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136:伯爵夫人はへたり込む

 最近のメルキュール家の朝は、大して早くない。

 どちらかというと、もともと皆夜型だ。

 早くに眠りにつくのは体の弱い私くらいのものである。

 そんないつも体調不良を抱えている私だけれど、今朝は目を開けると、いつもよりもやけに体が軽かった。


(スッキリした目覚めね)


 頭痛もないし、胃のむかつきもないし、熱もないように思える。

 あのあと、私はもう過去の夢は見なかった。


(記憶を全部思い出したからかしらね。シャールには情けない姿をさらしてしまったわ)


 らしくない弱音を吐いて、泣いて、抱きしめられて……。

 そこまで思い出した私は、ぶんぶんと頭を横に振って、昨夜の記憶を払拭しようとした。


(親にも師匠にも、あんな風に甘えたことなんてないのに)


 いつも、しっかりあらねばと思って生きてきた。それはこれからも変わらない……はずだったのに。

 シャールの前だと上手く取り繕えない。

 冷静さを取り戻せないまま横を向くと、同じく横になってこちらをじっと見ているシャールと目が合った。


「えっ? どういう状況?」


 しかもよく見ると、私が片手で彼の服を掴んでいるような状態だ。


(この手は一体……!?)


 さっと手を引っ込める私の考えを察したように、シャールはその体勢のままで頷いた。


「お前が手を放さないものだから、ここで寝た。せっかく眠ったのに起こすのも忍びなくてな」

「ご、ごめんなさいっ! 私ったら……!」


 謝りながら、慌てて手を放す。


「昨日より回復しているようだ」

「ええ、今日は元気よ! それで、えっと、その……」


 私はシャールに目を合わせ、早口で言葉を紡ぐ。


「昨晩はありがとう。あなたのおかげで、落ち着いたわ」


 シャールはキョトンとした顔になったあと、やや目を泳がせる。挙動不審だ。


「……気にするな。起きられるか?」

「もちろん! ねえ、私が眠ってから何日くらい経った?」

「今回は一日も経っていない。夕方前に寝て、夜に目覚めて寝て、今が朝だ。熱は……」


 私のおでこに手を当てて熱を測るシャール。こんなときだというのに、また落ち着かない気分になる。

 しかも、そんな変な状態が以前より、またいっそう酷くなったように思えた。


「顔と耳が赤い。やはり熱が引いていないのか……?」

「こっ、これは違うの!」


 私は逃げるようにベッドから起き上がると、そそくさとシャールから距離を取る。


「ほ、ほら、このとおり! 今朝の私は、とっても快調なの!」

「……それならいいが」

「そういうことで、着替えるからシャールも部屋に戻ってね」


 ベッドから、ゆっくり下りて立ち上がるシャールの後ろに回って、彼の背中をそっと押す。

 私のせいで、シャールの起床がいつもより遅れてしまった。

 これ以上引き留めてはいけない。


「ああ、わかった」


 振り向いたシャールはじっと私の顔を見たあと、にわかに顔を近づけてきて……私の頭の後ろに手を回し、再び額にキスをした。


「……っ」


 全身の温度が急激に上がっていくのがわかる。

 前回より少しだけ長い口づけを終え、シャールはそっと私を解放する。


「あなたっ、ま、また……キ、キキキス……」

「また、したくなった」


 平然とそんなことを言ってのけるシャール。

 しかも彼には前回よりも余裕が感じられる。

 私なんて、前回より頭がさらに、いっぱいいっぱいなのに。


「ラム、今日も顔が真っ赤だな」


 いつもより穏やかな顔で、どことなく満足そうなシャールを見ていると、どうしてだかちょっと悔しい。


「わ、私はっ、このくらい、なんとも思っていません!」


 動揺を悟らせまいと、私は自分が平常心であることを主張する。


「そうか。なら、もう一回」

「き、ききき着替えるからっ! シャールも早くしないと、仕事に支障が出るでしょっ!?」

「モーター教と国王があの調子だから、しばらく暇になりそうだが……」

「だ、だったら、新しい働き方を考えましょっ! 私もすぐ行くからっ!」

「ラム、耳も赤い」

「ほっといて!!」


 私はシャールの背中をぐいぐい押し、なんとか部屋の外に彼を追い出すことに成功した。

 扉を閉めてきびすを返し、へなへなとその場にへたり込む。


(私、本当に、なんでシャールの前でだけああなっちゃうの!? というか、シャールはどうして二回もキスしてくるの!?)


 まったく意味がわからない。

 私はしばらくの間その場を動けず、悩み続けていたのだった。

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