表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

117/152

117:伯爵夫人とドリアン

「言いたいことがそれだけなら失礼する」


 きびすを返そうとしたシャールを国王が引き留める。


「ま、待て。時間に余裕ができたなら、もう少し仕事量を増やしてもいいだろう。現在、魔法使いを必要とする業務は増加の一途を辿っておる。国外からも魔法使いを派遣してほしいという要請が来ているのだ」


 片眉を上げ、シャールが国王の様子を窺う。


「余裕ができたわけではない。効率化を図って、仕事に費やす異常な時間を正常に戻しただけだ。代々、メルキュール家の当主や魔法使いたちが短命なのは知っているだろう。我々は日々命を削って、常識ではありえない量の業務を負担してきた」


 謁見室にピリピリと張り詰めた空気が流れる。

 小さく息を吸った私は、黙ってことの成り行きを見守った。


 このまま国王が退いてくれればよし。

 シャールに命を削れと言ってくるなら、相応の報復をした上で安全な労働環境を勝ち取ってみせる。

 それが難しいなら、テット王国から出て行けばいい。

 魔法使いがいなくなって困るのは国王たちだ。


「仕事量が減ったわけではないだろう? むしろ質は向上しているはず」

「しかし、少しくらいなら構わんではないか」

「断る」


 にべもなくシャールが返事すると、国王の眉間に皺が寄った。

 すると、奥から新たな人物が現れる。

 いかにも聖職者らしい服装から察するに、モーター教の関係者のようだ。妙に身につける装飾品が多くてキンキラしている。


「そなた、王命に逆らうというのか」

「死ねというのが王命なら、つっぱねさせてもらうが?」

「不敬な! そなたは貴族であろう?」


 つまり、この聖職者はシャールに命を削って働けと言っている。

 ぎゅっと両手を握った私は、顔を上げて聖職者を睨み付けた。


「シャール。もしテット王国の貴族でいられなくなったら、皆で他国に移住しましょう」

「……ラム?」

「こんな風に言われてまで、彼らのためにしてやることなんてないわ」


 伯爵夫人が口を出したのが気に入らなかったのか、聖職者が今度は私に噛みついてくる。


「何もわからない平民出身の奥方は黙っていてもらおうか。今、私はメルキュール伯爵と大事な話をしておる最中なのだ」

「そんなあなたは、私たちの何を知っているというのかしら? シャールたちは本当に限界ギリギリまで身を削って、魔法使いとして働き続けてきたのよ? あなたたちの無理な押しつけに不平の一つも言わずにね」


 事実を告げたが、聖職者は私の言葉を軽く流す。


「当たり前だ。こっちは魔力持ち共に仕事を施してやっておるのだぞ! そうでなければお前らなど、この国で生きていけないだろう。わかったら、ありがたく働け! 多少の依頼の増減で文句をたれるな!」

「そういうのは、施しとは言わないわ。搾取って言うのよ? 立場を笠に着て、弱い者いじめをしているだけじゃない」


 魔力持ちになら、どんな無茶な命令を下しても許されると、彼は本気で思っているのだ。

 そうするしか、魔力持ちがここで生きていく術がないから。


 残酷な依頼だって平気でするし、魔法使いたちを使い捨てるのもいとわない。

 それに合わせて、メルキュール家の方針は厳しくなり、学舎で戦闘が得意でない子は訓練によって振り落とされ、生き残った子も過酷な業務ですり減っていく。


「なるほどね……全ての原因は、モーター教なのよね。あなた自身がどこまで関与しているかはわからないけど、少なくともメルキュール家を苦しめているわ。シャールやメルキュール家の皆を傷つけることは私が許さない」


 聞けば聞くほど腹の立つ話だ。

 シャールたちは替えの効く便利な道具ではない。

 けれど、この目の前の聖職者は彼らを簡単に消費しようとする。

 聖職者は私を睨みながら尚も言葉を続けた。


「はあ? 何を言っているのかわからんが、不敬な女だな。平民とさほど変わらぬ出身の伯爵夫人ごときに何ができる。お前なんぞ、モーター教の権威をもって今すぐ処分してやる」

「やれるもんならやってみなさいよ。この場で返り討ちにしてあげるわ」


 いつになく好戦的な私の態度に、シャールがぎょっとした様子を見せる。


「ラム、煽りすぎだ」

「私は怒ってるの」


 こういう事態を当たり前のように受け止めている、明らかにおかしな状況に慣れたシャールの姿が悔しい。


「食らいなさい、改良版悪臭魔法、シャイニングドリアン!」

「ドリアン!?」


 戸惑いの表情を浮かべたシャールが、すかさず私の方を向いて声を上げる。


「そうよ。前回の悪臭魔法は不評だったから、私なりに考えてみたの。臭いは強いけど、ドリアンの香りなら大丈夫」

「何を根拠に……? ドリアンはかなり臭うが……」

「おいしいから大丈夫!」

「俺は苦手だ……」

「あらそう? でももう魔法をかけちゃったわ」

「…………」


 魔法で体を光り輝かせる国王と聖職者。

 今日から彼らはドリアンの香りに包まれて暮らすことになる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