壁を走る鼠の足音
今、安全神話に守られたこの国で、毎日毎日欠伸をしながら生きて居る。
一日一日が常に続く広い国道のように、その脇をだらだら歩いている。
一体いつから自分の未来が安全だと思ってたんだ、このまま続くと。
安全そうな道を歩いていた筈が、気がつけば薄氷の上や泥沼だったりする。
たとえ石橋を叩いていても、その橋の先には確かな大地が広がっているとは限らない。
そう、人生を踏み外すのは簡単で、確かな道にも落とし穴はある。
そしてその先には、今の自分が想像もしない暗く深い闇が広がっているかも知れない。
つまらない毎日・いつもの日々、当たり前の時間が失われるのはどんな瞬間だろう。
隕石の落下・飛行機の墜落・それともかの国から発生した世界を覆う致死の病か?
実際そんな事象は簡単には起らない、。
仮にそうなったとしても、現代人は他人事で済ましてしまうだろう。
身近な人間が事故・病気・事件・老衰で、家族や親戚が一人・また一人と死を迎え、
自分が葬儀に出たりするとようやく生を実感し、生きている時間の流れを感じながらも、死を考えだす。
家族が死亡し・墓に入り・念仏を上げる、そんな時間が幾らか過ぎて、ようやく落ち着き始めた頃には感じていた生の実感は薄れ、つまらない毎日をいつの間にか送りはじめ、退屈を感じ始める人が殆どであろう。そう・・・・今これを残している僕を除いては。
少し以前の学生時分、と言っても底辺理系の馬鹿学生だったが。友人同士の賭けで数万の借金を負い、仕方無く労働に従事する事になった。
(今でも思うが、友人相手に何万も取立てるヤツは本当にダチなのか?)疑問だが。
コンビニや交通量の調査など安い、ダルイ仕事はしたく無い。
かといって、深夜の荷物整理や清掃なんてシンドイ仕事もしたくない。
だいたい時給に換算しても安過ぎる、理系大学生なら家庭教師などがあるだろうとか思うだろ?
無いんだよなぁ。偏差値の低い馬鹿大学の学生にそんな募集があると思うか?
教わるヤツだって、もっと偏差値の高い大学生に教わりたいだろ?
「は~~ぁ、ねぇなぁ。大学の掲示板に[楽で時給が良くて短時間]な仕事はなあ~~」
オレの魂の呟きは思ったより大きく声に出ていたらしい。離れて立っていた薬学部の・・・確か講師か准教授だったと思う、若い白衣の男と目が合った。
「すいません、失礼します」オレはなんとも気まずい空気と視線から逃れるように彼に頭を下げ
背中を向け、用の無い掲示板から離れて退散・退散。しゃーねぇなぁ、家でバイトでも探すかね。
「そこの・・キミ、仕事を探しているのかい?」
男が害獣駆除薬を研究している准教授である事は後で知った、大学で顔を見られた年上の講師か教授の声に無視して逃げ出せるほど、大学は自由な学舎では無い。
仮に断る前提でも話を聞く姿勢を示さない場合、どんな経緯でかは不明だが単位を落とすハメになる事だって有り得るのが学生って立場だ。
「はぁ・・まぁ」どうせ面倒な力仕事か汚れ仕事だ。やる気無い空気を全面に出して曖昧に答えて置く事にした。簡単言えば逃げたのだ。
「・・返事に気力も無いね疲れているのかい?キミ。
・・所でだ、確認するけど仕事を探しているんだろ?」
准教授も一応空気は読んで、その上で確認するように言った。
だがオレが探しているのは[楽で時給が良くて短時間で稼げる仕事]だ、どれかを犠牲にするつもりは今は無い。
「簡単で給料が良ければ・・って感じなんですけど・・」
「・・簡単・・ではあるし、給料も・・一般の時給よりは高いよ?ただ・・・」
准教授の提示した仕事は確かに給料は良い、一回の仕事で数万、それも数時間の作業でだ。たった3回現場働きだけで十万の報酬、しかも取っ払い[手渡し]でだ。
時給にすれば1万程、拘束時間は有るが頼めば現地解散・直帰できる。
但し汚れ仕事だ、当然即決したよ。
その日の夕暮れ、車に乗せられ30分~1時間。庭なのか畑なのか、古い農家はすでに持ち主は死去、跡継ぎは東の都でリーマンをやっているとか。
何年も手付かずになった家屋に蔵は蜘蛛や鼠、イタチや蛇が巣を作る。だから定期的に薬剤を撒き駆除しておく必要があるとか。
更地にして売っ払うと、空き家の処理費用や農家特有の税金やなんやかやで困るからと、一応は残してあるらしい。
(リーマン辞めてから老後の生活にでも使うのかもな。退職後の自給自足生活とか、優雅なもんだ)老後を考える程度には余裕が有るってのは羨ましい限りだ。
オレら底辺学生の就職はどうなることやら、と。
そんな駆除業者と准教授が繋がっているのは、薬剤の効果を実地で調べるためらしい。
運転手のオッチャンは教授が検証用といって持って来る[安い]薬を使う事で薬品代金分の利益が上る、さらに検証実験費用として大学から僅かながらに金も出る。
その上に、「お客からも正規の仕事としてお金を頂くからなぁ、ほくほくだぜ」と。
まあやる事[駆除]をやっていれば誰も損しない形なのだから、それは問題無いと思う。「お前ぇさんはアレだろ?オレらの仕事の後で写真とか撮るんだろ?いい所撮ってくれよ」「いいところって・・」
