70:迷惑な聖人と過保護な聖騎士
私は憤慨しながら、礼拝に来ていた人々を守るため、カオを魔法の壁で囲んだ。
以前、カニバ・バットから令嬢たちを守った方法だが、今回は保護対象ではなく、元凶の側を囲む。そのほうが範囲が狭くて楽なので。
(ちょっと大きな魔法を使ったら、すぐに倒れてしまう貧弱な体。負担をかけずに過ごすには、魔力量を調節するしかない)
体力が正常に戻るまでは、騙し騙しやっていくほかない。
私の魔法に気づかなかったのか、壁に気づかないカオの魔法が炸裂し、魔法の壁の中で大爆発が起きた。
(あらあら……)
様子を見守っていると、ピシピシと壁にヒビが入り、中から煤で真っ黒になったカオが出てくる。彼の髪は鳥の巣のようにチリチリに巻き上がっていた。
「大聖堂で暴れちゃダメよ。公共の場では静かにしなさいって習わなかった?」
何が起きたのかわからない様子のカオは、自分の身に起きたことが屈辱的だったのだろう。顔を真っ赤にして口を尖らせる。
「うるさいなぁ、ちょっと油断しただけだよ!」
形勢が不利になると感情的に叫ぶなんて、まだまだかわいげのあるお子様だ。
カオの魔法のせいで、礼拝に来ていた人々が私たちに気づき、ざわざわと戸惑い始める。
「な、なんだ、今のは……!」
「魔法だったぞ! あの少年は魔法使いか!? こんな場所で魔法を放つなんて!」
「モーター神への冒涜ですわ! あちらの変な髪の二人も魔法使いでは!? 大聖堂で魔法を使った喧嘩なんて、止めて欲しいですわ!」
「まったく……これだから、魔法使いは……」
祈りを邪魔されたモーター教徒たちは、迷惑そうな顔で大聖堂を出て行く。
私たちはともかく、カオは「聖人」だが、それがわからない人々にとっては、どちらも同じに見えてしまうのだろう。
カオはむっつりした表情を浮かべた。
「ほら、あなたのところの信者も怒っているわよ。聖人なら皆の手本になるような、モーター教的に清く正しい行動をしないといけないんじゃない?」
だが、カオには周りの声など届いていない。
どんなときでも、自分の興味を優先する性格らしい。
「ゴチャゴチャうるさいよ、お姉さん! 聖人と魔法使いの区別もつかない愚民に用はないから! 続きをしよう! まだ、ボクが負けたわけじゃない!」
「……だから、魔法を使う場所を考えなさい」
人々が建物を出て行ったのはいいが、大聖堂を破壊するのはよくない。
常識を全く知らない子供が聖人だなんて、モーター教も人選は慎重に行うべきだと思う。
周囲の顰蹙をものともしないカオは、次の魔法を放つ準備をしていた。
「あははは! ボクはすごいんだ、魔法の力だってあんなものじゃないんだ!」
今度は大規模な水魔法をカオは展開し、規則正しく並ぶ礼拝堂の椅子ごと全てを押し流す。
私とシャールは浮遊の魔法で難なくそれを避けた。
(シャールってば、浮遊の魔法をもう完璧にマスターしたのね。本当に天才だわ)
続けてカオは雷の魔法や風の魔法も放ってくる。
聖人だけあって、普通に全ての属性魔法を扱えるようだ。しかし……
(ふむ……場慣れしていないわね。聖人の彼は、普段はそこまで魔法を打ち合うようなこともないのでしょう。シャールたちのほうが、魔獣相手の戦闘で戦い慣れているわ)
魔法をいなし、どのようにカオを鎮めるか頭を悩ましていると、不意に別の方向から岩が飛んできた。
(大聖堂の中に、岩!?)
慌てて魔法で粉砕し、岩が来た方向に目を向ければ、そこには全身真っ黒な鎧を着た騎士が立っている。
(誰かしら……全身黒ずくめなんて、趣味の悪い格好だわ。兜とマントの上にピンクの花でも散らせば、もっとお洒落になるのに!)
