32:伯爵夫人の個別授業
(薬の研究も必要ね)
魔法どころか薬の知識まで途絶えている現世。
手に入る材料に限りがあるが、役に立つものはなるべく復活させたい。
(もう外も暗いし、これは明日以降の課題にしましょう)
課題が多すぎで何から手を付ければよいかわからない。頼れるのは自分だけだ。
(一つずつ着実に改善ね。現世の魔法事情は前世の基準で考えると変なところだらけだもの)
再びフエを呼んでバルを連れ帰ってもらい。私も自室に移動した。
シャールとは基本的に別室で過ごしている。
夫婦と言っても今までが今までな上に、シャールが屋敷にいることも稀なので……最近はやたらいるが。
(ちゃちゃっと古代エルフィン語の翻訳を済ませて寝ましょう。グルダンを投げちゃったから、明日は子供たちの学舎での授業も見たいし。そちらについても準備が必要ね)
やることをやった私は、ベッドにポスンと飛び込み横になる。
救いのないメルキュール家の方針だけれど、暮らしているのは救いのない人間ばかりではない。シャールを含め、少しずつでも立ち直れる人間はいる。
(古の魔法を受け継いだ数少ない子孫として、真っ当に育ててあげなきゃ……ね)
虚弱な体で沢山動いて疲れたせいか、私はいとも簡単に意識を手放し眠りの海へ落ちていった。
※
翌日、まだ眠い体を起こし身支度を済ませた私は、一人学舎に向けて歩き出した。
今日から代理教師として子供の授業を受け持つとシャールにも伝えている。
何もできないメルキュール伯爵夫人は今まで暇だったので、せめて宿代くらいの働きはしたい。
私はまず、年長の子供たちの授業を受け持つことになった。
年少の子たちは屋敷に滞在中のバルが面倒を見ているらしい……ちょっと心配だけれど。
ちなみに、グルダンは拘束されて謹慎中だ。
フエから「残念ながら改心する見込みはないかと思われます」という悲しいお知らせを聞いた。
皆が皆、変われるわけではないと頭では理解しているが、ほんの少し気持ちが落ち込む。
もっと上手いやり方はあるに違いないが、私にできたのはあれくらいだ。
(不甲斐ないわ)
学舎の建物に入ると子供たちは律儀に全員椅子に座っていた。皆ガチガチに緊張している。
(どうして脅えた目で私を見るの!?)
訓練を通して少しは仲良くなれたと思ったのにショックである。
そんな中、カノンが代表して私に話しかけた。
「母上……いいえ、先生。今日は何の授業をなさるおつもりですか?」
「よくぞ聞いてくれました。今日からあなたたち一人ずつの適性を見ていきます」
「適性?」
「そうよ。皆性格や得意な魔法の種類が違うのに、同じ授業をやっても仕方がないでしょう? 好きなことや得意な分野を伸ばしましょう」
意味がわからないという様子で、子供たちはそれぞれ顔を見合わせる。
「まずはミーヌからね。残りの子は私が与える魔法書の内容を覚えてもらいます」
「ええっ!? 私からなの!?」
ミーヌは戸惑いを隠さず声を上げた。
「そうよ。得意属性が私と同じ光魔法だから教えやすいし」
そういうわけで学舎にカノンとボンブを残し、ミーヌを連れて訓練場へ出る。
訓練場と言っても、岩がゴロゴロしていて草が生えまくっている荒れ地だけれど。
ちなみに残った子たちには、昨日即席で作った基本の調薬についての本を読んでもらう。
内容は応急用傷薬と各種解毒薬だ。
それからシャールに渡したのと同じ、過去に書かれたアウローラの写本。
転写の光魔法で複製は簡単だった。
「さて……」
私はミーヌの様子を探りながら彼女に話しかける。
「まずはあなたの話を聞きたいわ。こういう魔法を使いたいとか、こういう風になりたいという方向性はある?」
しかし、ミーヌは困り顔で答える。
「聞いてどうするんですか? 私の得意属性は光魔法だし、他の二人に比べると大して強くもないし、普通に生き残れればそれでいいんです。戦うのも好きじゃないですし。こんなこと、グルダン先生に言えば叱られそうですけど……お優しい奥様なら大丈夫ですよね?」
言い方が少し挑戦的だ。
(まあ、いきなり心を開いてもらうのは無理よね。大丈夫、前世の弟子に比べると可愛いものだわ)
前世の弟子は全員くせ者揃いで、初対面で私に攻撃魔法をぶっ放した子や、気に入らない者を片っ端から凍らせる子、自国を滅ぼそうとする子……などなど、問題児ばかりだった。
(あれ、よく考えるとメルキュール家の子って、かなりマトモじゃない?)
改めて思い直せば、いかに前世の弟子がヤバかったのか実感できる。
そんな危険人物でも、全員可愛い大事な子供たちだった。
ぶんぶんと頭を振り、私は現在に向き直る。
「光魔法は弱くなんてないわよ。ちょっと見ていてね」
言うと同時に私は空に向かって手をかざす。
すると上空から光の雨が降り注ぎ、次々に訓練場にある岩を粉砕した。地面はえぐれ、雑草も根こそぎ消滅する。
「ほらね?」
振り向くと、ミーヌはガクガクと震えていた。前世の弟子と比べると学舎の子はずいぶん繊細だ。
慌てて土魔法と風魔法を掛け合わせて整地する。
「え、えっと、これで訓練場が使いやすくなったわね? 今のは光魔法のほんの一例で、戦うのが嫌なら別の使い道もあるわ」
「……っ!」
それを聞いて、ミーヌは何かを決意するようにキッと顔を上げる。
「私、今まで光魔法は外れ属性だと思っていました。どんなに頑張っても戦闘には向かないし強くなれない。でも、奥様を見ると……それだけじゃないと思えます。私、光魔法を極めたいです」
「もちろんよ。たしかに、光魔法は強すぎるか弱すぎるかの二択だから使いづらい面もあるわ。でもね、他の魔法を少しずつ習得したり、体を魔力で強化したり工夫すれば、他の子と同じように強くなれるのよ? あなたがそれを望むなら。それにね、慣れると光魔法は便利なの。戦いが嫌いなら無理する必要はないわ、生活に役立つ魔法も伝えていくわね」
「はい!」
「では、さっそく今の魔法を試してみましょう」
「え、いきなり!?」
「威力の調節を抜きにすれば難しくないわ。大事なのは想像力、私の魔法を思い出して」
訓練場の向こうにも荒れた土地が広がっている。
メルキュール家では、人目に付かない場所を整備していないようだ。
「では、あそこに向けてやってみましょう。視線の先に意識を向けて、光を集結させる感覚で……」
ミーヌは真摯に話を聞いている。飲み込みは早くないが努力家のようだ。
何度か練習すると、威力はまちまちだがそれらしい魔法が出せるようになった。
「うぉりゃぁぁぁぁぁ! 砕けろぉぉぉっ!」
基本の魔法を使えるようになったら占めたものだ。
来たときの態度とは一転し、ミーヌは楽しそうに岩を砕いている。
(戦うのが好きじゃないと言いながら……この子、破壊の才能があるのでは?)
新しい弟子を前に、そんな可能性を見いだしてしまった私だった。