しっかり駆除された現場写真を撮るって事は、虫とかの死体を撮る事だ。
どんな害虫が、どんな状態で、どんな所で死んでいるか撮影、それがオレの仕事だ。
「まぁ教授様の事だ、しっかり薬が効いてたら大丈夫だろ。それより学生さん、
ちゃんとマスクしてくれよ?蛇とか簡単に死ぬ薬だからな、学生さんが倒れられたらオレらも困るんだ」
渡された黒い防毒マスクは、丸いフィルター付きの物。映画とかで見た事があるような禍々しいヤツ。それと後渡された物は分厚い3㎜のゴム手袋と、防護服。
科学事故でも想定しているような完全防備品でとにかく重い。
「今の若い学生は知らんかも知れんけどな、白蟻退治とか防虫業者とか。昔はヒ素なんて使ってた頃もあるんだぜ、あんなモン一息すえば5年は寿命が縮まる猛毒だろ。
そのクソ重いヤツだって、学生さんの事を思っての装備だ。発がん生なんとかが有るかも知れんって言ってたからな。慎重に慎重を重ねた安全対策ってヤツだ」
(・・気楽に考えてOKしたけど、高い支払いにはそれなりの理由があるよなぁ
やぱっり、危険手当込みって事だったんだなぁ)
美味い話には裏がある、なんでも焦って食いつくと酷い目に遭うって事だ。
3人が屋敷の見取り図を広げ、一人は照明の設置を始めた。自家発電の振動と音が響き、薄暗くなり始めた屋敷に煌々と照明の光りが広がった。
「鳩とか烏とか後は、イタチとかも夜は巣に戻るからな」
「田原さんはそこを一猛打自陣にするって言ってけどさ、本音はクッソ暑いからだぜ。この防護服着て1時間もウロウロしてたら重くて死んじまうよ」
マスクをつけた男からくぐもった声で話賭けられる、多分一番若い吉田さんだと思うが見た目だけではもう見分けが付かない状態ですよ。
「ホラ、学生さん。作業開始の写真を撮るから玄関まで行くぞ、そっちの黒板持ってくれ」
田原と思う男の指示で黒板を掴む、〇〇家・〇年〇月・・・薬剤散布作業・・責任者、
そんな事が書かれた黒板だ。
「防護服をきっちり着てから作業を開始するのが作業手順だからな、撮影も作業服を着てする事になってる・・でも暑いからな、学生さんは今は着なくていいぞ」としてオレは田原さんの持つ黒板と屋敷が写る姿を撮影した。
「車から出るなよ?マスク以外の防護服は一応着とけ。お前さんの仕事はオレらの後だから車のクーラーにでも当たって服に慣れとればいい」
一番年上の・・西田さん・・か?が強くバンの扉を閉め、扉の隙間にテープを張る。
運転手側と後のドアはテープを張ってないから出られる状態、一応は隙間止めをしたと言い訳するための作業なのだろう。
発電機を見る者、実際作業をする者3人が分かれ、タンクを背負って歩いて行った。
上から下へ、奥へ奥へ。屋根裏から床下まで、隅々に霧が掛かる。猛毒かも知れない薬物を塗し徐々に窓や扉を閉め切って三人が帰って来た。
大体40分くらいか?その後に屋敷をぐるりと回り、外からも溶剤を吹き掛けて隙間無く白い霧で包んで行った。
屋敷の外、庭から離れた塀に3人が背保たれしゆっくりと腰を下ろしている。
照明に浮かび上がる屋敷の影は、薬霧で苦しんでいるように風に揺れ。発電機の振動が脈拍ちを早める心音のように響いて聞こえる。
ザワザワと風に音を立てる藪の草、今にも何かが這い出てきそうな黒い屋敷と蔵。
疲れ切った3人は仕事に成れているように足を投げ出し、脱力して休んでいる。
オレは空気に包まれた嫌な感じがして、肌に張り付く空気がどうしても拭えない。
男がなにかの用紙にチェックをすませ、5分か10分が過ぎたころ。発電機のスイッチは切られて屋敷の外に出て行った。
それから大体1時間か、帰ってきた男が防毒マスクを何度か指さし、バンの戸を叩く。
(マスクを着けろって合図だよな・・丁度時間通りか)マスクを着け後頭部のチャックを閉めると男に後頭部を見せる。
男のOK指で作った合図に頷き、外からバンのテープが外された。
うわぁ、(暑いし息苦しいし重いし最悪だ、これでちゃんと金貰えなかったらマジ最悪)
クソ重いゴム靴をなんとか持ち上げ、ヨロヨロと降車して歩く。
「大丈夫か?」そんな声がマスク越しに聞こえる。
でもおれは頭が少し朦朧としてよく聞こえ無かった。
照明が再開され、オレの背後では懐中電灯の大きなヤツを持ち、額にライトを着けた男が付いて来て屋敷の中まで照らしてくれている。
黒く伸びる自分の影が動き、1歩進む毎に霧の中に影が浮かぶ。動く者のいない屋敷は沈黙を守りギシギシと床だけが音を立てた。
畳みを退けた床の穴・箪笥の後・机の下、色々な場所に小さな虫が転がり、時々ムカデや、脚の多い虫が反り帰って死んでいる。
小さな蜂の巣や落ちた蜘蛛の死体。幾つかの死体写真を撮り、トイレから台所に進む。
人が使わなくなった台所は外からの明かりで照らされ、誰かが照明の隣に立っているのが見えた。不意にオレの姿に気が付いた影が手を振る。
オレが頭をペコリと下げると動いていた影が手を下ろす。?
