49:伯爵夫人は歴史書を暴く
さらに数日後、使者は三冊の本を持って屋敷へやって来た。
シャールとフエにまた恨めしげな視線を向けられながら、私は本を受け取り中身を確認する。
「まったく、持ち出すのに難儀したぞ。五百年前のことを記す歴史系の本はそれで全部だ。大聖堂でさえ、昔の書物はほとんど残っていない。重要な書物は総本山にまとめられているからな」
「……嘘は言っていないみたいね。あなた、偽りを述べたら足が短くなる魔法にもかかっているから」
「なんだそれは!? やはりお前が魔法を!? 噂ではパーティーで、とある貴族の髪を吹き飛ばしたと……」
「そんなはずないでしょ? メルキュール伯爵夫人の実力はあなたも知ってのとおりで、足云々に関しては冗談です。消臭魔法は偶然発見した産物よ」
ややこしそうなので、そういうことにしておく。
中身を確認すると、たしかに歴史書だ。
「それじゃあ、明日以降に返しに行くわ」
「いや、取りに来る。大聖堂にお前を近づけたくない」
「私は無害な伯爵夫人なのに」
「よくわからんが、大変有害な気がする」
でも、確固たる証拠がないから使者は騒げない。誰がどう見ても、私は弱々しい夫人でしかないので。パーティーでのシャイニングつむじ風でさえ、未だに「偶然だろう」と言われている始末だ。
私も私で、今世の魔法の衰退具合がすさまじいので、「偶然」と思われている方が都合がいいことに気づいた。
だから、対外的に私は無害な伯爵夫人でいようと思う。
「約束通り、悪臭は無効化したわ。帰ったら大聖堂中を歩き回ってね。あなたが接触した人から徐々に悪臭が取れていくでしょう」
要は、悪臭を振りまいたときの逆手順だ。
「へ……? ほ、本当だ、臭くない! 臭くなくなった気がするぞ!!」
慢性的な悪臭で、使者の鼻は麻痺しているようだ。人から人へと魔法の効果が移っていくので、そのうち治るだろう。
使者が帰ったあと、書斎でもらった本に目を通す。
興味を持ったのか、シャールも一緒になって歴史書を読み始めた。しかし……
「何これ、重要だと思われる箇所が黒く塗りつぶされているわ」
「本当だな。お前の魔法で取れないのか?」
「黒い箇所は消せると思うわ。変な魔法の仕掛けもなく、単純にインクで塗っているだけみたいだし」
私は魔法で余計なインクを除去する。すると、隠れていた文字が表に出てきた。
「モーター教の起源は五百年前? あら、前世の私がいなくなった直後かしら?」
「ラム、お前の前世があったとして……死因は何だ?」
「それが、わからないの。魔法使いになって、弟子の世話をした記憶はあるけれど、最後の方はぼんやりしていて思い出せない」
「私の本には、モーター教の発祥はこの地だと書かれている。もっとも、今のテット王国ではなく、五百年前にあったヴァントル王国という国らしいが。てっきり、総本山が発祥かと思っていた」
「ヴァントル王国は、私のいた国だわ。王都はフロン、今より国土も広かった。水路が整備された水の都だったの」
「……首都名や特徴が歴史書と一致している。この歴史は一般に知られていない……ということは、本当にお前は五百年前の記憶を?」
「だから、そう言っているじゃない」
ここへきて、シャールはようやく私の言葉を本気にし始めたようだ。
何かもの言いたげな、微妙な顔になりながら、歴史書の続きを読んでいる。
「……!? 四百年前に大規模な魔法使い狩り? なんだ、それは……!?」
「え、ちょっと見せて?」
急いでシャールの本を覗き込む。
そこには、魔法使いを異端者として迫害していた歴史が記されていた。
これにより、この地にいた魔法使いは大幅にその数を減らしたらしい。
魔法使いを迫害した中心がモーター教、実力行使に出て魔法使いと敵対したのが当時の聖騎士団だと書かれている。聖騎士団はこのときに誕生したようだ。
「たった百年の間に何が?」
百年後なので弟子たちはおそらく生きていない。
しかし、モーター教の大暴走に苦い気持ちがこみ上げてくる。
(魔法が衰退したのにも、モーター教が噛んでいるのかも)
結局、歴史書のほとんどはモーター教の素晴らしさについてや、人為的な聖人英雄譚で、魔法使いについての記述はそれ以上見つからなかった。
(もっと詳しく知りたいのに)
あとは、教皇についての記述がある。
(黒塗りだった部分に、教皇はモーター教誕生の瞬間から生きている神に近しい存在……なんて書かれているわ。おそらく眉唾ね。不都合な話でもないし、間違って塗りつぶしたのかしら?)
モーター教総本山にいる教皇は公の場に姿を現さず、いるのかいないのかさえあやふやな存在なのだ。