47:伯爵夫人は気絶する
シャールに問答無用で部屋に運ばれた私は、朦朧とした頭で彼と会話していた。抱き上げられ、とても恥ずかしい状態にもかかわらず、体に力が入らず動けない。
開き直るしかない私に、シャールは淡々と告げる。
「ラムを疑いたくはないが、遠隔で魔法を放つなど可能なのか? たしかにお前はすごい魔法使いだ。五百年前の記憶があるやら、前世やらと言われても、説得力があるくらいに」
「まだ疑っていたのね?」
シャールは妻の過去について未だ半信半疑だ。
(……って、私、フエの前でも『前世』なんて口走っちゃったような? いたよね、客室に?)
思考が正常に回らない。
シャールは私を静かに寝台へ下ろし、甲斐甲斐しく世話を焼く。こんなに面倒見が良かったなんて意外だ。
「そのまま寝ていろ。ただでさえ、最近のお前は動きすぎていた。ずっと部屋に籠もっていたのが、急に外で活動するようになったから、体力の限界が来たのだろう。私も気にかけておくべきだったな」
「気にしないで、体力を過信していたのは私よ」
「明日から七日間、学舎のガキ共は休暇だ。ラム、お前もな」
「ちょっと……!?」
勝手に決めないで欲しいと訴えようとすれば、彼は宥めるように優しく私の髪を撫でた。慣れないことに、ピクリと体がこわばる。
「これは当主の命令だ。ウラガン山脈についてはフエが調査する。本当に魔獣が一掃されていれば、体調が回復してから魔法について教えて欲しい」
「わ、わかったわ。このままへばっていても、余計に面倒をかけてしまうからね」
「それから」
手を止めたシャールが赤い瞳で私を覗き込む。
物理的にも、心理的にも、シャールとの距離が近い。
「今日の件で益々お前に興味が湧いた。いくら五百年前でも、皆が皆そのような魔法を使えたわけでもないだろう。本当に、お前は何者なんだろうな」
「……」
私は黙秘を貫いた。大丈夫、まだアウローラだとバレたわけではない。
シャールはアウローラへ並々ならぬ憧れを抱いているので、正体が私だと知られたら気まずすぎる。伝説上の魔法使いだとは信じないだろうけれど。
「ラム、お前には助けられてばかりだな」
「そうかしら? 私は自分がやりたいようにやっているだけよ。どうせなら、快適な生活を送りたいし」
「そうだとしても、私にとってお前は既に、かけがえのないものになった。回復したら覚悟しておけ。私はお前を構いたくて仕方がない」
そう言って、シャールは不敵に笑い、私の額に口づけを落とす。
(えぇっ……!? 今、キスされた?)
ただでさえ怪しい思考が真っ白に塗りつぶされていく。
こうして、私はまたしてもシャールの前で白目を剥き、意識を飛ばしてしまったのだった。
彼の行動は読めなさすぎる。