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131/152

131:伯爵夫人の死因

「じゃあ、ランス。ひとまず、うちの屋敷に来る?」


 私の呼びかけには、枢機卿が反応した。


「あなた、教皇様に向かってなんと無礼な! 呼び捨てだなんて……」

「黙ってください。この方はいいんです。私よりも敬われるべき方ですから」

「どうしてしまったんですか、教皇様。さっきから様子が変ですよ!?」


 当たり前だが、枢機卿は困惑している。

 しかし、ここで前世の話をしてもややこしくなりそうなので、私は何も言わないことにした。


「今世の先生の家にお呼ばれだなんて嬉しいなあ。枢機卿はこの場の後処理をお願いしますね。心配しなくても、ちゃんと戻りますから」


 ランスはにこにこしながら私の手を取った。他の二人とは違い、シャールにも友好的だ。


「さあ、先生の家へ行きましょう」


 シャールは「こいつを屋敷へ入れても大丈夫なんだろうな」と、やや困惑しながらも、転移魔法を実行した。

 私たちは阿鼻叫喚状態の大広間から、メルキュール家の庭へと降り立つ。


「わあ、広い庭ですね」


 ランスは機嫌よく、周囲の景色を見渡している。


「あの賑やかな建物は、先生のデザインですか?」

「ああ、学舎のこと? そうよ、私が模様替えしたの。可愛いでしょ?」

「素敵です」

「ありがとう。それじゃあ、屋敷に行きましょう」


 前世の弟子とはいえ、一応教皇なので応接室へランスを案内する。


(一体全体、どうしてこの子が、教皇なんてやっているのかしらね。性格的に、面倒ごとには首を突っ込まないと思うのだけど)


 特殊な生い立ちで育った三番弟子は、基本無気力で無関心。

 他の二人のような闘争心も低く、のんびりするのが好きで、穏やかな性格だ。

 そんな彼が、それらの対極にあるモーター教に所属していて、しかも教皇の地位に就いているなんて現実味がない。


「言っておくが、ラムと二人きりになるのはなしだ。私も同席させてもらう」


 シャールの意見に、ランスは素直に頷いた。


「もちろん、それで大丈夫です。私は先生に旦那さんがいても気にしませんから」

(……ん?)


 ちょっと何かが引っかかった気がしたけれど、私とシャールとランスの三人で、応接室で話をする流れになった。

 シャールの隣に私、テーブルを挟んで向かいにランスが座る。


「さて、ランスには聞きたい話がたくさんあるの」

「私も先生に尋ねたいことがあります」

「一部記憶が曖昧だけど、答えられる限り話すわ」


 記憶喪失の部分で、ランスが怪訝な顔になった。


「曖昧というのは?」

「私、自分がどうして死んだのか覚えていないの。エペやグラシアルが魔法を使ったことは聞いたのだけれど、皆、私の死因については教えてくれなくて」

「あー……。そういう話なら私も黙っておいた方がいいのかな。エペ先輩あたりが、敢えて記憶を残さなかったんじゃないですか? あの人、器用ですから」


「ええ。でも、そんな真似をされると、余計に気がかりだわ。だって、重要な事実を丸々覚えていないのって不安になるわよ? 最近、少しずつ記憶が戻ってきている気がするんだけど、断片的で、何があったのかいまいちわからないのよね」


 ランスは戸惑いがちに、視線を私に送る。


「あの、その話を先生の旦那さんは?」

「知っているわ。私の過去も正体も、全部話してある」


 シャールは私の体調を気遣いながら、素直なランスへ目を向けた。


「私を気にする必要はない。妻の正体は確認済みだ」

「へー、信用されているんですねえ。まあ、そういう事情なら、ここで私が知っている範囲のことはお話しします。先生が亡くなったのは、ちょうど私が十七歳になったときですね。先生は二十三歳でした」

