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128/152

128:500年前のダンス

「いいから話せ」

「え、あ、その……」


 動けないままでいると、不意にシャールの顔が近づく。

 そうして、額に彼の唇が静かに触れた。

 シャールの体はゆっくり離れていったが、私は同じ姿勢でじっと彼を見続ける。

 馬車の中が若干暗いので、細かな様子まではわからないが、シャールもまた、自分が今取った行動の意味を計りかね、僅かに戸惑っている風に見えた。


「なんで、あなたがそんな顔をするのよ。私のほうが大混乱なのに」


 思わず漏れた言葉に、彼は少し悩んでから答えた。


「お前の顔を間近で見たら、なぜか口づけたくなって体が勝手に動いた」

「へぁっ!?」


 口づけたいって、どういう意味?

 心臓の鼓動がまた速くなっていくのがわかって、私はごくりとつばを飲み込んだ。

 馬車の中に沈黙が落ちる。


(落ち着くのよ、私ばかりがシャールを意識するなんておかしいわ。シャールに深い考えなんてないんだから気に留めなくて大丈夫)


 そうしている内にも馬車は城へ向かって進み続け、予定時刻よりも早く到着した。

 転移魔法でギリギリに行けばいい話だが、魔法に慣れない人々の前に突然私たちが現れたら、城内で大パニックが起こってしまう。

 周囲に配慮し、今日は馬車に乗ることにした。


 シャールの手を借りて馬車から降りた私は、ぼんやり照らされた城を見る。

 まだ歓迎会は始まっていないし、人もまばらだが、建物から楽団の音楽が聞こえてきた。

 リハーサルだろうか。ゆったりとしたリズムの、ダンス曲だ。


(ちょっと踊ってみたいかも)


 私たちは他の貴族との接触を避けるため、開かれた王城の庭の隅でしばし開宴を待つことにした。


「せっかくだ、お前の古典ダンスをここで披露してみるか?」


 まるで私の心を読んだようにシャールが告げる。凄いタイミングだ。

 古典だと言われるのは、ちょっと複雑だけれど。


「幸い、こんな庭の外れには誰も来ない。自由に踊れるぞ」


 同時に別の馬車で到着した双子は城内を散策中だ。

 あの二人なら、何かあっても自分たちでなんとかできるので、好きに動いてもらっている。


「あのね、古典ダンスにも相手が必要なの。現代っ子のあなたには難しいでしょ?」


 言うと、シャールは無言で私の前に立ち、挑戦的な笑みを浮かべた。


「適当に合わせてやる」

「……そ、そう。私のスピードについてこられるかしら?」

「お前の体に不調が出るくらい激しいのはナシだ。だいたい、今の曲でどうやって早く踊るんだ?」

「今日は体調が絶好調なのよ」

「お前の絶好調は当てにならない」


 シャールに図星を指摘された私は、無言で彼に手を差し出す。

 合わせると言ったからには付き合ってもらうつもりだ。


「いくわよ、シャール」


 人工的な光が落ちる庭園の影で私とシャールは音楽に合わせて足を動かし始める。

 シャールは器用に私の動きを見ながらステップを踏み始めた。


(器用……なるほど、シャールは運動神経がいいものね)


 私は少しだけ、ダンスの難易度を上げる。

 現在ではともかく、過去の私はそれなりにダンスができたのだ。

 王宮に招かれたときは、弟子に付き合ってもらい、ダンスにも参加した。

 ダンスの相手を務めたいと弟子たちが喧嘩を始めるため、毎回全員と踊る必要があったが……。


 難易度を上げても、シャールは軽くついてきている。

 楽団の曲が変わり、速めのリズムになった。

 私もステップの速度を上げて、複雑な動きを加える。


「ラム、あまり激しい動きは」

「ふふふ、まだまだ余裕よ。シャールこそ、ついてくるのが難しくなってきたんじゃな……っ!?」


 不意に踵に固いものが当たり、体が前に崩れる。細いヒールで小石を踏んでしまったようだ。


「わわっ、きゃあっ!」

「ラム!?」


 シャールに支えられて転倒を免れたが、思い切りむぎゅっと彼の胸に抱きついてしまっていた。


「ごめんなさい」

「……ああ」


 口数の少ないシャールだけれど、彼の心臓は私と同じように早鐘を打っている。


「シャール、ドキドキしてる」


 考えていた内容が口をついて出た私を見下ろし、シャールは最初キョトンとした表情を浮かべた。やがて「そうだな」と満足そうな顔になり、そのまま腕に力を込める。

 そんなことをされては、抜け出せない。


「あの、もう大丈夫だから放してくれる?」


 遠慮がちに頼むと、彼の腕がゆっくり背から離れた。


「そろそろ、歓迎会が始まりそうだ。ラム、移動するぞ」

「ええ、転移ができないのは面倒ねえ。このハイヒール、疲れるのよ」

「そうか」


 シャールは、なんてことないような顔で突然私を抱き上げる。


「なら会場までは、これで向かおう」

「まだ歩けるから、ここまでしなくても大丈夫よ!? ほら、入口はあの向こうに見えているし」

「暗いしまた転ぶと危ない」


 先ほど転んだのは事実なので、私は押し黙った。

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― 新着の感想 ―
[良い点] シャールとラムちゃん更に仲良し度がアップ⤴️している(*´꒳`*) 微笑ましいー!このまま仲良く行ってお互い更に好きになっていそう、 さて、そんな様子を三番弟子が見たらきっと大事になりそう…
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