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148/152

148:伯爵夫妻はつまらぬものを消し飛ばす

「ですが、母上たちは」


 カノンが戸惑ったような声を上げる。

 すると、次の瞬間……。

 彼の後ろから、シュパッと鋭い魔法攻撃が放たれた。

 それは向こう側で新たな攻撃魔法を打とうとしていた、エポカの腕を切り落とす。


「ちっ、外したか」


 振り向くと、ランスのせいで動けなかったエペが普通に立っていた。


「あなた、体は大丈夫なの?」

「応急で適当だが、崩れていた箇所は全部繋げた。一応、魔法の均衡は保てているはずだ。もともと俺が使った転生魔法だからな、一部崩されても時間さえあれば修復できる」


 相変わらず、器用な一番弟子だ。


「グラシアルも……まあ、そのうち解除できるんじゃね?」


 二番弟子を見ると、かなり苦戦している様子。


「エペ、あの子を助けてあげて」

「やなこった。それに、そんな余裕はねえだろ。もうガキ共の体は限界だ。潰すつもりがないのなら引かせた方がいい」

「……ええ。カノン、皆を連れて屋敷に移動して。向こうのことは頼んだわよ」

「母上。わかりました」


 カノンたちは近くのハリネズミをかき集め、一斉に魔法で屋敷に転移した。

 これで子供たちについては心配しなくていい。

 双子はまだ大丈夫そうだ。彼らは風魔法で汚れた魔力を分散してくれている。


「アウローラ、俺は汚れた魔力を消滅していく。ダメージは与えられたが、あいつも馬鹿じゃない。もう同じ攻撃は使えないだろう」

「ええ、あなたが汚れた魔力の対策に回ってくれるなら心強いわ。なら、私はエポカごと汚れた魔力を分解してみる。不可能ではないはずだわ」


 離れた場所から冷気を感じる。

 フレーシュが怒って、冷気を垂れ流しているようだ。


(あの子も途中までは、転生魔法の均衡を取り戻しているみたい。動けるまで、もう少しね)


 しかし、漏れ出た彼の魔力は、あちこちを無差別に凍らせている。エポカの付近の地面まで、ところどころ氷が張ってしまっていた。


「ラム、行くのか?」


 横からシャールが声をかけてくる。


「ええ、このまま長引かせれば、私たちが不利になるわ。少々危ないけれど、こちらから接近する」

「私も行こう」


 シャールは私の手を取り、前方を見つめた。心強い。


「ありがとう。突っ込むわよ」


 手を取り合った私たちは、エポカを目指して魔法で飛び立つ。

 眼下ではランスがエポカに向かって魔法を放ち、双子が汚れた魔力から仲間を守り、エペがそれを分解して無害化している。


 エポカに近づくにつれて、汚れた魔力の影響が強くなる。


「ラム、大丈夫か?」

「ええ、シャールも無理しないでね」


 私は五百年前と同じ、汚れた魔力を破壊する光魔法を構え、全身が魔法アイテムと化したエポカを目がけて飛び込む。

 シャールも私の魔法を完璧に模倣した。一瞬で魔法を複製できる彼の才能が心強い。


 これまで私は、彼を守るべき存在として見ていて、共に戦う対等な存在と認識してこなかった。

 だが、次からは見方をかえなければならない。シャールの力は確実に私の助けになっている。


「大丈夫、私たちの攻撃は届く!」


 どんどん相手との距離は縮まっていく。

 すると、エポカの腹部から新たな魔法アイテムが出現し、今までにない勢いの魔法が放たれた。

 汚れた魔力を凝縮させたような、すさまじい攻撃だ。まだこんな攻撃方法を隠し持っていたらしい。


「くっ……!」

「我が輩は、我が輩は、この五百年を決して無駄にはしない! アウローラ、お前たちさえ消えれば、いくらでも立て直せる!」


 本気でそう思っているのだろう。

 腕が千切れ、体が次々に壊れても、エポカは攻撃をやめない。


「押し切るわ!」


 今、エポカの攻撃を避ければ味方が被害を受けるし、私たちもただではすまない。

 攻撃ごとエポカを倒すのが一番確実だ。

 しかし、彼の魔法の勢いが強い。本体は壊れかけているように見えるのに、魔法は威力を増すばかりだ。


(今世も、ここまでかしらねえ。メルキュール家と弟子たちのおかげで、前世ほど被害は出ていないけど)


