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145:長い年月と転生の綻び

 続いてランスは兄弟子二人に向かって、魔法を放つ構えをとる。


「実は私、あなた方二人にも腹を立てているんです。私一人だけを遺して逝くだけでなく、先に先生と再会しているなんて許せないです。ずるい……!」


 エペとフレーシュはランスに応戦する気のようだ。


「あなたたち、やめなさい!」


 いつものように、私は弟子の喧嘩を止めようとする。しかし……。


「先生、止めないで。私は五百年前にヴァントル王国であなたが倒れてからずっと、苛立ちが収まらないんです。私を置いてけぼりにした先輩たちが憎いし、あなたの犠牲の上で成り立った世界も憎いし、あなたへの恩を忘れて同じ過ちを繰り返すモーター教の人たちも憎い。彼らの思い通りに操られて魔法使いを迫害する人々も守るに値しないと思います。けれど何より、無力な自分自身が一番憎かった」


 今度はランスは兄弟子たちに向けて光魔法を放つ。しかしエペもフレーシュもそれを避けた。


「ねえ、先生。五百年って、すっごく長いんです。気が遠くなるほど」


 私はランスの胸の内を思い、何も言えなくなってしまう。


「だから、私はあの頃のままではいられなかったんです。あなたに会えてとても嬉しいのに、もう自分がわからない」


 私はそっとランスに歩み寄る。


「……ランス、ずっと一人にしてごめんなさい」


 五百年前、私が倒れたりしなければ、エペとグラシアルは死なずに済んだ。

 ランスがひとりぼっちになることもなかった。

 モーター教だって生まれなかったかもしれない。


(もっと早く手を打てていれば)


 別の未来だってあったかもしれないのに。

 後悔にさいなまれ、目の前が真っ暗になる私の肩に誰かが手を置く。

 見ると、難しい表情を浮かべたシャールが寄り添うように立っていた。


「お前が何を考えているのか、なんとなくわかる。なんでもかんでも背負いすぎだ。一人の魔法使いにできることには限界があるし、過ぎたものはどうにもならないだろう。アウローラは五百年前、自分なりに最善を尽くしたはず」


 彼の言うとおりだ。

 あのときは、命がけで人々を、弟子たちを、国を守るので精一杯だった。


「弟子全員と生きて再会できたんだ。それでいいだろ」


 メルキュール家で育ったシャールの考え方はシンプルだ。

 だが、今の私は彼の言葉に救われている。


「ねえ、先生……今の私なら、あなたを守ることだってできるはず。あなたの犠牲も知らずにぬくぬくと魔法使いを迫害している奴らなんて放っておいて、一緒に静かに暮らしましょう」

「何を言っているの?」

「エルフィン族の隠れ里の一つを見つけたんです。先生はそこで好きなだけ魔法の研究をすればいい。煩わしいものは、私が全部消してあげますね」

「勝手に決められても困るわ。私はそんなこと、望んでない」


 話がかみ合わず、私はやや焦る。

 ランスの暗い微笑みは元に戻らない。


「すみません。先生の意見は求めていません」

「……ランス!?」

「ずっと、自分から強く何かを望んだことはなかったけれど。あなたを失って、私自身がそうしたいのだと気づいたんです。こんな現象、初めてで……」


 うっとりする彼がそう言うのと同時に、私の体を異質な魔力が走り抜ける。


「……っ」


 急激に体に力が入らなくなった私は、がくりと膝からその場にくずおれる。


「ラム!」


 シャールに抱えられ、顔面から地面に衝突するのは避けられたが、声を発するので精一杯という状況だ。

 エペやフレーシュも私と同様の状態で、それまで立っていた場所に膝をついてしまっている。


(どうなっているの?)


 私はこの現象を引き起こした張本人であろう、ランスに視線を向けた。


「わあ、大成功。私はそれほど魔法が得意ではないから心配だったのですが、きちんと効果が出たみたいです」

「……何を……したの?」

「転生魔法の弱点を突きました。あれってすごく繊細な均衡の上に成り立っている魔法で、それこそエペ先輩のような、凝り性の変態にしか実行できない代物なんですけど……その魔法の均衡を一時的に少し崩しています」


 ランスは、「先生に正面から攻撃魔法を使うのは、心が痛みますので」と微笑む。


「転生した人間には、転生魔法の影響が色濃く残っていますから、この攻撃方法は有効なんですよ」


 酷い状況なのに、ランスはにこやかなままだ。


「そっかぁ、先生も知らない知識でしたか。嬉しいなあ、長生きしていると、いいこともあるんですね」

「じゃあ、崩れた部分を、構築し直せばいいわけね?」

「そうです。でも、均衡が崩れて、魔力までガタガタになっている、今の先生にできますか?」


 たぶん、できない。できたとしてもすぐには無理だ。

 おそらくランスに知識を仕込んだのは、エルフィン族のエポカだろう。雷魔法でやられてしまったが……。


「ラム、指示を出せ」


 傍で私を抱えるシャールの声がする。


「この手の魔法について、私はまだ理解が及ばない。だが、お前なら均衡とやらを戻す方法がわかるのだろう? 代わりに立て直す」

「シャール……」

「あいつの思い通りになるのは、私も癪だ。カノン、伝達魔法で双子たちを呼べ。屋敷が手薄になるのは心配だが、今は一人でも人数が多い方がいい」


 カノンはすばやくシャールの指示に従う。


「私はラムの回復を急ぐ。お前たちは教皇からの妨害を防げ」

「はい!」


 私自身も目にしたこともない、転生魔法の綻びの修復。

 難易度の高い魔法の構築を、シャールは一人で成し遂げるつもりだ。


 ランスはシャールを構うそぶりを見せない。やるだけ無駄だと思っているのだろう。

 事実、現世の魔法使いの大半は知識不足で、ほとんどの魔法に対応できない。

 余裕の表情を見せる彼は、兄弟子たちの様子を見に行ってしまった。


「私の体内の魔力の流れ、感じられる?」


 傍らに寄り添うシャールに問いかける。


「ああ、わかる。おそらく転生魔法の影響を受けている部分も。……自分や双子の魔力を確認したことがあるが、お前のは普通の人間と構造が根本的に違うな」


「そのとおり、これも転生魔法の影響でしょうね。相変わらず優秀だわ。転生魔法の影響を受けている部分のどこかに、魔力の綻びがあるはず。ランスの得意属性は無属性、他人の魔力に干渉しやすい属性だから、探知しにくいかもしれない……でも、どこかに均衡が崩れた箇所は存在する。私も、一緒に探すから……」

「わかった。ラムはあまり無理をするな」


 シャールの言葉に心強さを感じる。

 彼はいつも予想を上回るような魔法を披露して、私を助けてくれるから。


「ありがとう、シャール。あなたと一緒なら、なんとかなる気がしてきた」

「……っ」


 シャールは驚いたように瞬きを繰り返す。彼の顔が若干赤い。

 やや間を置き、シャールは「ああ、なんとかする」と私を励ますような優しい表情で頷いた。


 しばらくして、双子と学舎を卒業した子供たちが転移してくる。カノンが彼らに状況を説明していた。


(カノンも頼もしくなったわ)


 メルキュール家の皆の成長が著しい。


(私が動けるようになれば、エペやフレーシュ殿下も助けてあげられる)


 苦しみはないが、力が抜けて思うように体が動かせないのは辛いはずだ。

 彼らの周りには、それぞれを心配した部下たちが集まっている。

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