150:伯爵夫妻は未来を紡ぐ
数年後、メルキュール家はテット王国を出て、ひとまずレーヴル王国が所持している孤島を一つ借りて暮らしていた。
王になったフレーシュが気前よく貸してくれたのだ。
代わりにメルキュール家はたまに彼の治世に協力している。
今度の住み処は海が近くて静かな場所。
街へ行きたければ転移で行けばいいので、アクセスにも苦労しない。
快適な生活を送れている。
最近はエペも、どこから持ってきたのかよくわからない島を、私たちの島の隣に移動させてきて、そこで暮らし始めた。
人手を貸してくれるので、助かっている。
ランスはモーター教の拠点を閉鎖し、新たな宗教を広めて回っていた。
モーター教自体は解散したが、まだそこにしがみついている者も多いのだ。
メルキュール家は魔法を生業にする家というのは変わらないが、最近は魔法薬や害のない魔法アイテムの販売、魔法教室などを開いて手広くやっている。
未だ残る魔力持ちに対する差別だが、モーター教の洗礼によって魔力が封じられることはなくなったので、これから生まれてくる子供たちは魔力を宿したまま。
今の状態も徐々に改善していくだろう。
子供たちも、立派に仕事を担うようになった。
特にカノンは見違えるように成長し、当主として十分に働いていけそうなくらい頼もしい。
しかし、シャールは短命でなくなったし、様々な魔法を覚えて日に日に優秀な魔法使いになっていく。
義理の息子がメルキュール家を任されるのは、まだまだ先の話だろう。
(でも、シャールは引退したがっているのよね)
止めどなく引いては押し寄せる波打ち際で、私は水平線を見つめる。
空には海鳥が舞い、明るい昼の光が水面をキラキラと照らしていた。
近くには満開の薔薇の花が咲き乱れている。それも、ファンシーなピンク色だ。
「ラム、こんなところにいたのか」
「シャール、よく見つけたわね」
「探知魔法を使った。体調は……よさそうだな」
「ええ、ここ数年で逞しくなったでしょう?」
記憶が全部戻って、エポカによる事件を解決してからの私は、地道に体力作りに励み、日に日に病弱ではなくなっていった。
メルキュール家の皆ほどではないが、筋力もついてきている。
近づいてきたシャールは、私の横で立ち止まると、並んで海を見つめた。
「まさかこんなふうに、ぼーっと景色を眺める日が来ようとは」
「どうしたの? 藪から棒に」
「幸せを噛みしめていただけだ」
私たちはどちらともなく手を繋ぐ。
「そういえばシャール……」
「なんだ?」
「秘密の部屋に現世の私の絵を飾るの、やめてくれないかしら。アウローラの絵と私の絵が壁中に張り巡らされていて怖いわ」
「それを言うならレーヴル城も相当だろう。あの王子はまた、お前のグッズを作って売り出し、城にも大量に貼り出していたぞ」
「知っているということは、あなたも買ったのね?」
「…………」
例の事件のあと、なぜか私の名前が「世界を救った英雄」として広まってしまった。
弟子たちのせいだ。
正確には、エポカを倒したのは皆の力なのだが……全員が私を盾にするかのように、自分の名前を伏せる。ずるい。
ランスは「ラム教」なる怪しい宗教を始め、フレーシュは現在の私のグッズを作り始めた。誰か本気で止めてほしい。
こうして私は今世でも、伝説の魔法使いになってしまった。
「そろそろ、私は当主を引退しようと思う」
ふとこちらを向いたシャールが微笑む。
「まだ十分若いのに……」
「歴代のメルキュール伯爵に比べたら、私は長生きしている方だぞ」
「理由を聞いても?」
「私はまるで世界を知らない。これを機に世界各地を回ってみたいんだ。もちろん、カノンの補佐はする」
「シャール、あなた、やりたいことができたのね」
メルキュール家で育ってきたシャールは、彼の言うとおり閉鎖的な生き方をしてきた。
これまでシャールは淡々と仕事に打ち込んできたのだが、自分から、したいことが見つかるのはいいことだ。
「最近はフエやバルも子供たちに仕事を任せて、わりと好き勝手にやっているものね。下の子たちも成長してきているし、新しく迎えた子たちも優秀。あなたが多少旅行しても問題はないと思うけど」
「ラム、お前も来い」
「えっ、私?」
「今世に限定して言えば、私よりもお前の方が世間を知らないだろう。見て回りたい場所はないのか?」
問われて、私は行きたい場所を思い浮かべる。
まだわからない場所が大半で、候補も限られるが。
「そうねえ、会いたい人ならいるわ。生きているのかどうか見当もつかないけど、前世の師匠でエルフィン族なの」
「アウローラの魔法の師か。私も興味がある。人捜しをしながら旅を続けるのも悪くない」
「ちょっと楽しそうね」
メルキュール家を出ずっぱりというわけにはいかないけれど、私たちには伝達魔法も転移魔法もある。
何か問題が起きても、連絡が取れるので大丈夫だ。
「じゃあ、旅行の準備でもしましょうか」
「ああ、楽しみだ」
私たちは手を繋いだまま、ピンク色の花の咲いた小道をゆっくり歩き出す。
新しく、明るい希望に満ちた目標に向かって。
WEB版の本編はここまで!
最後までお付き合いくださりありがとうございました!
番外編の投稿、本編の修正などは今後もしていく予定です。