作業に戻る瞬間、床に目を落とした瞬間なにかが動いた気がした。目の端、一瞬の動きで形は解らなかったがナニカが動いた・・のか?わからない、錯覚かも知れない。
駆除と言う名の、死の霧が包む無人の屋敷。生きた生物が走るハズが無い、もう一度床を確認しても、煙る霧の落ちた床には足跡は見えなかった。
オレは気のせいだと思い、別の場所に撮影場所を移した。
「疲っかれた顔してんなぁ大丈夫か?」
吉田さんは煙草を吸いながら開いた窓に息を吐く、車内では4人の男が初心者のオレを気遣ってくれているのか缶コーヒー片手に雑談を始めている。
「あんな重い物着けてよく動けますよね」
総重量でも7キロ、分厚い防護服と息苦しいマスク。汗の籠る服の中では少しぬるめのサウナ状態だ。
それを着たままでタンクと噴霧剤を背負い、1時間中男達は動いていたのだ。
「慣れんよ、慣れ。そりゃ毎日ヤレってなら体もへたれろうよ、でん週2回程度で月・・8回か?明日は特別休日で大体週3休、これで手取りが30と特別手当が毎年二回付く。
1年もすりゃ足腰に血も巡ってくりゃぁな、そうすりゃ楽なもんだ」
足腰に筋肉が付くって事らしい、労働ってのは体を仕事に慣らし適応していくことで楽になるのかもしれない。
「お~オレもそうだったぜ。一現場でフラフラになって、明日には辞めてやるってな」
「それで吉田君は手に持った札とビール片手にパチ行って、次の日には戻ってくるんだよな」 だってこんなわりのいい仕事ねぇですもん、そんな感じで次ぎの現場が見えて来た。
二件目の現場を終えて渡された封筒には7万と少し、たった半日で手にしたと思えば破格と言える。
最後に「ちゃんと写真を送っといてくれよ」そう田原さんに言われ「データはもうアドレスに送付しましたので大丈夫です」と返事した。
近くの駅まで送ってもらった後、オレは久し振りに銭湯ってやつに入った。
それだけ身に付いた汗の臭いと、頭の濡れた不快感を直ぐに落としたかったんだ。
シャワーを浴びて汗を流す、体を石鹸で擦り泡立てて流す、それだけで十分綺麗になった気がした。ゆっくりとお湯に入ると全身の疲れが溶けるように力が抜けていった。
(気持ちいい)今はそれだけだった。金は手に入った、借金を返しても数万残る。
後で風呂上がりに居酒屋で一杯飲んで、美味い物を食べてもまだ余るだろう。
汗の流れる顔を洗い、手足を伸ばし風呂の湯気を吸い込む。労働した後の充実感ってのはこういった感じなのだろうか。
(クッソ安い時給の仕事なら絶対こんな感じはしないだろなぁ、やっぱ)
正しい報酬があってこその、労働の充実感だ。毎日安い給料でせこせこ働いて、立派な社会人などと言い放つ馬鹿共には自分が消費されているだけの使い捨て、歯車だって事が解らないんだ。
風呂上がりの湯気の放つ体を拭いて、喉の渇きを林檎水で潤す。久し振りに呑んだが異常に美味い。
田原さんが最後にくれた解熱剤とビタミン剤、「一応なんかあったら」と渡されたヤツだが、取り敢えずのんでおく事にした。
見た事のあるメーカ品の薬を、小パックに分けてくれた物だから死ぬ事は無いだろう。
(あとで熱出すのも嫌だしな)取り敢えずだ。
ランドリーから服を取り出し、使い過ぎないように安居酒屋に足をむけた。
財布の中を再確認!ウムウム、まだ7万はきっちり残っている。呑んで喰って家帰って寝るか!
