54:メルキュール家、出陣
半日ほどかけて荷車は森を通過し街道に戻った。荒れた街の、古びた建物の前でようやく男たちは足を止める。
「ここに入っていろ!」
乱暴に突き飛ばされ、建物の中へ倒れ込む。直後、男たちが鍵をかけてしまった。
魔法で簡単に解錠できるのだけれど……
(今いる場所は王都ではないようね)
埃っぽい室内を見回すと、数人の令嬢が転がされていた。
(私の他にも人がいたの? しかも、皆、お嬢様みたい)
話してみると、皆騙されて連れて来られたり、攫われたりした令嬢だった。
あの男たちは、そういう仕事を専門にしているらしい。
「心配は要らないわ。皆ここから出してあげる」
声をかけるが、誰も私の話を信じない。諦めきったうつろな目で宙を見つめるばかりだった。
仕方がないので一人立ち上がり、魔法で自分と彼女たちの縄を切っていく。
続いて建物の鍵を破壊し、扉を開けた。
見張りがいて襲いかかってきたが、振り払ったら勢いよく通りの反対側へ飛んでいった。
「つまらぬ者をしばいてしまったわ。さあ、あなたたち、いつまでそこでうずくまっている気?」
一部始終を見た令嬢があんぐりと口を開けながら、おずおずと私に目を向ける。
※
ラムからの魔法の伝言を受け取ったシャールは、苦い顔でこめかみを揉んだ。
部屋に妙な鳥がいると観察していると、ふわりと手紙に姿を変えたのだ。
妻がなかなか戻らないと思ったらこれだ。
「あの……馬鹿……」
手紙には令嬢たちの動きも怪しいとあった。
宿の表に停まっていた馬車の紋章は全て覚えている。言い逃れをさせる気はない。
(裏側は魔法の地図か? ラムの現在地が出ているな)
妻なりに心配させまいと気を遣った様子だ。
(だったら、最初から宿を出て行かなければいいものを)
手紙には「しばらくしたら帰るので心配ご無用」と書かれてある。しかし……
(見過ごせるわけがないだろ)
心配なものは心配だ。
立ち上がったシャールは魔法陣まで移動し、一旦屋敷まで戻って双子に事情を説明する。
シャールとラムの帰りが遅いのを心配した彼らは、魔法陣の前にいた。
そこへ偶然庭を通りかかり、話を聞いたカノンが「僕も行きます!」と、彼にしては珍しく自己主張をし、学舎の仲間を引き連れてきた。
「母上を拉致するなんて許せない! 目にものを見せてあげるよ!」
「奥様に教えていただいた魔法で、誘拐犯ごと整地してやるわ!」
「魔法の練習にちょうどいいな! 燃やしても大丈夫か?」
子供たちの成長を喜ぶかのように、双子が目を細めている。
「来たい者は来ればいい。正直言って、相手はヘボすぎてお前等の相手にならないだろうが」
なんせ、計画犯は使者と令嬢たちだ。実行犯も彼らの護衛や雇った者だと思われる。
魔法が使えるかも怪しい。
いつも魔獣相手に修行していたカノンたちなら余裕で倒せてしまうに違いない。
今まではモーター教に配慮していたが、妻が攫われたとなれば話は別だ。
こうしてシャールたちは一家総出でラムの下へと向かうのだった。