趣味の悪い騎士は、一目散にカオに向かって駆けてくる。
「カオ様! ご無事ですか!」
「遅いよ、ミュスクル! 聖人の護衛が聖騎士団のお仕事でしょ?」
「街の見回りを命じられたのはカオ様……ごほん、失礼しました。それでは、ご命令ください」
「そこの魔法使いどもを捕まえるよ! 聖人でもないのに、聖人しか知らない魔法を使える面白い人間だ! 実験のしがいがあると思わない!? お前は土魔法しか扱えないけど、いないよりマシだからね! これで、兄さんより一歩先に行ける!」
「……御意」
ミュスクルと呼ばれた聖騎士は背負っていた大きな剣を私たちのほうへ向けてくる。
彼は大人の聖騎士だが、立場的にはカオが上みたいだ。
「ラム、聖騎士の相手は俺がする。新しく覚えたアウローラの魔法を試す絶好の機会だ」
こんな場面でもブレないシャールは、すでに自身の体に覚えたての雷の魔法を宿していた。
雷魔法の一種で、目に見えぬほど素早く体を動かす魔法だ。
(うん……過剰戦力ね)
文字通り、一瞬にして聖騎士はシャールに蹴り倒されてしまった。
シャールは魔法で足を強化し、さらには靴底に別の雷魔法も宿していたらしく、それが鎧に当たった形だ。
(さて、私も頑張りましょうか)
またしても懲りずに炎の魔法を放ってくるカオの足下に闇魔法を広げる。そうして……
「うわぁぁぁっ!? なんだこれ! 床に吸い込まれる!!」
「あら、闇魔法を見るのは初めて?」
「い、異端だ! 闇魔法なんて!」
「モーター教ではそう教えているのね。でも、闇だって魔法属性の一つに過ぎないわ。障害物の多い場所で役に立つの……って、もう吸い込まれちゃったわね」
闇はカオをぱっくり飲み込んでしまい、あとには静寂だけが残る。
あとで吐き出せるので、問題なしだ。
「さて、カノンが退屈しているかもしれないし、帰りましょう」
「ラム、聖人を連れ帰る気なら、このでかい騎士も一緒に連れ帰るべきだ」
「それもそうね」
私は闇魔法で気絶した聖騎士も飲み込んだ。
※
「……で、聖人と聖騎士を持ち帰ってきちゃったわけですか。勝手に外出されたら困るんだけど。しかも、大聖堂に乗り込むなんて、さすが師匠だ……褒めていないからね」
現在、私は城下町から戻ってきた元二番弟子にお小言を言われている。
無断外出をした上に、独断で聖人と聖騎士を捕まえてきてしまったからだ。
床の上には闇魔法の中から出したカオとミュスクルがごろんと転がっていた。二人とも、気絶している。
「うーん。どうしよっかなー。このまま外に出さずに、情報だけ取って葬るのも手だよね……あっさり捕まっちゃったけど、今回の事件の元凶だし」
レーヴル国の第一王子は聖人と聖騎士を消す方向で動き出しそうだ。
しかし、年端もいかない少年を手にかけるのは気が進まない。
常識も情もなにもなく、ただ魔法だけを仕込まれた少年。そんな彼が哀れに思えたのだ。
「フレーシュ殿下が要らないなら、あの子を私にちょうだい? 躾をし直したらマトモな子になると思うの」
「あなたは、またそんなめちゃくちゃな真似を……あの滅茶苦茶な兄弟子を従えていた師匠だから、大抵の問題児は大丈夫だと思うけど。モーター教に関わってもいいことはないよ」
「でも……」
渋っていると、後ろに立つシャールまでが、フレーシュに同意し始めた。
「私も殿下と同意見だ。わざわざモーター教に目を付けられる真似をしなくてもいい。聖人と聖騎士を取り込んだことが公になれば、他の聖人やら聖騎士やらが新たに送られてくる可能性もある」
彼の言葉はもっともだった。
自分の我儘で、メルキュール家全体を危険にさらすわけにはいかない。
相手の戦力はまだ計り知れないのだから。
「仕方ないわね。闇魔法の中では時が止まるから、二人とも中に入っていてもらって……様子を見ましょう」
シャールの言い分ももっともなので、私はしばらく二人を魔法で閉じ込めておくことにした。
それが新たな事件の引き金になるとも知らずに……