48:伯爵夫人と十日分の臭い
「調べたところ、ウラガン山脈の魔獣は全滅していた。日付はちょうど使者が来ていた日で、目撃者によると山が光ったと……」
後日、さっそく現地に派遣されたバルがシャールに情報を持ってきた。
私はそれを部屋でシャールに話してもらっている。
普通ならこんなに早く情報伝達できないが、バルは私の用意した転移魔法を使ったので、実質移動時間はなし。
さっさと情報収集して帰ってきた。
「まさか、あのとき本当に魔獣を殲滅していたとは」
「終わる当てのない魔獣退治に行くのは嫌でしょう? ちなみに隣国レーヴル王国に巣穴があったから、そっちも潰しておいたわ」
話を聞いたシャールは苦々しい表情を浮かべる。
「大聖堂の奴らめ、楽をしようとしたな。本来ならうちではなく、隣国の魔法使いの仕事だろうに」
シャールが忌ま忌ましげに呟いた。
「隣国にも魔法使いがいるのね? あまり話は聞かないけれど、メルキュール家みたいな貴族なの?」
「いや、あの国にはうちのような貴族はいない。魔法使いがまとまるという概念がなく、いてもバラバラだ。今代は王族に魔力持ちが出たはずだが……」
「そうなの?」
「第一王子に魔力が発現したと聞いた。だが、うちのように仕事を請け負っているわけではない。大聖堂側も、どこに頼むべきか判断が付かなかったのだろう。他国の王族に頼んで万が一死にでもしたら事件だし、バラバラに暮らす魔法使いを探すのも手間。魔力を持っていても、大して魔法が使えない者も多いしな」
過去の私のように、「灯り代わりに光をともすだけ」なんて人が大半なのだろう。
魔力持ちなら、ごく簡単な魔法が偶然発現することがある。
とはいえ、魔獣退治は戦闘向きの魔法が使えなければ頼めない案件だ。
「いずれにしてもお前のおかげだ、礼を言う」
「お気になさらず。腹を立てて勝手にやっただけだから。ところでシャール、この間渡した写本だけど……」
「ああ、全部覚えた。とてもわかりやすかったぞ」
「ええっ、もう!? あれ、結構ページ数多かったでしょう?」
シャールは一度見た魔法をその場で実践してしまう。それは写本を見てでも同様らしい。
「興味深い魔法が沢山載っていた。双子にも貸していいか?」
「もちろんよ」
写本はシャールの部屋に飾られている。
彼は大層な写本置き用の棚を用意し、毎晩写本を読み返していた。ものすごい熱意だ。
※
セルヴォー大聖堂の使者が再びメルキュール家へやって来たのは、あれから十日後のことだった。
体調も完全回復した私はメルキュール家の皆に魔法を指導しつつ、シャールの読めない行動に翻弄されつつ、忙しく毎日を過ごしている。
もうろうとした意識の中で失言をしてしまった私だが、フエは特にその話には触れなかった。シャールが誤魔化してくれたのだろうか。
使者の乗る馬車の扉が開いた瞬間、すさまじい悪臭が私たちを襲った。
思わず「うっ」と顔をしかめる。
シャールとフエが非難がましい目でこちらを見た。
「なんでこんな魔法にした? もう少しマシなものはなかったのか?」という心の声が理解できてしまう。
「……ごめんなさい」
私もこんなに酷くなるなんて予想しなかった。三日くらいで使者が音を上げると思っていたのだ。
それが、まさか十日間も粘るなんて……
(修道士って我慢強いのね)
しかし、まだ消臭するわけにはいかない。
使者は疑わしげな顔を私に向けて口を開いた。
「メルキュール伯爵夫人、私の症状に心当たりは? あの日から、風呂に入っても体臭は酷くなるばかり。おかしな真似をしたのではないだろうな?」
大聖堂で悪臭被害が広まる中、彼は私の言葉を思い出したらしい。
「とんと心当たりはありませんが、消臭するのは可能ですよ? 『困ったことがあれば……』とお約束しましたものね」
「やはり貴様が原因か! ふざけおって! 今すぐなんとかしろ!」
「本を持ってきてくだされば考えます。歴史書系がいいですね、五百年前から今までのものがあれば是非」
「この異端者め! しょっ引いてくれる!」
「一生臭いままでいいならどうぞ~? というか、上の人にメルキュール伯爵夫人が原因だって伝えなくて大丈夫ですか~?」
「くっ……!」
言わないのではなく、言えないのだろう。
へっぽこなメルキュール伯爵夫人が、大聖堂中に蔓延するような悪臭魔法を扱えるはずがない……と皆が思う。
シャールを始めとしたメルキュール家の魔法使いだって、戦闘特化型で悪臭魔法なんて使えない。
そもそも、この魔法が現代で認知されているかも怪しい。
騒いで恥を掻くのは使者なのだ。