138:欠陥アイテムの流出?
話しすぎて、ちょっと疲れてしまったが、記憶が戻ってからは体調が安定している。
今日はベッドへ逆戻りしなくても大丈夫そうだ。
「それで、私としては、エポカというエルフィン族が現在も生きているのか確認したいの」
また前世のように、害のある魔法アイテムをばらまかれては困る。
「それと、ランスからも、もっと詳しく話を聞きたい。でもまずはレーヴル王国の様子見からかしらね」
次から次へとやることが出てきて大変だが、放っておくわけにもいかない。
「そういう理由なら、ラムに協力する。引っ越しは、あとからでもできるからな」
すると、話を聞いていたバルが「あ……」と声を上げた。
「そういえば、セルヴォー大聖堂の司教がクビになったらしいよ。とりあえず今は、リュムル枢機卿って人が、司教を代理でやっているとか……」
ランスが有言実行したらしい。
そしておそらく、彼が無茶を言って、リュムルという人がセルヴォー大聖堂の立て直しに奔走しているのだろう。
「あと、国王も変わるっぽいね。今の国王の親戚に」
部屋にいる全員が、黙り込んでしまった。
(あの子ったら、本当に国王と司教を変えてしまったのね)
おかげで国内は大混乱みたいだ。
「でも、市井ではここ数日、ずっと教皇の来訪を祝福する祭りが開かれているんだよ。カオスだよねえ」
「お祭り……」
こんなときでなければ、覗いてみたかった。
「ラム、祭りに興味が?」
「ええ。今世では行ったことがないから気になるの」
「人が多いだけの行事だ」
「そんな身も蓋もない」
メルキュール家の人たちは、イベントごとに興味はないらしい。
「私とラムは、様子を見にレーヴル王国へ向かうが、フエはこの家で待機していろ。何かあったときは、魔法ですぐ連絡するように。バルは引き続き情報収集に当たれ」
「わかった。でも、シャール様と奥様の、二人だけで大丈夫?」
「カノンを連れていく」
「ああ、前回もレーヴル王国へ行ったから、僕らよりも慣れているね」
「使えないようなら送り返す」
またそんなことを言っている。
でも、カノンなら大丈夫だろう。彼もどんどん力をつけてきている。
私はカノンを呼びに行き、レーヴル王国の件を話した。
「わかりました。あそこの国は、もう一度訪れてみたかったんです」
カノンは快諾してくれ、私たちは前回と同じ転移魔法でレーヴル王国へ向かうことになった。
※
国に戻ってからしばらく経ち、フレーシュは王位争いの真っ只中にいた。
父王の同意を得て、次期国王として宣言したのが少し前。
同時に、王弟がどこからか軍勢を従えて王宮に攻め込んできた。
(それは全部凍らせたからいいけど……)
問題は、モーター教が彼に加勢し始めたことだった。
あとは、国内の魔法使いを嫌う人々が、モーター教に請われて協力している。
(まあ、僕の敵ではないけど)
明らかに優位にフレーシュは王位争いを切り抜けてきた。
だが、今朝から様子がおかしい。
外にいる部下の魔法使いたちが、敵に押されていると報告があった。
(何が起きているの?)
城内のことを近くに控える部下に任せ、フレーシュは前線へと転移する。
(幸い内部は、ほぼ被害が出ていない。王弟は喚いているだけで何もできない人だから、部下たちだけで大丈夫)
前線に到着すると、そこには聖人と聖騎士、その他の兵士たちがずらりと並んでいて……。
こちらを威圧するように攻撃魔法を放っていた。
(普通の兵士たちも、多少の魔力はあるみたいだな。さすがはモーター教。二枚舌)
いくつかは街の建物に当たっている。
(あの野郎……)
フレーシュの怒りに反応し、氷の魔法が手前にいて攻撃していた聖騎士たちを襲った。
聖人は八人。
先にレーヴル王国へ来ていた二人を除いたメンバーだろう。まだ補充はされていないようだ。
(聖人の第一位がどんなものかはわからないけど、二位以下は問題ないね)
厄介な相手から、フレーシュは片付けていく。
奥にいる普通のモーター教の兵士たちは、不気味な静けさを保っていた。
(指揮しているのは誰だろう)
見たところ、それらしき人物はいない。
不思議に思っていると、敵側の一番奥に大量の荷物が運び込まれてきた。
(なんだろう、あれは)
開封された中身を兵士たちが順番に手に取っていく。武器か何かのようだ。
フレーシュは望遠の魔法で、向こうの様子を探る。
(やっぱり武器みたい。魔法使い相手では、気休めくらいにしかならないだろうけれど。あの武器の形状はどこかで見たような……)
微妙にうねった形状の、光る剣。
神経を逆なでするような嫌な形状。
(あれは、五百年前の……)
忘れもしない、アウローラの命を奪った魔法アイテムだ。
(どうしてあれが? 過去に酷い大惨事を引き起こした魔法アイテムなのに。師匠が命がけで国中の人間の命を守ったのに。なんで、そんなものをモーター教が持っているの?)
怒りで吹き飛びそうになる理性を、懸命に押しとどめる。
(あれだけの事件を起こしたのに、誰も何も学んでいないの? また使う気なの? 五百年経ったら、忘れてしまった?)
抑えきれず漏れた魔力のせいで、足下から氷の膜が四方八方に広がっていく。
(僕の前で、あんなふざけた魔法アイテムを使うなんて。一つ残らず潰してやる)
兵士たちが次々に魔法アイテムを起動させ、彼らの持つ武器の刀身が光を帯びていく。
あの先端部分から魔法を発射できる仕様なのだ。
どこからともなく「突撃」の声が上がり、兵士たちが一斉に攻撃を開始する。
しかし、その瞬間、事件は起こった。
魔法アイテムで攻撃をしかけようとした兵士たちが、どんどん真っ黒な煙に包まれていく。
「なっ……?」
魔法アイテムの不具合だろうか。
方々から悲鳴が上がり、兵士たちは混乱状態に陥った。
聖騎士たちも若干巻き込まれている。聖人たちに動きは見られない。
(なんだ、これは?)
様子を探ろうにも黒い煙が多すぎて、何も確認できない。
フレーシュは部下たちに、一旦待機命令を出した。あんな得体の知れない状況の中に、突っ込ませるわけにはいかない。
しばらくすると、ようやく煙が引いてきた。
だが、中から現れたのは……兵士ではなく……。
「は? なんだあれ」
大量の、やけにギラギラした、全身が金と銀の……大きめのハリネズミの群れだった。
ハリネズミたちはパニックを起こしたように右往左往している。
なんとなく、アウローラが見たら「可愛い」と喜びそうな気がした。