「……っ!」


 弾かれたようにシャールが私を見る。

 アウローラは、ずいぶんと早世だったようだ。私も少なからずショックを受ける。


「死因は……まあ、『人々を守った代わりに』とでも言いましょうか。先生らしい最期でした。あんな人たち、放っておけばよかったのに」


 一瞬だけ、ランスが冷めた表情を浮かべた。


「私は、その人たちを守れたの?」


 夢で見て気になっていた部分だ。

 私は結局彼らを救えなかったのではないかと不安だった。


「先生のおかげで、彼らはあのあと、平和に暮らしましたよ。また同じような過ちを繰り返していましたけど。まあ、先生の去った世など、私の知ったことではありません」


 事実を話してくれているのだろうが、ランスは慎重に言葉を選んでいる気がした。


「ランス、あなたはどうして、モーター教の教皇なんてやっているの? そんな宗教、五百年前にはなかったわよね」

「モーター教は先生の死後に発足した宗教です」

「……あなたが、作った、とか?」

「作ったのは私ではありません。枢機卿です」


 私はランスと一緒にいた、生真面目そうな男性を思い浮かべた。


「大広間にいた人?」

「いいえ。別の枢機卿で、今は総本山にいます」

「今? もしかして、その人、生きてるの?」

「ええ、長命種なもので。先生の先生と一緒、エルフィン族です。ただし、男で魔法は使えませんが」


 エルフィン族は五百年前ですら幻と言われていた、希少な種族だった。

 様々な魔法の知識に通じている彼らだが、その魔法を扱えるのは女性だけ。種族的に、男性は魔法を使えないらしい。

 私も師であるフィーニスから聞いただけなので、エルフィン族の男性を直接見たわけではないが……。


(あら? 今、頭の片隅に、何か引っかかったような)


 違和感を覚えながら、黙ってランスの話の続きに耳を澄ませる。


「そのエルフィン族に声をかけられ、長命の魔法の知識と引き換えに、名ばかりの教皇になりました。それで、今に至ります」

「……端折りすぎよ」

「そう言われましても、先生に関係のないことは、私にとって些事なので。心底どうでもいいんです」


 彼の言葉に、私は一抹の不安を感じた。


「つまり、ランスはモーター教が魔法使いを弾圧しているのを知りながら、見て見ぬ振りをしていたの?」

「先生一人に困難を押しつけて、先生の命を守らなかった魔法使い共に、価値なんてあります? それに魔法使いの弾圧に関して、私は積極的に関与していません。枢機卿がいつの間にか始めたことですので」

「どうしてそんなに他人事なの?」

「どうでもよかったので」


 駄目だ。私とランスの間には、大きな感覚の溝がある。


「この時代の魔法使いたちは、とても苦しんでいるわ。メルキュール家だって、私が来た頃は大変な状態だった。どこの国でも魔力持ちは虐げられて、辛い思いをしている。あなたはモーター教の代表なのでしょう?」

「……? 今って、そんな状況なんですか?」


 ランスはまるで、初めて事実を知ったような、不思議そうな顔になった。無関心にも程がある。


「あなた、これまで何をしていたの?」

「最初の頃は、先生の偉業を広めるのに尽力していて……それが落ち着いたら、魔法アイテムの開発をしたり、先生を探したり、先生の書き残した本を読んで魔法を覚えたり、先生を探したり、適当に聖人の任命式に出たり、先生を探したりしていました。でも最近はもう半分諦めていて、総本山に引きこもっていました」


 ランスは、ほぼ私を探すことに時間を費やしていたようだ。

 今のモーター教の有様を放置していた怠慢について叱ろうと思ったが、ちょっとだけ彼を置いて行ってしまった罪悪感が募る。


「寂しい思いをさせてしまっていたのね。ごめんなさい。でもねランス、モーター教はとても残酷よ。たくさんの子供たちが犠牲になっているのに、そのままにしているなんてよくないわ。聖人を選ぶ課程だって、虐待じゃないの」

「そうなんですか? 興味がないので知りませんでした」

「興味が、ない? たくさんの罪のない子供が殺されているのに?」


 大量の、虐げられた魔力持ちたち。

 彼らは魔力を持っているというだけで、理不尽を強いられ、命を落としても顧みられない。

 さらに、モーター教は人々に嘘を吹き込んで、本来魔法を使える多くの人に魔力封じの魔法を施している。


「ランス、いい加減にして。あなた自身のせいではないにしても、モーター教を制御できる教皇が、正さなければならないことなのよ? これまで、あなたの無関心で犠牲になった子だってたくさんいるはず」

「だって、面倒で。……っ!?」


 それを聞いた瞬間、私は無意識に立ち上がり、テーブルを飛び越え、拳をランスの下顎目がけて繰り出していた。

 怒りと情けなさをない交ぜにしたような暗い感情を、抑えられなかったのだ。

 魔力を載せた拳はランスに当たり、彼は城での司教がそうだったように、頭から天井に突っ込む。

 ランスは抵抗しなかった。


「頭に血が上って、つまらぬものを殴ってしまったわ……こんなことをしても、何も解決しないのに、私は駄目な師ね」


 少しの間足をばたつかせていたランスは、やがて魔法を使って天井から下りてきた。

 殴られた顎も自分で魔法を使って治療している。


「ランス、今後、そういう無関心は止めてちょうだい。命の危険がある子は助けてあげてほしいの」

「……先生がそう言うなら」


 心の機微に疎いながらも、ランスは私の意見をモーター教内で通すのに同意してくれた。

 研究所育ちの彼には、善悪の概念が希薄なところがある。

 そして、他人に指示を出されなければ、ほとんど自分から動くことはない。

 困った生き方は、五百年の間に改善されてはいないようだ。

 私の弟子教育もまだまだ課題が多い。


「ついでに、教皇の仕事も退職します。衣食住が整っていて楽だったので、今まで世話になっていましたが、枢機卿への義理は十分に果たしたと思うので。教皇じゃなくなったら、私を先生の傍に置いてくださいね」