(金ってのは卑怯だよなぁ、少し使っただけで無くっちまうんだよな)
金を返して少し酒のんで、パチンコ打ったら残りは数千円。入る金が無いから簡単に財布が薄くなる。少しでも貯金すればって考えもあるけど・・一万程度が通帳にあっても直ぐに下ろすだけで意味が無い。
(ああ・・こんな事なら教授の授業くらい聞いておけばよかった)顔は覚えているが、なんの授業を担当しているかすら知らないのだ。
メールアドレスは一応残っているが、用事も無いのに要件を送るのは迷惑だろ?
鬱陶しいと思われてブロックされたらな・・困る。最悪は呼び出されて怒られるかも・・
金が欲しい金が欲しい金が欲しい金が欲しい・・・・
「ああ、キミキミ、こんな時間でこんな何をしているんだい?授業も無いなら友人と楽しく会話する事をお勧めするよ?・・ってキミか。この間は助かったよ、中々良い映像と写真だったよありがとう」
「教授!」さがしていた相手が急に現れ、思わず声が上がってしまった。前に会ったままの白衣と痩せた顔、准教授だ。
「ははは・・教授ってのはいいすぎだよ、教授を目指して無いといえば嘘になるけど。
その顔じゃ・・・またお金に困っているのかい?確かにお金は重要だからね」
乾いた笑い声と、どこか力の無い話方でオレの顔を見て微笑む。
そうなんだけど・・・こっちから『仕事を下さい』って言うのは言い辛いだろ?
「急になるけど、今日なら前と同じ条件で現場があるよ?」
「そんな簡単に、あの仕事に空きが出るもんですか?結構好条件の仕事なのに」
思わず喰い気味に聞き返してしまったが、貧乏学生は無論親が金持ちでもないかぎり、普通のヤツなら飛びつく報酬だ、(薬の危険はあるが)
そう、ぽっぽと人員の空きが出るハズが無い。
「ははは・・そこはほら、まず条件として口の堅い人間じゃないと困るんだよ。実際キミから他の誰か伝わったって話は聞かないし。そして職人さん達と仲良くしてくれる学生じゃないと困る、聞けば『かなり真面目で話も出来る』って業者の人達は誉めていたよ。
そして最後に科学系の学生で、僕の方でも状況を把握出来る必要がある。熱とか嘔吐で倒れられて一人で入院されても見舞いも出来ないんじゃ困るだろ?」
納得いく答えだろう。実験が外部は勿論の事、失敗していた場合に学校に知られるのも良くない、研究が停止されと困るからだ。働く人間関係だって重要だ、まして新薬の散布でオレが倒れて重症化したら大事になる。ソレを防ぐためにも、労働者の安否は把握出来る方がいいことは解る。
一応は信用されたって事だろう。(と言う事は、今日偶然オレに声を掛けたのでは無く仕事の誘いだったって事か?)可能生は高い。
「今日ですよね、ヨロシクお願いします!」今回は借金返済分は無い。全部手元に残るしそれこそ4万くらい貯金に回せる、余裕が出来るって話だ。
・・・・・・・・
財布に厚みが出来て貯金が10万を超えた頃には、おれは助教授のことを先生と呼んでいた。[白數沢 由一]それが助教授の名前だ。
オレは白數沢先生に呼ばれ、彼のゼミにも顔を出す様になっていた。
「う~~ん、中々難しいね、芳しく無い。原田君が頑張ってくれて助かってはいるんだけど、今一薬の成果がねぇ・・」白數沢先生がオレの撮った写真と薬剤の量、種類を確認して日付・時間・散布してから期間をおいた後の空き家の写真を見比べて腕を組んでいた。
!「そう言えば、原田君には言ったかな?僕の目標、というかこのゼミと研究目標の事」
オレは首を横に振って、撮った写真に目を落とす。害虫駆除なら成果は出ているハズだけど違うのか?。
「フム、言って無かったか。この研究の最終目標は[一種類の薬剤であらゆる害虫害獣を駆除し、最低でも一年間効果を持続する薬の研究]なんだよ。そして薬剤の量を徐々に減らし、最終的にはバル〇ンのような形と大きさにする事、キミだって見た事は無いかい?蟻・蜘蛛・ムカデ・ゴキブリ・蚊・蠅・鼠・ダニ・蚤・様々な種類の防虫防獣薬があっても、全てに効果のある薬が無い。当然生物に対して効果がある量も違うだろうけど」
そう言われたら確かに、ドラッグストアの入り口には蚊や蠅・虫殺しのスプレーや薬が並べられ、種類もメーカも多い。
統一されたスプレーが1本で済むなら客は迷わなくていい事になる。
「確かに最初の一回は高いと思うよ。でも一年間、蠅・蚊・ゴキブリ・ダニ・蚤に悩まされ無い生活を送れるなら、安い物じゃないか?でも今のままじゃ駄目なんだ」
オレが写真を撮った空き家では、完全に虫も生物も死滅していると思う。確かに量は多くて業者を雇う金も掛かってはいるが。
