見る。
「あの朽ちかけた離宮に、この子を一人戻せというの?」
「今までも、我々はそのようにしていたのです。のちほど、使用人を手配します」
すると、アウローラはキッと目をつり上げ、彼らに向かって叫んだ。
「冗談じゃない!! 誰が、あんなボロくて汚くて寒くて寂しい場所に、この子を帰すものですか! 王子殿下の体調が回復するまで、私が責任を持って看病します!」
強気な少女の啖呵に、王宮の者たちは全員息を呑んだ。
「し、しかしですな。勝手にそんなことをされては……」
侍従長が子供を諭すような温い微笑みを浮かべた。
のちに伝説となる偉大な魔法使いも、当時はまだ子供で十五歳くらいだった。
王宮の者たちは、彼女なら御しやすいと判断したのだろう。
しかし、続くアウローラの言葉で、侍従長の心は揺れ動いた。
「症状が悪化した際の対処方法は知っているの? また魔法が暴走したら、あなたたちはこの子を助けられるの?」
再び周囲が凍り付けになったら、自分が巻き込まれてしまったら……と、他の者たちもキョロキョロと顔を見合わせ始める。現金なものだ。
「し、しかし、陛下や王妃殿下のご意見を伺う必要が……」
「息子の無事を確認にも来ない人の意見なんて、知ったこっちゃないわよ。追って、師匠から遣いを出してもらうわ。私は今回師匠の命令できたのだから、何かあれば彼女が対応してくれるはずよ。それじゃっ」
言い捨てると、アウローラは勝手に転移魔法を展開し、グラシアルを抱き上げたまま王宮の前から姿を消した。
これがのちに隠蔽された、第二王子誘拐事件である。
※
――記憶にない温かさを感じ、穏やかな眠りについていたグラシアルは、うっすら瞼を開ける。
年季が入ってはいるが、丈夫でよく手入れされた木の寝台に、ちぐはぐな意匠の手作りブランケット。
傍では、離宮になかった魔法暖炉の炎が静かに燃えている。
転移魔法でアウローラの部屋に移動したあと、強制的に寝かしつけられてしまった。
際限なく魔法を使い続けたせいで、体が弱っているのだとか。
(僕を助けてくれたあの人は、いったいどこへ行ったんだろう?)
もそもそとベッドから抜け出し、裸足のグラシアルは部屋の扉に手をかけた。
瞬間……
ドォォンン! と、ものすごく大きな音と人の言い争う声が響く。
「認めないっ! 俺は認めないぞっ!」
「ガタガタ文句言わないのっ! 師匠にも、もう報告したし、許可は出たし。私はあの子を弟子として迎え入れますっ!」
「勝手に決めるな! 弟弟子なんて、俺は望んでいないっ!」
「これは師匠の命令よ! 言うこと聞きなさい!」
「横暴だ!」
続けて、まだドカーン! バコーン! と、激しい音が鳴って床が揺れた。
(一人は、あの人だよね……? もう一人は、誰だろう?)
不安に思いつつ扉を開け、廊下の先にあった階段を下りていく。
音は階下から響いているようだった。