148:伯爵夫妻はつまらぬものを消し飛ばす
「ですが、母上たちは」
カノンが戸惑ったような声を上げる。
すると、次の瞬間……。
彼の後ろから、シュパッと鋭い魔法攻撃が放たれた。
それは向こう側で新たな攻撃魔法を打とうとしていた、エポカの腕を切り落とす。
「ちっ、外したか」
振り向くと、ランスのせいで動けなかったエペが普通に立っていた。
「あなた、体は大丈夫なの?」
「応急で適当だが、崩れていた箇所は全部繋げた。一応、魔法の均衡は保てているはずだ。もともと俺が使った転生魔法だからな、一部崩されても時間さえあれば修復できる」
相変わらず、器用な一番弟子だ。
「グラシアルも……まあ、そのうち解除できるんじゃね?」
二番弟子を見ると、かなり苦戦している様子。
「エペ、あの子を助けてあげて」
「やなこった。それに、そんな余裕はねえだろ。もうガキ共の体は限界だ。潰すつもりがないのなら引かせた方がいい」
「……ええ。カノン、皆を連れて屋敷に移動して。向こうのことは頼んだわよ」
「母上。わかりました」
カノンたちは近くのハリネズミをかき集め、一斉に魔法で屋敷に転移した。
これで子供たちについては心配しなくていい。
双子はまだ大丈夫そうだ。彼らは風魔法で汚れた魔力を分散してくれている。
「アウローラ、俺は汚れた魔力を消滅していく。ダメージは与えられたが、あいつも馬鹿じゃない。もう同じ攻撃は使えないだろう」
「ええ、あなたが汚れた魔力の対策に回ってくれるなら心強いわ。なら、私はエポカごと汚れた魔力を分解してみる。不可能ではないはずだわ」
離れた場所から冷気を感じる。
フレーシュが怒って、冷気を垂れ流しているようだ。
(あの子も途中までは、転生魔法の均衡を取り戻しているみたい。動けるまで、もう少しね)
しかし、漏れ出た彼の魔力は、あちこちを無差別に凍らせている。エポカの付近の地面まで、ところどころ氷が張ってしまっていた。
「ラム、行くのか?」
横からシャールが声をかけてくる。
「ええ、このまま長引かせれば、私たちが不利になるわ。少々危ないけれど、こちらから接近する」
「私も行こう」
シャールは私の手を取り、前方を見つめた。心強い。
「ありがとう。突っ込むわよ」
手を取り合った私たちは、エポカを目指して魔法で飛び立つ。
眼下ではランスがエポカに向かって魔法を放ち、双子が汚れた魔力から仲間を守り、エペがそれを分解して無害化している。
エポカに近づくにつれて、汚れた魔力の影響が強くなる。
「ラム、大丈夫か?」
「ええ、シャールも無理しないでね」
私は五百年前と同じ、汚れた魔力を破壊する光魔法を構え、全身が魔法アイテムと化したエポカを目がけて飛び込む。
シャールも私の魔法を完璧に模倣した。一瞬で魔法を複製できる彼の才能が心強い。
これまで私は、彼を守るべき存在として見ていて、共に戦う対等な存在と認識してこなかった。
だが、次からは見方をかえなければならない。シャールの力は確実に私の助けになっている。
「大丈夫、私たちの攻撃は届く!」
どんどん相手との距離は縮まっていく。
すると、エポカの腹部から新たな魔法アイテムが出現し、今までにない勢いの魔法が放たれた。
汚れた魔力を凝縮させたような、すさまじい攻撃だ。まだこんな攻撃方法を隠し持っていたらしい。
「くっ……!」
「我が輩は、我が輩は、この五百年を決して無駄にはしない! アウローラ、お前たちさえ消えれば、いくらでも立て直せる!」
本気でそう思っているのだろう。
腕が千切れ、体が次々に壊れても、エポカは攻撃をやめない。
「押し切るわ!」
今、エポカの攻撃を避ければ味方が被害を受けるし、私たちもただではすまない。
攻撃ごとエポカを倒すのが一番確実だ。
しかし、彼の魔法の勢いが強い。本体は壊れかけているように見えるのに、魔法は威力を増すばかりだ。
(今世も、ここまでかしらねえ。メルキュール家と弟子たちのおかげで、前世ほど被害は出ていないけど)
エポカ本体が、思ったより厄介だ。
まだまだ、やりたいことはたくさんあったのだけれど、自分とエポカの相打ちは免れないかもしれない。
前世も人々を守るので手一杯だった私は、自分の体を庇うことを放棄した。
(まあ、一度転生できただけでも、よかったのかも。おかげで、前世に決着はつけられる。私が倒れても、今世は皆がいるぶん心強いし未来も明るいわ)
ガクンと私の体が崩れそうになる。やはり万全の状態でないのが痛い。
「ラム、案ずるな。一人で飛び込ませはしない」
「シャール……?」
前世の私は一人で汚れた魔法の渦に飛び込んだ。皆を守るなんて言っておきながら、本当は不安で仕方がなかった。
それをシャールは正確に見抜いている。
心が揺れた。どうしてか、ここで消えたくないと強く思ってしまった。
弱気にはなるまいと、自分の心を叱咤する。
シャールは私を支えながら、魔法を放ちエポカに迫った。
(あと少し!)
