26:伯爵夫人と秘密の部屋
「何、ここ」
扉を開けた私は、小さな部屋の中を見てパチパチと瞬きする。
こちらも小さめの本棚に古びた本が並び、古代に使用された道具の残骸が机の上に並べられている。
そして、遥か昔に描かれたであろう人物画、それも同じ人物の人物画ばかりが、壁一面に飾られていた。
しかも、描かれている人物には、非常に心当たりがある。
静かに微笑む薄緑色の短い髪の女性は、なんとなく今の私とも似ていた。
「アウローラ・イブルスス」
まぎれもなく、この絵は前世の私だった。棚に並んだ本は、当時のアウローラが書き記した書物だし、道具の残骸も当時使用していた品である。
(懐かしい……)
感慨にふけっていると、隠し通路の方から、決まり悪げなシャールが顔を覗かせた。
「シャール。なんで、アウローラ・イブルススの遺品がメルキュール家にあるの?」
「お前、アウローラを知っているのか?」
シャールは秘密を知られて気まずいような、それでいて同志を見つけて嬉しいような、複雑奇怪な表情を浮かべている。そんな彼を見るのは初めてだった。
「ええ、五百年前の記憶があるので」
そして、本人なので。
「ここにあるのは、私が十年以上かけて集めた、伝説の大魔法使いの遺品だ。とはいえ、本は解読不能な文字で書かれている上に、道具もどうやっても動かない」
改めて、破れかけの本と道具を確認する。
(こちらは道具の破片ね。そして私にしか開けられない魔法仕掛けの箱。本は昔、古代エルフィン語で書いたものかしら。誰にも解読できないから生き残ったのかも? よくこれだけ集めたものだわ)
しかし、本や道具より、さらに気になる品がある。
「ねえ、この壁の絵なんだけど。なんでこんなにいっぱい飾られているの?」
「アウローラの肖像画か? 古代の肖像画の他に、現代風に書き写させたものがあるからだ」
「いやいや、そんな絵を集めてどうするのよ……」
「お前にはわかるまい。アウローラは全ての魔法使いの頂点にして原点。私が最も尊敬する魔女なのだ。彼女の存在を知ったときは、心が浮き立った。私はずっと彼女の痕跡を追い求めては、隠し部屋に収集してきた。絵もその一つだ……他の者には喋るなよ」
シャールは目を輝かせながら、堂々と言い切った。
要するに、伝説の魔法使いであるアウローラのファンということらしい。
(ひゃぁ~~~~! 何言ってんの、この人! 変!)
アウローラ本人としては、むずがゆくてたまらない。
そして、私の前世がアウローラだと伝えづらい。もう言えない……
「シャール、隠し部屋に私も時々入っていいかしら?」
「何故だ?」
渋い表情のシャールは、明らかに嫌そうにしている。
アウローラグッズをなんとかしたいからだが、そのまま言うと確実に反対される。
なので、彼の仲間を装うことにした。
「わ、私もアウローラのファンなの。古い文献、読み解けるかもしれないわ」
反対されても勝手に入るけれど、彼の許可があった方がやりやすい。
シャールはほんのり赤くなった顔のまま、プイッと後ろを向く。仲間ができて嬉しいようだ。
「好きにしろ」
「やった! ありがとう」
恥ずかしい絵はあとで剥がしておくとして、五百年前の書物を再確認できるのはありがたい。
これで、魔法が廃れた理由もわかるかもしれないと、期待に胸を膨らませる私だった。