137:伯爵夫人は記憶を告げる
ラフな普段着に着替え終わった私は、階段を下りてシャールの執務室へ向かう。
だいたいそこへ行けばシャールがいるのだ。
(大丈夫。変な感覚は落ち着いたし、平常心、平常心)
自分に言い聞かせながら、扉をノックする。
やはりシャールは執務室にいたようで、私を中へ迎え入れてくれた。
私は最近の自分の特等席である、リボン柄のクッションが置かれたソファーに腰掛ける。
「顔色も元に戻ったな」
「ええ、おかげさまで、もう青白くは……」
「先ほどまでは、真っ赤だったが」
「……っ!」
話を蒸し返され、私の頬が再び熱を持ち始める。
「ち、違っ、それは……っ」
「わかりやすく意識されているのは、悪くない」
私はあとから歩いてきたシャールをまじまじと見つめる。
「意識? 私がシャールを?」
「お前は私より長く生きているのに、そっち方面はさっぱりか」
「そっちって、どっち?」
シャールは私を見下ろし、「これは先が長そうだ」とため息をついた。
「ねえねえ、引っ越し先の候補を考えてみたんだけど」
「早いな」
「島なんてどうかしら。五百年前に師匠と旅行したことがあるんだけど、温かくてなかなかよかったわ。森の中の隠れ家も素敵よね。シャールは、どこか行ってみたい場所はないの?」
「……海」
なんとなく意外に思った。
「仕事でしか行ったことがないが、落ち着く」
「そうね、海もいいわね」
「メルキュール家所属の魔法使いも減っている今なら、引っ越しもそれほど手間はかからないだろう」
引っ越し先の候補について話をしていると、双子が部屋にやってきた。
「シャール様大変です。バルがとんでもないニュースを持ってきました」
「あ、奥様もいたんだ。朝から仲良しだね」
バルの言葉を聞いて、私はまた落ち着きをなくす。
その様子を見てフエが意味ありげに微笑んだ。
「いい感じに進展しているようで何よりです、シャール様」
「奥様、わっかりやっす~い。なのに自分の感情に気づかないって……」
「お聞きしたところ、奥様はたしか、エルフィン族に育てられたとか? そのせいでは?」
「前みたいに気絶しないだけ進歩したって感じ?」
双子は言いたい放題だ。たぶん、失礼なことを言われている。
「あ、そうだ。ニュースの話に戻るけど、モーター教、レーヴル王国にちょっかい出してるよ。あそこはこのままいけば第一王子が王位を継ぐ線が濃厚だったけど、今になって王弟を持ち上げてきた」
私とシャールは顔を見合わせる。
「ランスは知っているのかしら?」
「教皇はまだ、テット王国の王宮に滞在しているはずだ」
「だったら、別の人が動いたの?」
めったなことではやられないと思うが、いろいろな意味でフレーシュが心配だ。
「総本山が動きを見せているみたいだけど、詳しいことはまだ……」
バルもかつてない状況に困惑している。
ランスはモーター教の活動に全く関心がなさそうだった。
だとすると、彼と関わりのないところで、指示があったのかもしれない。
もともとレーヴル王国は、モーター教に目をつけられていたみたいだし。
「様子を見に行ってみようかしら」
「お前は、また……」
「レーヴル王国にもモーター教にも私の弟子たちが関わっているから、やっぱり心配なのよね。状況だけ調べて、あの子たちだけで解決できそうなら手出しはしないわ」
ランスの状況も、もう少し把握したいところではある。
彼に寿命を延ばす魔法を教えたという、枢機卿との関係も気になった。
(もしかしたら)
その相手は私の知っている人物かもしれない。
「エポカ……?」
確認したいこと、知らなければならないことがまだたくさんある。
私の出した名前に覚えのない三人が不思議そうな顔をしている。
(今なら大丈夫。皆には、話しておかないと……)
シャールとのやりとりのせいか、私の心は夢を見た直後よりも落ち着いていた。
「あのね、私が思い出した過去の記憶について、あなたたちに話したいことがあるの。もしかしたらそれが、今のモーター教のあり方に繋がっているかもしれない」
正直、気分のいい記憶ではないが、いろいろ巻き込んでしまったメルキュール家の皆には、知る権利があると思う。
「それって、奥様の前世の死因とかも、思い出しちゃったんだよね?」
「無理に話さなくても大丈夫ですよ」
双子もまた、私を気遣ってくれた。
「ありがとう、でもいいの」
私はこれまで夢で見た内容を彼らに語った。
過去の私が、師であるフィーニスの跡を継いで宮廷魔法使いになったこと。
エポカというエルフィン族が現れたこと。
彼の魔法アイテムが広がり、魔法使いの需要が減ったこと。
しかし、その魔法アイテムには恐ろしい仕組みが隠されていて、使用時に変換される魔力の暴走で人々が危機に陥ったこと。
「……というわけで、汚れた魔力の暴走を防いで、前世の私は今にも命を落としそうになっていて。それをエペとフレーシュ殿下が転生させてくれたみたいなのよ」
話を聞いた全員が言葉を失っている。