61:伯爵夫人と隣国の王子
いよいよ隣国レーヴル王国へ出発する日がやって来た。
隣国へ行くのは初めてだが、シャールや双子は仕事で行った経験があるそうだ。心強い。
今回は馬車に乗る大規模な移動ではなく、座標を指定しない形の転移魔法で目的地に移動する。転移先に関しても、シャールたちの意見を参考にした。
荷物は多いけれど、縮小の魔法を使えば鞄一つでいくらでも運べる。フエから大好評の魔法だ。
皆が庭先に揃ったのを確認し、私は魔法を発動する。
カノンは初めての長距離移動にそわそわしている様子で可愛い。
留守番組のミーヌとボンブはちょっと残念そうだ。
「皆、転移するわよ!」
号令と共に私たちの姿がメルキュール家から消えた。
そして、次の瞬間には、全員揃って隣国レーヴル王国の王都クードに立っている。
レーヴル王国は広い国土と乾燥した気候を持つ大国だ。
北側の肥沃な大地では小麦栽培が、降水量の少ない南側では家畜の放牧が行われている。
王都は中央付近のやや北西寄りに位置し、テッド王国の王都セルヴォーより涼しい場所だった。
降り立った場所は徒歩で王宮に行ける距離にある、人通りのない路地である。
そこで目くらましの魔法を発動させ、鞄から馬車を取り出し元の大きさに戻した。
「ラム、お前の魔法はめちゃくちゃだな」
「小さな馬、可愛かったでしょ?」
私とシャール、カノンは馬車の中に入った。馬は勝手に動き始める。
馬車に乗り込んだ私は、隣国の王都を観察した。こちらも五百年前とは趣が変わっている。白壁の建物が建ち並び、窓には鉢植えにされた原色の花々が飾られてある。
だが、昔のような魔法使いらしき人間は見当たらなかった。
レーヴル王国の王宮もよく見える。金ぴかの玉葱のような屋根の建物だ。壁は街の家々と同じく真っ白で美しい。
王宮に到着すると盛大ではないがきちんとした出迎えが現れ、王子が暮らすという王宮の西側へと案内された。
案内役は第一王子付きの侍従らしいが始終礼儀正しく、テット国でのメルキュール家の扱いとは雲泥の差である。
少し進むと、廊下の角からきらびやかな服を身に纏った人物が歩いてきた。お供をたくさん連れている。
金色の髪に深い海のように濃い青色の瞳。彼を見た私は、どこか既視感を覚える。
初めて出会うはずなのに。
(あの人が第一王子かしら? 服が豪華だし、付き人がたくさんいるし)
来客に気づいた向こうも足を止め、まじまじと私たちを見つめる。そして……
何故か王子が感極まった表情を浮かべ、性急にこちらへ走り寄ってきた。
「あ、会いたかったっ……! やっぱりあなただ……っ! だって、雰囲気や髪色が同じ……」
「へっ……? いきなり何!?」
突然駆け出した主を前に、付き人たちも「フレーシュ殿下!? ご乱心!?」と戸惑いの悲鳴を上げる。
しかし、驚く周囲に構うことなく、彼は両手を広げて私に抱きついた。
「師匠……っ! ずっとあなたを探していたんだ。また会えるなんて夢みたい……! よかった、無事にこの時代に…………うぉっ!?」
ぎゅうぎゅうと私を抱きしめながら喋り続ける王子を、隣に立つシャールが無言で引っぺがす。シャールの顔には明らかに「不愉快だ」と書かれていた。
(そうよね。形だけとはいえ今は夫だし、立場というものがあるわよね。でも助かったわ)
近づいてきた王子をまじまじと観察する。彼はキラキラした瞳で私を見つめ続けていた。
何かを期待するような眼差しに、さらに既視感が強まる。
「師匠、僕だよ」
再び声をかけられ、私の考えは確信に変わった。
(「師匠」って……)
過去や現在を含め、私には弟子や生徒たちが複数人いる。
しかし、私を「師匠」と呼ぶ子は一人だけ。
(いいえ、そんなはずはないわ。あの子は五百年も前の人間なのよ。でも……私は転生した。もしかすると、アウローラの他にも転生した人間がいるの?)
恐る恐る王子に視線を合わせ、問いかける。
「もしかして、以前にお会いしたことが? その……だいぶ昔に」
「水くさいな、一緒に暮らした仲なのに」
言われて、既視感の正体に気がつく。
そう、私はこの子をとてもよく知っている。前世ではまるで家族のように過ごしたから。