143:揃った弟子たち
私の呟いた名前を聞いて、二人の弟子が瞠目する。
五百年前の世界で暮らして、そこで寿命を終えたはずの三番弟子。
延命魔法の知識を手に入れた彼が、現在まで生きていること、そしてモーター教の教皇という地位にいたことは、私やシャールたちしか知らない。
「弟弟子殿も、転生していたの?」
「いいえ、彼は違うの……」
何かを察したエペが顔をしかめる。
「延命なんて複雑な魔法、あいつに使えるのか? 五百年前は普通の魔法すら、ろくに扱えなかったのに」
ランスは一歩一歩前に進み、荒れた街の一角を見渡す。
しかし、彼ともう一人の他には誰もいない。
モーター教の兵士や聖騎士、聖人たちは皆、ハリネズミになってしまったからだ。
しばらくじっとしていたランスだが、不意に私たちに気づいたように顔を上げた。
私たちは、今回のことを聞くために、ランスに近づいていく。
ランスもまた、魔法で体を浮かせ、こちらへ向かってきた。
今世で私と、弟子三人が全員揃った瞬間だった。
懐かしさから、自然と微笑みが浮かぶ。
私にとって三人は、我が子のような大切な存在だから。今世で彼らと出会えて本当によかった。
ランスは二人の兄弟子をチラリと確認したあとで、私の方を向いた。
「先生もこちらにきていたのですか? 旦那さんと……そちらは息子さん?」
「そうよ。あなた、テット王国の国王と司教を変えちゃったの?」
「ええ、先生にあんな真似をするなんて許せませんから」
この間会ったときと同じような、穏やかな三番弟子。
しかし、ランスの表情が、前より幾分か曇っている気がして、私は彼が心配になった。
「ランス? もしかしてハリネズミのことを気にしているの? 大丈夫よ、元に戻せるから」
「特に気にはしていませんが……」
「あらそう。この前と様子が違うから、少し心配だったのだけれど」
「先生の気のせいですよ」
ランスはそう言うが、私にはどうにもその言葉が信用できなかった。
彼が兄弟子たちを見る目が、若干剣呑だから。
シャールやカノンを見る目と、明らかに異なる。
そして、エペとフレーシュもまた、物言いたげにランスを眺めていた。
彼が教皇の服を身に纏っていて、モーター教の陣営に姿を現したからだ。
「お前、そんな服を着て、どういうつもりだ。モーター教に改宗したのか?」
「冗談にしても、たちが悪いね。師匠が悲しむよ?」
二人の兄弟子の言葉を聞いて、ランスは「ふ……」と笑みを浮かべる。
五百年前には目にしたことのないような、酷く荒んだ微笑みだった。
まるで、絶望や憎しみや怒りを全て織り交ぜたような、それでいてどこか諦めたような暗い微笑みだ。
「モーター教なんて、どうでもいいんです。あれは、私に延命の魔法を教えて、生活の面倒を見てくれるだけの組織ですから」
どう考えても違う。
けれど、ランスにとっては紛れもなく、そういう団体だったのだろう。
生い立ちゆえに、ランスには物事を割り切った部分がある。
「先生、私は先輩たちと大事なお話をしたいです。旦那さんや息子さんたちと一緒に、席を外してはいただけないでしょうか」
「いいけど……私には聞かれたくない話なの?」
少し不満に思って問いかけるが、ランスは「すみません」と言って微笑むだけだ。
「わかったわ。穏便にお願いね」
そう答え、シャールたちと一緒に、やや距離を置く。
弟子たちは全員、不機嫌そうな顔で互いを見合っていた。今のところ、喧嘩に発展する気配はない。
「ラム、そんな顔をしなくても、あいつらは全員いい大人だ。話し合いくらいはできるだろ」
シャールが、はらはらと落ち着きなく弟子の方を見る私を慰めてくれる。
「でも、私にとっては、いつまでも大事な弟子で子供のようなものなの」
カノンがぽつんと、「あの人たち、すごく気の毒ですね」と呟いた。
「ラム、もう一人、向こうにモーター教の者がいる」
シャールに言われ、私はランスと一緒に来ていた人物の存在を思い出す。
「少し距離があって、顔がはっきり見えないわね。ランスは雰囲気でわかったけど……」
その人物は、ここにいたモーター教が準備していたのであろう荷物を、ごそごそと漁っている。
未開封の荷物もせっせと手で開封しているみたいだ。
(魔法が使えないのかしら)
しかし、開封されて出てきたものを目の当たりにした私は、思わずそれに向かって光魔法を打ち込んでいた。
突然の私の行動に、シャールとカノンが唖然とした顔でこちらを見ている。
自分でも無意識の行動だった。
私が急に魔法を放ったことに驚いたのか、弟子たちも私の方を振り向く。
「びっくりさせちゃったわね。私も、自分の行動にちょっとびっくりしてる」
シャールは落ち着かせるように私を抱き寄せた。
「お前が魔法で破壊した、あの物体はなんだったんだ? 理由もなく魔法を放ったわけではないだろう」
シャールの言葉に、私は頷く。
「あの中身、さっきモーター教の兵士が持っていた魔法アイテムと同じで、五百年前に使われていた武器だったの。種類は違うけど原理や悪影響は同じ……」
つまり、汚染された魔力を振りまく魔法アイテムだ。
エペの部下たちが関与していないみたいだし、あれは別の場所から持ってきたものなのかもしれない。