146:復活したアイテム
「見つけた……」
まだいくらも時間が経っていないのに、シャールが転生魔法の綻びを発見した。
「え、嘘? もう?」
「これを元に戻すのだな」
「ええ、魔力を加えながら、綻びを修復するイメージよ」
「やってみる」
シャールは今度は私を抱きかかえ、修復箇所に魔力を流し込んでいく。
身近に彼の魔力が感じられて、なんだか変な感じがした。
「苦しくないか?」
「大丈夫、魔力の感覚があるだけだから」
シャールが丁寧に、崩れた転生魔法の均衡を元に戻しているのが伝わってくる。
「母上っ……」
近くで焦ったカノンの声が聞こえた。
兄弟子たちに絡んでいたランスが戻ってきたらしい。
メルキュール家のメンバーが、私を取り囲むように守っている。
「先生、お待たせしました。先輩たちに文句を言えてスッキリしたので、そろそろ移動しましょうか?」
まだ、転生魔法の綻びは完全に修復できていない。元の状態に戻るまで、あと少しかかる。
シャールは今、手を放すことができない。
強くなったとはいえ、メルキュール家のメンバーでは、五百年を生きたランスに太刀打ちできるのか自信がない。
昔のランスになら、十分に対抗できたとは思うけれど……。
焦っていると、不意にキィィィンという、不思議な音が聞こえてきた。
全員が一斉にそちらを向く。
私は横になっているので、何が起きているのか見えない。けれど……。
「エポカ!」
焦ったように叫ぶランスの声から、エポカがまだ生きていたのだと察した。
この不快な音にも覚えがある。
彼が作った、一部の魔法アイテムを起動させるときに鳴る音だ。
(攻撃魔法系、それも大がかりなものみたい。ほかにもアイテムを隠し持っていたのね)
音が大きくなっていく。
横を向くと、皆の隙間からエポカの姿が見えた。
服を脱いだ彼の体には、全身を覆うような魔法アイテムが取り付けられている。
(五百年前にはなかったアイテムだけど、嫌な感じがするわ)
あの日、国中に甚大な被害を出した魔法アイテムと同じ魔力の波動を感じる。
(しかも、ものすごく濃い魔力だわ。あれなら一度魔法を放っただけでも、すさまじい量の、汚れた魔力が放出されそう……下手をすると、この辺り一帯が攻撃魔法の衝撃と汚れた魔力の影響で消失するかも)
とりあえず、最悪な代物である。
魔法の攻撃のダメージが残るエポカは、ゆらりと立っていた。
あの魔法を受けて生きているということは、予め魔法の威力を弱めるような魔法アイテムをどこかに仕込んでいたのかもしれない。
「ここで、朽ちてなるものか」
エポカの目は血走っていた。
「せっかく、我が輩の理想の世の中になったんだ。こんなところで、消されてなるものか! 憎らしい魔法使い共め、少し魔法が使えるからと、いつもいつもいつも我が輩を見下して……」
彼は体に設置している武器を起動させながら、ゆっくりと近づいてくる。
「邪魔な魔法使いたちの地位を下げ、刈って数を減らし、実用的な魔法や薬、アイテムの技術を抹消して、それらをモーター教だけの特権にした。魔法使いは我々に使われる、都合のいいアイテムに成り下がった。このまま、モーター教はもっと力を増していき、我が輩は魔法使いを根絶やしにするはずだった……なのに!」
今世の魔法使いたちが迫害されてきた過程、その裏で起きていた事実。
それらは全て、エポカのエゴによって行われていたことだった。
「そうだ。我が輩は、魔法を使えなくても、人々が快適に過ごせる世の中を作るつもりだった!」
耳に聞こえのいい言葉。五百年前の魔法使いたちを惑わせた言葉。
けれど、もはや私には通じない。
エポカを見ていると、彼は人々のためを思って、魔法アイテムを普及させたのではないとわかるから。
エポカは五百年前から、何も反省していない。
人々を思いやるような耳にいい言葉を囁きながら、魔法アイテムによって引き起こされた彼らへの被害をなんとも思っていないのだ。
最初はもしかしたら、そういう理想があったのかもしれない。
でも、今の彼から感じられるのは、エゴと承認欲求。魔法使いたちへの強い劣等感と憎しみだけだ。
一方的にそれが悪いとは言えないが、私たちの考えとは相容れない。
そして、彼に魔法アイテムを使わせ続ければ、また五百年前のような悲劇が起きることは確実だ。
(止めなければ)
今にもエポカは、魔法アイテムの攻撃を放とうとしている。
まだ状態は万全ではないが、私が動くほかない。
(大丈夫。五百年前は、汚れた魔力の暴走による被害を、きちんと防ぐことができたみたいだし。今回のアイテムは一つだけだから、あの頃よりマシなはず……よね?)
