130:伯爵夫人、断罪される
「いるんだろう、メルキュール伯爵夫人!!」
ついに、名指しで呼ばれてしまった。
(そこまでお望みなら、出て行ってやろうじゃない)
皆の注目が集まる中、私は歓迎会の会場である大広間の中央に向かって歩きだす。
「ラム、やめろ」
「心配ないわ、シャール。期待には応えてあげなきゃ」
人混みをかき分ける私のあとを、シャールもついてくる。
離れた場所で「奥様!?」と双子の声が上がったのが聞こえた。
私は司教の正面ヘ歩み出る。
「来たな、極悪魔女! 調子に乗ってのこのこ出てきおって、馬鹿な女だ」
司教は勝ち誇った顔で私を指さした。
「今日は教皇様にお前を断罪していただく! 教皇様、この者こそモーター教の教えに背く異端者です! モーター神の裁きをお願いします!」
帽子を被っているため顔は見えないが、教皇がゆっくりこちらへ近づいてきた。
「この女はモーター教徒全ての敵だ! 恐ろしい魔法で貴族たちを脅かし、私や国王に呪いをかけ、慈悲として与えてやった魔力持ちとしての役割も放棄しようとしている! 恩を仇で返す、腐った根性の持ち主なのだ!」
黙っていれば、司教はめちゃくちゃな言いがかりをつけてくる。
貴族の何人かが、「そうだ、そうだ!」と司教に同調した。
過去に私が諸々お仕置きをした貴族たちである。
(皆、ここぞとばかりに、教皇の前で被害者ぶっているわ)
彼らの演技力には脱帽する。
すると、シャールが私を庇うように前へ進み出た。
「妻を責めるのはお門違いだ。貴様らが我々を非難し続けるのなら、望み通りこの国から出て行ってやろう」
メルキュール家不在による損失を危惧した貴族たちにより、会場がざわめく。
「まったく、悪質な宴だ。ラム、帰るぞ」
「え、でも、まずはメルキュール家の誤解を解いた方がいいんじゃない? そもそも業務量がおかしいって……私個人のことはいいけど、メルキュール家全体が誤解されるのは嫌だわ」
「私はこいつらの前に、お前を一秒たりとも晒したくない」
司教たちを睨むシャールの後ろから、双子が顔を出した。追いかけてきてくれたらしい。
私たち全員を巻き込み、魔法で屋敷へ転移しようとするシャールだったが、その前に声がかかった。
「待って」
滑らかで澄んだ声は教皇が発したものだ。私たちは少し驚き、動きを止める。
「教皇様っ!? ついにこいつらに聖なる裁きをお与えになるのですな!」
「おお、それは素晴らしい! 早くその者らをどうにかしてほしい!」
司教と国王は嬉しそうにはしゃぎ始めた。本気でこの国の未来が心配だ。
だが、教皇は二人を振り返って冷たい言葉を放つ。
「ちょっと黙っていてください。あなたたちの声を聞いているとイライラする」
(えっ……?)
意外にも、教皇は司教や国王に批判的な態度を見せた。
「そもそも、あなたたちはなんなのですか。一人の女性をこのような場に呼び出し、集団で真偽のわからない罪をわめき立て、私に罰を下せと促す。本当にテット王国も堕ちたものです」
「教皇様、どうされたのです!? こいつらは悪質な背教者ですぞ!」
司教がわたわたと慌てだす。
「何を言っているのです? 背教者はお前でしょう?」
教皇が苛立った声を上げるのと同時にパリーンと天井につるしてあるシャンデリアの一つが割れた。彼の魔力の波に反応したようだ。周囲の客が悲鳴を上げてパニックを起こしている。
「な、なんですと!? この清く正しいモーター教徒であるアヴァールが、何をしたとおっしゃるのですか!」
「私にごちゃごちゃ言いがかりをつけた時点で、あなたは背教者です。どうせメルキュール伯爵夫人を怒らせることを言ったんでしょう」
「なっ……!?」
前半はめちゃくちゃだが、後半の教皇の言葉は的確だった。
モーター教にもまともな感覚を持つ人がいるのかもしれない。
「そもそも、彼女は不純な目的で動いたりしません。正義感の強い方ですから。それに魔法を使ったとしても、一般人相手には加減なさるはずです。実際あなたにかけられていたのは、悪臭を発生させる魔法だけだったじゃないですか。大げさなんですよ」