「まだまだなんだ、キミだって散布した後の家で動く生物を見たんじゃ無いか?完全に死滅出来ない薬では量も減らす事だって出来ないんだよ」
「じゃあアレは幻覚とかじゃなかったんだ・・」
目の端で微かに見えた気がした動く影、月一回あるか無いかで見える幻覚だと思ってた。
「やっぱりか!だから彼等だけに任せるのは嫌だったんだ。そうだよソレ、キミの見た動く物、それが僕の知りたかった物なんだ!」
ある動物に耐性がある、ある虫には耐性がある。研究はその耐性を超える毒を見つけて加える必要があるが、業者のオッチャン達は仕事を完遂したと報告をするため、耐性動物の報告はしない。ソレを知るためにオレが撮影しているのだと。
「そうか・・今の今まで言って無かったのか・・僕の落ち度だ、でもこれからは報告してくれ。出来ればで良いんだが、薬に耐えた動物や虫の確保もお願いしたい」
・・そりゃ無理だと思う、あの重量の防護服と視界の悪いマスクをして虫取りとか、考えたくも無い。
「耐性動物・虫を捕まえてくれたら私から特別にボーナスを支払うよ。ほ乳類なら鼠でも5万・鳥なら3万、もっと大きい動物なら十万を払おう。運良く捕まえる事が出来たら状態は問わないからね。当然業者の人達にも言っているんだけど、中々解ってくれてい無いようでね、頼むよ」
そう言われて断れるハズが無い。上手くいけばの話でボーナスだ!気合いも入る。
その日からオレの中で、アルバイトの項目に動物の捕獲が付いた。やったボーナスだ!
「なぁ学生さん、その網とか袋とか、やっぱり頼まれちまったか?アレを」
年長の西田さんが煙草を吸いながら嫌な顔をして聞いてきた。そりゃぁ、会社としては薬剤散布の効果に問題があるって証明になるような物だから嫌な事は解るけど。
「まぁそう言いなさんな、学生さんも1度やってみてから判するだろうさ。
学生さん、オレらは一応協力はするよう先生から言われてるし、義務があるから手伝いはするが、捕獲はそっちでやってくれ。どうせそのつもりだろ?」リーダーの田原さんは、前を向いて運転をしながら、バックミラーの目がオレを覗いていた。
「だって10万ですよ?どうして・・」10万は少なく無い報酬だろ?
業者と1個人バイトとは立ち位置が違うからか?
駆除業者の原田さん達は客から害虫を駆除するように依頼を受けている、(薬の種類は問わずだろうけど)その薬剤の効果が少なく薄く、駆除しきれていないと噂が立つと問い合わせの一つもくるだろうし依頼も減る、だからイヤなのはわかる、わかるけど。
「・・あれだ・・オレから言えるのは・・あんまり見んな・気にするな・触るな、って事だ、金にはなるんだろうけど・・イヤイヤオレは苦手なんだよアレ!」
若い吉田さんは両腕を抱え身震いして煙草を噛む、そしてフィルターが潰れた煙草に舌打ちして灰皿で潰した、余程嫌なのか。
(高々鼠程度で大げさだなぁ、でも人間どうしても嫌な物ってあるからなぁ)
オレも、あの脚がいっぱいあるヤツは苦手だから気持ちはわかるよ。
一軒目では生きた生物を見つける事は無く、いつも通り写真を撮ってメールに添付して送った。少しグッタリした足取りで次ぎに付いたのは、池のある一軒家だった。
手入れされていなかった池は緑に染り、池の水を1度抜いてしまってきれいにした。
それでも一年二年と経って雨水が溜まって、池の水は現在に到る。
「ただの水ちゅっても、処理すんにゃぁポンプがいるし。それにゃぁ別口で金が掛かる。オレらだってこんな水じゃあポンプが詰まるかもしれんし、水抜きとは言え作業をタダじゃできねぇんだから放置してんだ」
「今抜いたってその内・・大体来年くらいには貯まってるだろ?だからこの家の家主も金なんかださねぇってさ」西田さんと吉田さんが防護服を着ながら笑う。
解る話だけど、放置していれば虫だって沸くだろう。池の周りを見れば、一応は草刈りしているから気にはしているだろうけど。やはり金が掛かると思うと、人間は途端に面倒になるのだろう。草刈りもしてるし、ここの住人はこうやって防虫・駆除業者に頼んでいるだけマシって事か。
気が付けば防護服を着た男達は作業準備を終え動き出している。
いつも通りに発電機が振動し、丸い照明が煌々と照らす中で作業が始まった。
玄関の写真を撮って後は、薬剤の散布が終わるのを待つだけだ。
(いっちょ格好いい写真でも撮ってやりますか!)そう思ってバンの扉を開けた頃
「ポチャン」池に波紋を作った物が水面に落ちた音が聞こえた。
