149:伯爵夫人は離婚しない
目が覚めた私は、レーヴル王国の王宮にいた。
あのあと、フレーシュの部下たちが、回復するための部屋を提供してくれたようで、シャールたちも同じ場所に滞在しているそうだ。
皆、ボロボロの状況下で屋敷に転移するより、そのほうがいいと判断したらしい。
メルキュール家の屋敷は今、子供たちが協力して回してくれているという。
王位争いは終わったようで、城内は落ち着きを取り戻している。
世話をしに来てくれた、フレーシュの部下らしき人に聞いたところ、結局フレーシュが次の王位につくらしく、騒ぎを起こした王弟は捕らえられたと教えてくれた。
これからレーヴル王国が「魔法使いを差別しない国」に生まれ変わるのなら、引っ越し先の候補に入れてもいいかもしれない。
「魔力……少し戻ったみたいね」
私が眠っている間に、シャールが均衡の崩れた転生魔法を完全に元に戻してくれたのか、体の調子もよくなっている。
ベッドから下りると、私の目覚めに気づいたシャールは、すぐに別室から駆けつけてきた。
部屋の中へ迎え入れると、彼は今までの状況をかいつまんで話してくれる。
立ち話もなんなので、私たちは並んでベッドに腰掛けた。
エペはある程度回復したところで、部下たちと一緒にオングル帝国の拠点へ戻ったようだ。
ランスは「モーター教を解散させてきます」と告げたきり、姿を消したらしい。
レーヴル王国にあるマンブル大聖堂は、すでに閉鎖されたようだった。
残った元モーター教徒たちは、どうなるのだろう。
私が考えても仕方がないかもしれないが、今まで信じてきて全てが覆されるのはかなりショックだろう。
「シャール、あなたが元気そうでよかった。皆は……」
「双子も無事だ。私も転移が可能な程度の魔力は戻った。お前が気にかけていたハリネズミたちは、ここで飼育されるようになったらしい。あの王子が、いつでも遊びに来ていいなどと、ふざけたことをぬかしていた」
それは、ちょっと心引かれるものがある。
(様子を見つつ、そのうち元に戻してあげましょう)
くすりと笑うと、こちらを眺めていたシャールと目が合った。
「……っ!」
シャールの姿を見つめていると、いつも理由なく落ち着かない気持ちになる。
特に今はランスの魔法で体に不具合が生じた際、彼にされた唇へのキスをどうしても思い出してしまった。
「ねえ、シャール、なんであのとき、私にキスしたの? その、おでこじゃなくて唇に……」
「したくなったからだ」
相変わらずの答えが返ってきたが、私はそれだけでは納得できない。
「べ、べつに唇じゃなくてもよかったでしょ? だって、それって……」
「愛する相手に口づけて何が悪いんだ? お前も嫌がっていなかっただろう」
「あ、愛?」
シャールの発言に頭がついていかない。
なんせ私は前世も今世も、そういうのに縁がない魔法使いなのだ。
「ラム、前々から思っていたが、お前は鈍すぎる」
ちょっとむっとした表情のシャールは、片手を伸ばしてむぎゅっと私の鼻をつまむ。
「愛? アイ? シャール、私のことを愛してるの?」
「だから、そう言っているだろう。ずっと気に入っていると告げていたはずだが」
「面白がっているだけじゃ……」
私の言葉を聞いたシャールは大きなため息をはいた。
「普通に考えて、ただ面白いだけの相手に、口づけるわけがないだろ」
「……それは……そうね……」
誰彼構わずキスして回るなんて変態だ。
特にシャールのような人間が、そのような真似をするとは考えにくい。
「ラム、私は待った」
「へ……?」
「お前が素直に自分の気持ちを認めるようになるまで、ずっと見守っていた。だが、今のお前の様子を見て、このままではそんな日は来ないとわかった」
「どういう……?」
横を向いたシャールと私は正面から互いを見つめる。
「お前は私のことが好きだろう。いい加減認めろ」
「いきなり何を言い出すの」
「前に告白まがいの真似をしてきたときから、ずっと確信していた。私を見るたびに顔を赤くして慌てたり、緊張から挙動不審になったりするのだろう?」
そういえば、前に屋敷で倒れた際に、シャールにそんな話をしたような気がする。
「事実、お前は自分で告げたままの反応を見せていたし、一度も私を拒まなかった。他の男の前でそうならないことも確認済みだ。最近では白目を剥いて気絶する頻度もかなり減ったと思うが?」
「……!」
言われれば言われるほど、彼の言葉のとおりである。
反論できなくなってしまい、気まずくなった私は俯いた。
(ずっと観察されていたの? 恥ずかしすぎるんですけど)
一旦心を落ち着けるため、その場を離れようと動いたら、シャールに両手を捕らえられる。もう逃げられない。
しかも、こんなときなのに、心臓はバクバクとうるさく音を立てるし、顔は熱いし、目は潤んでくるしで、全部が全部シャールの発言どおりになってしまっている。
「わ、私……シャールを、愛しちゃったのかしら?」
口に出すと、恥ずかしさが増した。
「だから、そうだと言っている」
「……私が、あなたに恋愛感情を抱いてしまった……これが、そういうことなの」
納得して認めると、さらなる羞恥心に襲われる。
シャールがすぐ傍にいるので、よけいに情緒が不安定になってしまった。
だが、彼はそんな私の頬に優しく手を差し伸べる。
「ラム、私はお前を愛していて、お前は私を愛している。なんの問題もない」
「そう、かしら?」
「私たちは夫婦だろう」
不思議と、だんだんそのような気がしてきた。シャールの言うとおりで、特に困ることもないように思う。
私はまだ頬や耳に熱さを感じながら、目の前の相手をじっと眺めた。
シャールがゆっくりと体を傾け、二人の唇が重なる。
優しくてひんやりした感触に、私がそれまで考えていた何もかもが吹き飛んだ。
自分がシャールに対して挙動不審だった理由は判明したけれど、それと慣れとは別問題。
(これは、心臓に悪いかも)
初めての恋は、私に大いなる混乱と今世での暮らしの転換を引き起こす。
もう、離婚できない。
そして、この日から、シャールが今まで以上に、大変積極的に好意を示すようになってしまい……。
幸せだけれど、なかなか油断のならない日々が幕を開けたのだった。