「んん!?」


 急におかしな方向に話が飛び、私は弟子を凝視する。


「だって教皇を辞めたら、私の行き場がなくなってしまいます。メルキュール家は魔法使いの家なんですよね? 私だって、条件を満たしています」

「それはそうだけど……」

「メルキュール伯爵が旦那さんなら、私は愛人でいいです。先生の傍にいられるなら形にはこだわりませんので」


 隣でシャールがガタッと音を立てて立ち上がる。


「ランス、あなた、言葉の意味をわかって言っているの? 愛人っていうのはね……」

「わかっていますよ。私の方が先生よりも、五百歳くらい年上なんですから。それに言いましたよね? 先生に旦那さんがいても、気にしないって」


 理解して口に出しているのなら、なかなか性質が悪い冗談だ。シャールもいるというのに。


「私は愛人を募集していないわ。そうね、学舎にいる子供たちの教育係か、屋敷の警備係を任せたいわ」


 再び着席したシャールが横から「教皇が教育係か……」と、心配そうに呟いた。

 彼の懸念も尤もなのだけれど。


「ランス、五百年前の話をもっと詳しく教えてくれないかしら」

「そう言われましても……私も先輩たちと一緒で、先生を悲しませたくはないんです。先生は粗悪な魔法アイテムの害から人々を守って、そのせいで力尽きてしまったとしか……」


 あの夢で見た光景に繋がる部分がある。


「馬鹿な奴らが、先生から受けた恩も忘れて増長して。ほんと、私が全部消してやればよかった」


 三番弟子に似合わない、物騒な発言だった。

 しかし、不穏な面影はすぐになくなって、ランスは穏やかな表情に戻る。


「それより先生は先輩方に会われたのですか? 彼らも同じ時代にいるの?」

「ええ、少し前に会ったわ」

「もしかして、レーヴル王国にはグラシアル先輩がいたりします?」

「あら、知っていたの? 彼、第一王子なの。エペはオングル帝国で商人をしているわ」

「商人? エペ先輩のことですから、やばいものを売っているんじゃ……」


 そろそろエペやフレーシュも動き出しそうだから、ランスもすぐに会えると思う。


「先輩たちに会うのは後回しで大丈夫そうですね。それでは先生、私は一度王宮に戻ります。メルキュール伯爵、私が不在の間、先生をよろしくお願いしますね」


 シャールは仏頂面でランスを見る。


「どうしてお前に、ラムをよろしくされなければならない」

「仲良くやりましょうよ、正妻……もとい正夫殿。じゃ、そういうことで」


 言いたいことだけ言うと、ランスは転移魔法で消えてしまった。


「ごめんなさいね、シャール。私もまさか、弟子が教皇をしているなんて予想していなかったものだから。複雑だったでしょう?」

 

 なんとも言えず、私はたどたどしくシャールに言葉をかける。

 シャールは態度に出さないが、メルキュール家はこれまでモーター教に煮え湯を飲まされ続けてきた。

 思うところがないはずがない。


 しかも……ランスは教皇という地位にありながら、全部が投げやりで、とても適当に生きてきたのだ。

 私がランスを殴ったからといって、溜飲は下りないだろう。


「昔の知り合いだからといって、ラムが気に病む必要はない。あいつの方が年上なのだから、お前が保護者として振る舞うのも変な話だ」


 つまり、気にするなと言ってくれているようだ。


「モーター教への対処は追い追い考えるとして、今はお前の過去の話と顔色が気になる。気づいていないみたいだが、顔面が蒼白だ」

「えっ? 私、そんなに顔色が悪い?」

「ああ、あいつを殴ったあとから、徐々に血の気が引いているように思える。今日はもう部屋に戻った方がいい」

「そうさせてもらうわ。いろいろなことがあったから、体に不調が出たのかも。前ほど苦しくはないけれど」

「苦しくない人間は、そんな顔色にはならない」


 シャールは私の手を取って、部屋まで転移する。

 そうして、近くにいたメイドにドレスの着替えを頼むと、部屋を出て行った。


 考えたい謎や、悩みはまだあるけれど、混乱して考えがまとまらない。

 やはり、シャールに告げられたとおりで、体調がよくないのだろう。

 私は彼の指示に従い、さっさとベッドに横になることにした。


(それにしても、私の過去がますます気になってしまうわ)


 悶々としているうちに、体力が切れた私は意識を失ってしまった。

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― 新着の感想 ―
[一言] ラムちゃん( ´ ▽ ` )弟子さん達皆んなちょっとぶっ飛んでいるね笑 まだ、三番弟子が一番マシな方なのかな? でも個性豊かで面白いですm(__)m✨ シャール頑張れ! 文明失礼しましたm(…
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