マスクを着けた後なら聞こえ無かっただろう。発電機の振動音が響く中で、そんな小さい音を聞き分けられたのはオレが神経質になっていたからか。
後で聞けば「小石とかカメムシとかじゃないか?」「ガとかカナブンのヤツが、照明に集まって地面に落ちて来る事はあるな」と言われた。確かに、普通はそう考えるだろう、でも少し気になったが、緑の水が生物の痕跡を包んで影すら見えなかった。
この家は何度か駆除に入った事があるらしく、手慣れた様子で散布を終えて霧から離れた位置で男達が休んでいる。
その間、オレはゴムマスクのレンズを通して池を凝視し観察していた。
全く波紋も無い緑の液体は沈黙を守るように、風にも揺れる事も無く静寂を維持していた。
「学生さん、そろそろいいか?」田原さんがドアをノックして、マスク越しのくぐもった声で車の中を覗いていた。
気が付けば1時間近く経っていたらしく、吉田さんは煙草が切れてイライラしはじめ、オレの姿を睨んでいたのだ。
「す!すいません!」車を降り大声を上げて頭を下げると、軽く手を振って返事が返って来た、思ったより怒って無いようなので助かったのだろうか。
(ボーナスは大事だけど、オッチャン達に嫌われてこの仕事自体が出来なくなるのは本末転倒だ。これ以上待たせないように急いで写真を撮って帰りに珈琲でも・・)
重かった鉄入りの靴は、慣れて行くうちに(少し重いかな)程度に歩けるようになっていた。防護風服も防毒マスクもなれてしまえば、我慢出来ないほど動き辛くない。(重いけど)よっちら、こっちらと足を上げ歩きだす。家の玄関を開ければ、薬霧がまだ漂い、空気が懐中電灯の明かりで白く濁ってオレの影が写っていた。
「ポチャン」また池の方から音が聞こえて振り向くと「なんだ?」田原さんが首を傾げ返事を返して来た。「イエ、では!行きます!」ヨロシクお願いします。(確かになにかいると思うんだけどなぁ、おっかしいなぁ)オレは頭を傾げて首をふる。
「多少ボーとする事はある、そう気にすんな」と、(田原さんには聞こえて無かったのか?確かに聞こえたんだけどな)とは思ったが後が控えている。オレは今度は振り返らず、
ゆっくりと霧の家に入って行った。
フィルターを保たす為と万が一の事を考えて、薬霧の中では基本会話は無い。
背後からのライトの動きで、オレがどこを撮影するべきかを教えてくれるのだ。
入り口から土間・靴箱の辺り・ダイニング・数枚ずつシャッターを切り、その度にフラッシュで光が走る。
次ぎ・次ぎ、と進み1階を全て取り終え、ようやく2階への階段に辿り付く。
懐中電灯の光りは『イケ!イケ!』と階段の上を指す。正直靴がアレだし防護服も重いから階段は苦手だが、止っている場合では無ので覚悟を決める。
意を決して階段を踏むと重みでギィィィと木が軋む、「大丈夫行けるいける、西田のオッチャンなんかタンク背負って上がってんだ、若いヤツが落ちたりしないから」
成れた調子の原田さんが、励ましてオレは階段を上る。
二階の部屋に付き、撮影を始めた。六畳くらいの畳部屋に押し入れとこの部屋の住人がが寝起きしていた感じがする部屋。
床の畳みは剥がれて立て掛けられ、オレ達業者が土足で踏んでも板張りが汚れないようにビニールシートが敷かれている。
窓が閉じて襖も閉じてあったせいで、煙る空気が落ちた感じがしない。
撮影1枚目のフラッシュがパッと光る。ガサッ、そう確かに聞こえた。
(天井裏に何かいる!)本能的にカメラから手を放し、腰から引き抜いた網を握る。
「ああ・・やっぱり出たか。この家屋根と屋根裏がボロで薬剤が直ぐ逃げるんだよ」
だから動物が入り込み安く、薬も効きに難いとか。
「それでも一応は、ボーナスチャンスなんで。オレ行きます!」
小量でも薬を吸った獣なら条件には当てはまる。
薬を撒いた後の押し入れの天板は開いている、撮影用に開けておいてくれたのかそこから首を出すと、全体に薬剤を撒いた証拠に空気が白い。
首の方向を変えると、別の開いた天板の方から外の照明が入って明るくなってる。
(動物は・・良く見えないなぁ、多分この真上で聞こえたと思ったんだけど)
仕方無いので撮影の為に、オレは首から下げたカメラを構えシャッターを押した。
「馬鹿!」一瞬、フラッシュ最中確かにそう聞こえた。
(黒い何か)光る二つの目がある物がマスクに飛び付いた。驚いたオレは、吹っ飛んで押し入れから転がり落ち背中を打って息が止る。
ソレは霧の中を走り回り、ドタドタと足音を立て2階の階段から飛び降りて消えた。
「なんだったんですかアレは!」ハァハァ、息が・それに頭を打ったのか目がチカチカする中でオレは大声を上げた。