話を聞くに、ドリアン臭を発生させる魔法を解いたのは、教皇みたいだ。
現代に、そのような資質を持った魔法使いがいたのは意外だった。
「あと、セルヴォー大聖堂から、改ざんされた帳簿と不正人事の証拠が見つかりました。お前は今日をもってクビにします」
「ふ、ふざけるな、この若造が! 私を嘗めるとどうなるか……わぁぁぁぁぁぁーーっ!」
叫んだ司教の体が、突如空中に浮き、まっすぐ天井に突っ込んでいった。
「ふう、つまらぬものを飛ばしてしまいましたね。国王、あなたも空を飛んでみます? 気持ちいいかもしれませんよ?」
問われた国王はガタガタと震えながら、ものすごい勢いで首を横に振った。
「そうですか。では、後任の王について後ほどお話ししましょうね」
教皇の意外な行動と、彼の魔法を目の当たりにした招待客たちは、凍り付いたようにその光景を見ている。
だが、まったく彼らを気にしていない教皇は、そのまま私に話しかけてきた。
「さて、メルキュール伯爵夫人。このたびはセルヴォー大聖堂の司教がご迷惑をおかけしました。こいつは私が直々にお仕置きしておくのでご安心を」
「そ、そう……?」
「はい。あなたを害そうとするなんて、それだけで大罪ですからねえ」
近づいてきた教皇は私の前まで来ると、そっと帽子を取る。
現れた顔を見て、私は息を呑んだ。
白と黒に分かれた特徴的な髪と、銀に近い不思議な色の瞳、優しげな表情が酷く懐かしい。
「あなた……」
「会いたかったです、先生。この五百年間、あなたに会うためだけに生きてきました」
それは紛れもなく、かつて共に暮らしていた、私の大事な三番弟子の姿だった。
私はしばし言葉を失いその場に立ち尽くす。
「やっぱりあなたなのね、ランス……生きていたの?」
五百年もの間。
転生魔法で現代に来たのはエペとグラシアルだけで、ランスは五百年前の時代で一生を過ごしたのだと思っていた。
「あの頃の私は、先輩たちみたいに器用な魔法使いじゃなかったから、一緒に転生できなかった。でも、先生に会いたい気持ちは同じくらいあったんですよ。だから、寿命を延ばす方法を使ったんです」
「寿命……」
できないことはないが、当時のランスには難しい、高度な技術が必要な魔法だ。
(そういえばこの子、前世より成長している気がする。私の覚えている彼の姿は、もっと幼かったもの。駄目ね、わからないことが多すぎる)
言葉通りなら、気の遠くなるような年月を生きてきた三番弟子。
ランスは疲れたような、どこか達観したような表情で、優しく私を見つめている。
「先生は何も心配しなくて大丈夫ですよ。私が全力でお守りしますから」
「えっ……?」
再会の衝撃から抜け出せずにいると、傍にいたシャールが話しかけてきた。
「ラム、まさかとは思うが、こいつも……」
「えっと、実は私の三番弟子なの」
「やはりか」
ランスはシャールに視線を移して微笑んだ。
「初めまして、あなたはメルキュール伯爵ですよね。先生の旦那さん」
「だったらなんだ。そもそもなんで、アウローラの元弟子がモーター教の教皇なんぞをやっている?」
シャールは教皇が相手でもいつも通りだった。
「それには深いわけがありまして。せっかく会えたのです、これからよろしくお願いしますね。ここの困った方々は私がいいようにしておきます。頭の中で永遠に子守歌が流れる魔法でもかけておきましょうか」
言うと、ランスは会場中に魔法をかけた。
メルキュール家と枢機卿を除いた全員から、困惑の悲鳴が上がる。
「永遠は可哀想だわ。せめて百日にしてあげて」
「先生がそうおっしゃるなら」
魔法をかけ直したランスは、改めて私を見て言った。
「静かな場所で先生とお話がしたいです」
「ええ、私もあなたに聞きたいことがたくさんあるわ」
歓迎会の会場は阿鼻叫喚の状態なので、話の場としては相応しくない。
話していると、枢機卿らしき人が割り込んできた。
「こ、困ります、教皇様。何がなんだかわかりませんが、これ以上の勝手な行動は……」
「大丈夫です。あなたさえ黙っていれば解決する問題なのですから」
ランスは有無を言わせぬ笑顔を浮かべ、枢機卿を脅した。