でも、その少しが遠い。互いの力のせめぎ合いが続く。
次の瞬間、不意にエポカが体勢を崩した。見ると、彼の足下が凍っている。
不機嫌なフレーシュが垂れ流した魔法が、運良く彼の足下に氷を張ったようだ。
(いける……かも!)
シャールと二人で、エポカの正面にまで迫る。
(ありがとう、シャール。私一人では、ここまで来られなかった)
魔法を宿した二人の手が、ついに彼の腹部に到達した。
「ラム、さっさと片付けて戻るぞ。引っ越しをするのだろう」
シャールの言葉に、鼻の奥がツンとする。
「うん、帰る……一緒に……」
汚れた魔法の塊のような、エポカの体に衝撃が走り、魔法アイテムでできた表面に大きなひびが入った。それはどんどん広がっていく。
「や、やめロォォォォーーーーーーーーッ!」
この世の終わりのような、エポカの断末魔が響き、彼の体が汚れた魔力と共に消失していく。
それでも、私とシャールは手を緩めなかった。
やがて、エポカの声が聞こえなくなる。
体にズンッと大きな振動が走り、最後の汚れた魔力の塊が消し飛んだ。
同時に気力だけで支えていた体の均衡が崩れ、私は地面に膝をつく。
もう魔力の残量がないし、体に力が入らない。周囲を見回す余裕も持てない。
ぜぇぜぇと荒い息を繰り返す私の隣に、シャールがかがみ込む。
「ラム、エポカは消失した。魔法アイテムも全て消し飛び、汚れた魔力の気配もない」
「……エポカを倒せたってことね。シャール、怪我は?」
「ないが、魔力は空だな。お前にかかった魔法を完全に治せていないというのに」
「私も空っぽだわ。屋敷への転移もできないわねえ……本当につまらぬものを消し飛ばしてしまったわ」
動けずにいると、双子が駆け寄ってきた。
「シャール様、奥様! 無事ですか?」
「立てる? すぐ運びたいところだけど……」
双子も魔力不足のようだ。
エペやランスも、かなり魔力を消費しているだろう。
地面を覆う氷が増えているので、フレーシュだけは、まだ魔力を垂れ流し続けているみたいだけれど。
「ラム、持ち上げるぞ」
動けない私をシャールが抱き上げて移動する。双子も彼のあとに続いた。
フエがふらふらと歩きながら、エポカとの汚れた魔力が溢れていたのが嘘のような、澄んだ青空を見上げる。
「事件も一応解決しましたし、伝達魔法が打てるぶんの魔力が戻ったら、子供たちを呼び戻しましょう。我々を連れての転移くらいはできるはず」
「そうね、帰りはあの子たちに頼むのが確実だ……わ……」
そこから先は覚えていない。
気づけば私は力尽き、シャールに抱えられたまま眠ってしまっていた。
誰よりも安心できる、唯一無二の腕の中で。