133:戻りそうな記憶2
(あれは確か、師匠であるフィーニスが突然いなくなって、私がひっそりと落ち込んでいるとき……)
長年親代わりだった彼女が姿を消したことで、私は大きなショックを受けていた。
いずれそうなるとはわかっていたし、フィーニス自身も私に予め告げていたけれど、挨拶もなしに消えるなんて思ってもみなかったのだ。
机の上には、適当な置き手紙が一つ。
フィーニスらしいといえば、らしいが……。
しかし、あからさまに落ち込んでは、弟子たちに心配をかけてしまう。
(しっかりしなくちゃ)
とにかく私は、彼女から託された、王室付きの魔法使いの仕事はきちんとこなそうと決めた。
そうはいっても、私に依頼が来るのは、他の魔法使いの手に負えない厄介な仕事ばかりだったのだが。
フィーニスがいなくなったつらさを忘れるため、私は今まで以上に魔法使いとしての仕事に打ち込んだ。
そんなある日のことだった。
世界各国を回って旅する魔法アイテム学者だという、エポカという男が現れたのは。
彼はフィーニスと同じエルフィン族だった。ただし男の。
エルフィン族の男性は魔法を使えない。
体内に魔力はあるが、それを魔法として放つことができないという特殊な体の構造を持つ種族なのだった。
しかし、使えないのは魔法だけで、体内の魔力そのものを利用する、アイテム作りや薬品作りなどは得意だった。
長寿のエルフィン族なので、魔法知識も豊富だ。
だから、男性のエルフィン族は、学者や医者が多いのだとフィーニスが言っていた。
エポカもまた、それらの例に漏れない一人だった。
「魔法使いに頼らなくても、回る世の中を作ろうと思うんです」
彼の言葉に、当時の王室は酷く心を動かされたようだった。
彼らが日頃仕事を頼むような、力の強い魔法使いは、役には立つが扱いが難しい。
ほとんどが気まぐれな自由人だし、権威にこびないし、金銭で釣れない。
仕事に誇りを持っているから、プライドも高い。
気に入らないことがあると仕事を受けないし、人によっては妙なこだわりで周囲を困らせたりする。
そんな魔法使いの扱いに、当時の権力者は手を焼いていた。
彼らは意思のある魔法使いではなく、ただ従順なだけの便利な道具を欲しがっていた。
魔法使いに依頼するよりも、言いなりの部下に魔法アイテムを使わせるほうが便利。
国の上層部はこぞって、そう判断した。
もっとも、私がそれに気づいたのは、もう少しあとだったが。
国王に気に入られたエポカは、瞬く間に国の重要人物として扱われ、王室お抱えのアイテム学者になり、器用な処世術で力を広げていった。
そして、彼の作ったアイテムが、魔法を苦手とする人々の間で、広く使われ始めた。
最初は生活の役に立つ道具、大がかりな乗り物、王宮の騎士団が使用する武器……。
たくさんのものが出回った。
普通の魔法アイテムよりも安価で優れているからと、人々はこぞってエポカのアイテムを使いたがった。
「魔法使いはもう不要だ!」
「時代遅れの金食い虫だ!」
「あいつらがいなくても、アイテムさえあれば俺たちは生きていける!」
各地で魔法使い不要論が取り沙汰され、急激な早さで全国に広まっていく。
かつて活躍した魔法使いたちは、肩身の狭い思いを強いられるようになり、多くが職を辞して国を出て行った。
私は相変わらず、同じ場所で働き続けていたけれど、人々に魔法を悪く言われるのは堪えた。それは私にとって大切なものだったから。
魔法使いの中には、魔法アイテム使いと同じ効率の良さや、求められる従順さを受け入れ、苦しみながら働く者も現れ始めた。
それでも、人々の需要が魔法使いから魔法アイテムに変わっていくことは避けられなかった。
しかし、便利なエポカのアイテムは、大きな代償を必要とするものだった。
人々はそれに気がつかないまま、作られ方や構造すら知らないまま、大量の魔法アイテムを消費し続けた。
――魔力の改悪
その本当の恐ろしさに皆が気づいたときには、全てはもう手遅れの段階で……。
大気中に満ちて暴走した害のある魔力のせいで、国は崩壊しかけていた。