 エポカ本体が、思ったより厄介だ。

 まだまだ、やりたいことはたくさんあったのだけれど、自分とエポカの相打ちは免れないかもしれない。

 前世も人々を守るので手一杯だった私は、自分の体を庇うことを放棄した。


(まあ、一度転生できただけでも、よかったのかも。おかげで、前世に決着はつけられる。私が倒れても、今世は皆がいるぶん心強いし未来も明るいわ)


 ガクンと私の体が崩れそうになる。やはり万全の状態でないのが痛い。


「ラム、案ずるな。一人で飛び込ませはしない」

「シャール……?」


 前世の私は一人で汚れた魔法の渦に飛び込んだ。皆を守るなんて言っておきながら、本当は不安で仕方がなかった。

 それをシャールは正確に見抜いている。

 心が揺れた。どうしてか、ここで消えたくないと強く思ってしまった。


 弱気にはなるまいと、自分の心を叱咤する。

 シャールは私を支えながら、魔法を放ちエポカに迫った。


(あと少し!)


 でも、その少しが遠い。互いの力のせめぎ合いが続く。

 次の瞬間、不意にエポカが体勢を崩した。見ると、彼の足下が凍っている。

 不機嫌なフレーシュが垂れ流した魔法が、運良く彼の足下に氷を張ったようだ。


(いける……かも!)


 シャールと二人で、エポカの正面にまで迫る。


(ありがとう、シャール。私一人では、ここまで来られなかった)


 魔法を宿した二人の手が、ついに彼の腹部に到達した。


「ラム、さっさと片付けて戻るぞ。引っ越しをするのだろう」


 シャールの言葉に、鼻の奥がツンとする。


「うん、帰る……一緒に……」


 汚れた魔法の塊のような、エポカの体に衝撃が走り、魔法アイテムでできた表面に大きなひびが入った。それはどんどん広がっていく。


「や、やめロォォォォーーーーーーーーッ!」


 この世の終わりのような、エポカの断末魔が響き、彼の体が汚れた魔力と共に消失していく。

 それでも、私とシャールは手を緩めなかった。

 やがて、エポカの声が聞こえなくなる。

 体にズンッと大きな振動が走り、最後の汚れた魔力の塊が消し飛んだ。


 同時に気力だけで支えていた体の均衡が崩れ、私は地面に膝をつく。

 もう魔力の残量がないし、体に力が入らない。周囲を見回す余裕も持てない。

 ぜぇぜぇと荒い息を繰り返す私の隣に、シャールがかがみ込む。


「ラム、エポカは消失した。魔法アイテムも全て消し飛び、汚れた魔力の気配もない」

「……エポカを倒せたってことね。シャール、怪我は?」

「ないが、魔力は空だな。お前にかかった魔法を完全に治せていないというのに」

「私も空っぽだわ。屋敷への転移もできないわねえ……本当につまらぬものを消し飛ばしてしまったわ」


 動けずにいると、双子が駆け寄ってきた。


「シャール様、奥様! 無事ですか?」

「立てる? すぐ運びたいところだけど……」


 双子も魔力不足のようだ。

 エペやランスも、かなり魔力を消費しているだろう。

 地面を覆う氷が増えているので、フレーシュだけは、まだ魔力を垂れ流し続けているみたいだけれど。


「ラム、持ち上げるぞ」


 動けない私をシャールが抱き上げて移動する。双子も彼のあとに続いた。

 フエがふらふらと歩きながら、エポカとの汚れた魔力が溢れていたのが嘘のような、澄んだ青空を見上げる。


「事件も一応解決しましたし、伝達魔法が打てるぶんの魔力が戻ったら、子供たちを呼び戻しましょう。我々を連れての転移くらいはできるはず」

「そうね、帰りはあの子たちに頼むのが確実だ……わ……」


 そこから先は覚えていない。

 気づけば私は力尽き、シャールに抱えられたまま眠ってしまっていた。

 誰よりも安心できる、唯一無二の腕の中で。

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