135:一番弟子への依頼
オングル帝国のはずれにある拠点で、エペは溜まっていた仕事を処理していた。
あのあと、うるさい弟弟子のグラシアルを追い出し、魔法で建物を元に戻し、部下の傷を回復させ……とりあえず、諸々の事態はひとまず収束した。
だが、その間放置していた作業が、山のように積み上がっている。
窓を開ければ、朝の霞がかかった荒れ地に、静かに日の光が差し込み始めている。
(アウローラ)
せっかく見つけたのに、あっさり逃げられてしまった。
悔しいが、二度目の接触は案外容易にできそうだ。居場所は割れている。
(動いてた。生きてたな……そういう魔法にしたから当たり前だが)
壊れかけの、息もまともにできない彼女はもういない。
自分が転生させたから。転生させるために息の根を止めたから。
あのときの感触は決して忘れない。
だから、再会したアウローラを目にした瞬間、心底安堵した。
中身も五百年前から変わっていないし、転生魔法はほぼ成功している。
不具合があれば、今世で自分が修復すればいい。
今度こそ悲しい思いはさせない。
彼女の愁いは全て自分が断つ。
前世に心残りがあるとすれば、事前にアウローラを救えなかったことだ。
「ボス! モーター教の偉いさんから連絡が!」
仕事をしつつ物思いにふけっていると、部下の一人が分厚い資料を持って部屋に駆け込んできた。
「なんか、『聖騎士に支給したいから、これと同じ仕様の武器を作れ』って。材料は全部あっちで用意するみたいです」
「は? うちはなんでも屋じゃねえぞ。武器を作りたいなら、そのへんの工房にでも依頼しろよ」
「でも、ボスならできちゃうでしょ? 器用だし、魔法すげえし。それにこれ、割と簡単に作れますよ?」
「……紙を見せろ」
部下の持っていた資料、おそらく設計図であろう紙の束をひったくる。
差出人はモーター教の枢機卿の一人らしい。
(武器か。俺が最初から設計したほうが、高性能なやつができると思うが……)
じっと、武器についての資料を眺めていたエペは、不意に目を細めて眉間に皺を寄せた。
「おい……これ……」
「どうしました、ボス? あ、サンプルが見たいなら、ここに……」
様子のおかしな上司を前にして、部下が慌てだす。
エペはモーター教から送られてきた、見本となる武器を確認する。
「普通に使える本物だな。あの頃と同じか……どこのどいつかしらねえが、嘗めた真似をしてくれる」
「さっきから様子が変ですよ、ボス? 何か武器に問題が?」
エペは部下を見上げ、悪い笑みを浮かべた。
「ああ、問題だらけだ。よし、俺が直々にその武器を改良してやろう」
「ええっ、なんですかそれ! めっちゃ楽しそう!! 俺、ちょっと改造好きな奴ら集めてきます!」
部下は喜び勇んで仲間を呼びに行ってしまった。
ここにいるのは、自分に似てこらえ性のない奴らばかりだ。
エペは再び見本の武器に目を落とす。
「やっぱ、五百年前のアレだよなあ……俺を相手に、ふざけたもん寄越しやがって」
向こうはエペの存在を知らないから仕方がないし、どうして五百年前の資料があるのかも謎だ。
けれど、この魔法アイテムが、エペにとっての仇の一つであることに変わりはない。
それを作ろうとする奴らも、使う奴らも。
「見つけたからには容赦しない」
まさかこのタイミングで話が舞い込んでくるとは。
因縁とはいえ、奇妙な巡り合わせを感じる。
(あのとき、グラシアルやランスと結託して元凶は消した)
エペが依頼された武器は、五百年前に出回っていたものと同じだった。
アウローラが死ぬ原因になった、悪質な魔法アイテムの一つで、持ち主の魔力を糧に動き、勝手に攻撃魔法に変換して放出する武器。
魔法が下手でも、魔力が多くなくても、誰でも扱える便利な道具。
手軽さから、魔法が苦手な騎士や傭兵に数多く支給された。
ただし、無理に変換され放出された魔力は、その過程で歪みを生じて周囲を汚染する。
放出された先で魔力爆発を起こしたり、使用者に逆流して体内の魔力をも汚染したりと、持ち主の命を危険にさらす、問題も多い魔法アイテムだ。
しかも、大勢の人間が武器を使えば使うほど、汚染が大気中に広がり、満ちあふれ、あとになって降りかかってくる。
五百年前は体調不良を訴えたり、暴発事故に巻き込まれる者が多かった。
しかし、王宮に手を回していた発案者により、この魔法アイテムと魔力汚染の関連性が否定され、人々はそれを信じてアイテムを使い続け……国が崩壊した。いや、しかけた。
それを命がけで止め、人々を守ったのがお人好しなアウローラだ。悲しくなる。
材料には手に入りにくいものもあるが、それはモーター教が用意するという。
組み立てるのは部下の言ったとおり簡単で、理屈を知らなくても手順さえ覚えれば誰でも作れる。何も考えなくても惰性で作れてしまう。
だからこそ、表向きには魔法アイテムの製造は専門外である、エペのところに依頼が来たのだろう。
そして、その依頼者は顔すら見せない。
(モーター教からは、なんの説明もねえけど……この武器、製造段階でも魔力が汚染されるんだよなぁ。あいつらに影響が出ないよう調整しねえと)
エペはまず、魔法を使って材料を無害化させることにした。
武器としての威力は落ちるが、そもそもエペはこれを依頼通りに作る気なんてない。
強力なアイテムほど代償が必要なのは、きちんと知識を身につけた魔法使いなら誰でも知っている。エペ自身もアウローラに教わった。
「最高の魔法アイテムに作り変えてやるよ」
かつて、同じアイテムを振りまいた男は、魔法使いに頼らなくても、回る世の中を作ると言っていた。
だが、それは表面的な耳触りのいい嘘で、奴の真意は別のところにある。
(あいつはただ、魔法を使えない劣等感から、魔法使いを排除して自分の地位を築きたかっただけ)
そこには信念も何もない。
(しっかし、この武器を俺に任せるなんて、人選ミスも甚だしいな。トンデモ武器に魔改造して、高値で売りつけてやる。で、依頼者の息の根を止める)
アウローラの死因を作ったエルフィン族の男。
今世でまだ同じことを繰り返す奴がいるなら、エペは絶対にそいつを許すつもりはなかった。