「アレなぁ、多分洗い熊かハクビシンだろ。イタチのデカいやつだ、アイツら人間がいないと直ぐに屋根裏とかに住み着きやがるからなぁ」
オレはあの後、一応1階を探すのも見付からず帰りの車に乗った。
「アイツら獣は、チビの時はペットとして可愛がるヤツ等もいるんだけどな。大きくなったら手に負えないくらい凶暴になる」
「かといって保健所に連れて行く勇気も無い、だから野山に放して「ラスカル!達者でな」って不法投棄だぜ、それで野性化して民家に帰って来るんだ」
吉田さん達の言う通りだ、野生動物を不法投棄するヤツは何を考えているんだ。
自然環境を少しでも理解しているなら、外来種を国内で飼おうなんて事を考える訳が無い。
「カメラは失敗だったなぁ、驚いて飛び掛かって来たろ?大丈夫け?」
「・・こっちが驚きましたよ・・ホント勘弁して下さいよ・・」
「だから言ったろ?苦手だって、オレも同じ目にあったんだぜ。最悪だったわ」
暗闇からいきなり襲い掛かる野生動物、アレを経験すれば誰だって嫌になるだろ。
「コッチの不手際ってのもあるからな、そんなに言ってやるなよ。学生さんも偶然の不幸だったって忘れろ忘れろ。嫌な事は風呂入って一杯やって寝て忘れるに限る」
逃げた動物は薬霧に蒔かれ、きっとどこかで死んでいるだろう。
という事でオレだけ駅で解散となった。
「オレらはまだ業務報告とかあるからな、今回の事は気にせんとまた来いよ」
最後に渡された封筒には、七万・・やっぱり美味しい。
「キミキミ!チョットチョット、」白數沢先生に呼ばれて捕まった。ゼミの研究室で座らされ、「これだよこれ!どうしたの、捕まえられ無かった?」先生が興奮して指さすのはブレて写る赤い目をした獣、洗い熊の写真だった。
オレは全ての経緯を説明し、逃げられた事も話した。
「・・・そうか・・それは、残念・・なる程。屋根裏・・耐性・・・・
折角十万用意したんだけど、まあ災難だったって事で持ち越しだね、次ぎは頼むよ」
興奮していた顔は血が足に降りるように力が抜け、元の青白い顔と無気力な表情に戻っていく。
首にはならなかったが今は先生の研究が進まず、写真を送った事で逆に期待させてしまったのか、落胆が解る。
次ぎこそは・次こそはとしている内に半月が過ぎた。オレは相変わらず山奥の一軒家に入り、ようやく成れてきた足取りで撮影をしていた。
?素早くライトから逃げる影を捕え、カメラを離し網を構えて振った。
ガサガサ動くソレはしきりに網を引っ掻き、逃げようと暴れ爪を立てていた。
「うわぁぁ、捕まえたんか・・いやぁぁぁぁ・・」吉田さんは滅茶苦茶嫌そうに声を落とし数歩引き下がって「じゃぁオレ箱持ってくるから、明かりは一つ置いとくからな」そう
逃げて行く背中は本当に嫌そうだった。
捕獲箱を抱えて戻って来た吉田さんは網から顔を背け、ジリジリと捕獲箱の入り口を網に近づける。マニュアル通り網ごと箱を乗せ、ゆっくりと底になった箱の蓋を滑らせるように閉める、最後に網を外し鉄の輪っかだけが残った。
「絶対オレに見せんなよ。鍵も触るな、車の中で逃がしたら冗談じゃなく殴るからな!」
吉田さんは、顔は明後日の方を向いて近づこうともしない。
オレは興味からおれはガサガサ動くその動物を箱の隙間から覗いた、赤い目と足と顔が溶けたような鼠がオレを睨み、箱の入り口に前歯で噛み付いた。
!?Q!??「なんなんですか!これは!」腐ってる、それにこの目。
気持ち悪い。腐った鼠の吐き気を催す敵意と形状、思わず手を放してしまった。
床に落ちた箱は重く、ゴキンッと床をへこませて転がった。
次ぎの瞬間、オレの顔面に痛みが走り敵意を溢れさせた吉田さんが拳を握っていた。
「放すなや!マジで!殺すゾお前ェ!」大声でどなり腰の抜けたオレを睨み、見下ろし怒りで振るえていた。
思考の停止と追い付かない理解、混乱で動けなかった。
「なん・・だ・・って、やっぱりか。吉田、ちょっと車に戻ってろ」
吉田さんの大声で原田さんが入ってきた、「大丈夫か?立てるか?」
手を差し出された事でようやく頭が働きだす。
重い防護服がより重く感じる、足元の箱で不気味にガリガリと音を立てているソレ、
腐った鼠が檻を噛む音が防毒マスクの中で響く。
「・・なんなんです?これ、普通じゃないですよね・・」
オレの抱える箱はステンレスで、動物の歯などで壊れる強度では無い。当然箱の入り口だって丈夫にできているから、落としたくらいで中身の動物が逃げ出す事はない。
「学生さん、オレらの使ってる薬な、認可のされてない物ってのは知ってるか?」