五百年の間に改良が加えられた魔法アイテムが、どれほど進歩しているか、正直言って把握できていないが。
「ランス、すぐにエペたちの魔法を解いて」
「かけるのは簡単ですが、解除には時間がかかります」
なかなかに厄介な魔法のようだ。
(エペとフレーシュ殿下を動かすのは無理か。いい戦力なのに、残念ね)
となると、すぐに動かせるのはランスのみ。
「ランス、あれを止めるわよ」
「……攻撃魔法の衝撃は防げますが、私の得意な無属性は、魔法そのものとして使うよりも、魔力としてアイテム製作に用いられる機会の多い魔法です。そして、エポカは魔法こそ使えませんが、持っている魔力の質は無属性に近い」
「同質の魔法だから、あなたと相性が悪いってことね。それでも多少の威力はあるでしょ?」
「まあ、何もないよりは」
私はシャールたちを見上げて、ゆっくり体を起こす。
なんとか動けるようになってきたので、順番に、シャールや双子や子供たちを見つめる。
「あなたたちを、私の過去に巻き込んでしまってごめんなさい」
彼らが辛い思いを強いられてきたのは、五百年前に起こった事件の影響のせいだった。
それを断ち切るのは、五百年前の時代に生きた私たちの……未然に悲劇を防げなかった私の責任だ。
前世の私は、当時の人々を一時的に救うことしかできなかった。
根本の原因を解決できなかった。
そのせいで、今まで根深く残る、魔法使いへの……本来は魔力を持つ多くの人々への、不当な扱いがまかり通ってしまった。
今も尚続く悪習を改善するのは難しいし、かなりの時間を要するだろう。
「今度こそ私が、なんとかしないと」
「ラム、なんでもかんでも背負いすぎだと言ったはずだ。一人の人間が、全ての問題を綺麗さっぱり取り払えるなんて、都合のいい物語の中だけの話。それに、今起こっていることは、現代を生きる私たちにとっても無関係ではない」
私を抱え起こしたシャールは、どこかむっとしたような顔でこちらを見る。
「で……? お前はまだ、私を戦力として数えないつもりか?」
彼の言わんとしている内容を理解し、私は戸惑う。
「お前にとって、私はそんなに頼りないか?」
「そういうわけじゃないけど」
これまでにも、シャールに助けられてきた場面は多い。今だってそうだ。
それでも、どうしてか、彼を危険にさらしたくないと思ってしまう。傷ついて欲しくない。
「転生魔法の均衡は、ほぼ元に戻った。あとは微調整だけだが、無理に魔力を使うのは禁止だ。お前の手に負えないぶんは、私がなんとかする。妻を守るのは夫の役目だ」
「シャール、こんなときにまで夫婦を持ち出さなくていいのよ? あなたはこれまで、十分私を助けてくれたわ。本当に感謝してる」
シャールはしばし私を見つめ、そして一言告げた。
「黙れ」
「へっ……?」
戸惑っているとシャールの顔が近づき、ひんやりとした感触に唇を塞がれる。
(こ、これは……?)
一瞬、何が起こったのかわからなかった。