そう原田さんは切り出した。
学校法人で購入した薬品は実験などで使われる為、市価より優遇される事がある。
税金や保管、所持についても教授や学会などの責任有る人間が研究目的で購入するからだ。実際ここの業者も実験目的・検証委託として薬剤を格安で買い入れ、協力費として金も貰っている。
その中できっちり効果があれば、数値を出してから大学での研究に移る。研究室からすれば、この防虫殺虫作業はあくまでも下地。
効果が不明で有りながらも毒質の強い物や、適応しない動物なども時々でるのだと言う。
「効果が弱いってたって、毒は毒だ。足が腐ったり肉が溶けたりする事だってある。それでも死んでくれないモノがいたら駆除業者としては上がったりだ。わかるだろ?」
「先生も言っていました。だから完全毒を作る為に、耐性を持った動物を捕まえて欲しいと」でも半分腐ってもまだ生きているって・・
「お前さんは科学系の学生だろ?だったら実験動物の写真とか見た事は無いか?特に犬とか猫とか猿とかの」
見た事はある、半分爛れ落ちた犬や、ガン細胞を移植され、新薬を投薬され続ける猿の写真とか。生きたまま頭を開かれ、体を開かれ、写真を撮られる。そう言った動物達があるからこそ今の科学薬品や医療があるのだとも知っている。
「有ります、写真とかでは」だから否忌感が吉田さんより少ないのだろうか、何となく今のオレに冷静さがあるのは。
「オレもなぁ、そんで社長も、実はお前さんの先輩なんだよ。だからそのコネで仕事を受けられたって事は黙っててくれよ。一応、学が多少有る無しで職人からの目が変わってくるからよ」妬みとかあるんだよって。
「ははは・・オレはでも・・単位ギリギリの落ちこぼれですけどね」
「オレもそうだった」そう言って笑う原田さんは、軽くオレの背中を叩いて。
「次ぎの現場は捕獲は勘弁してくれ、それで今日は皆で飯でも喰いに行くか!」
「当然驕りですよね、リーダー」はははは、
ガサガサと動き回るソレを忘れるように敢えて明るく振る舞った。
帰りは男共で健康ランドに突撃し、ご馳走になった。最後に「悪かったな」と吉田さんが謝って、「オレもすいませんでした」でお互い握手して別れた。
それからしばらくして、時々呑みに行ったりパチの情報共有とかで連む事が増え、同じ大学のヤツより話す事が増えた。週二回の散布作業以外でも顔を合わせて遊ぶ事もある。
大体はパチと競馬だ。
「今日も外れかよ~~~そっちは幾ら増えた?」
吉田さんが渋そうな顔で煙草に火を付け、薄くなった財布を叩いて尻ポケットにしまう。
片手には缶コーヒー、苛立ちを混ぜた煙草の煙を肺の奥から吐き出してまた煙草を吸う。
煙草が無ければ体の中のストレスが溜まって台を殴っていた、漢は煙草の煙で怒りを沈め、煙と共に色々なモノを吐き出し我慢を覚えるのだ。
「こっちも負けですよ、大体なんですかアレ設定5って嘘でしょ。いやいや3とか2でしょって話、どんなけ回させるんですかアレ」
確変が来てようやくこれから、という所で外れを引いて確変終了。
結局大当たりが2回で最終的にはマイナスの3千、大負けにはならなかっただけで2時間を磨り潰しことになる。
「か~~~コッチは7千の負け・・また明日からも労働に勤しむとするか~~」
オレは・・学校に顔を出すか、単位も取ら無きゃだし。
「あ~~あ、成田のヤツがいればなぁ~~アイツ、パチだけは負け知らずだったからな~」(パチンコで負け知らず?胴元が勝つように出来ているのに)
おれは食いつき気味に話を聞いた。
「そんなヤツいたんですか?パチプロですか?パチプロの知り合いがいるならオレにも教えて下さいよ~~」マジで本気で教えてくれ。
・・・・「いや、おまえ。お前こそ成田の知り合いとかじゃねぇの?お前の前に学校から来たヤツだぞ?」
知らねぇのか?って呆れたように言われても、前任者がいたことすら知らなかった。
何年も前から薬剤散布をしているなら、先生に言われて大学からやってきた写真を撮る係り、つまりオレのようなヤツもいただろう。
(口の軽いヤツはお断りって言ってたから、首になったのは多分ソイツか?)
「オレら学生は、学部が違えば繋がりなんて無いですからね~
オレも最初先生に紹介されただけで、全く知らない状態で連れてこられたんで」
・・でも学内を探せば見付かる可能生は高い。成田だっけか、多分オレの1コか2コ違い同じ歳の可能生もある。(見つけ出せばパチンコ必勝法が聞けるかも!)負け続けのオレにもついに転機がきたのか。絶対探しだしてやる。
「写真とか有ります?」普通、男の写真を残す野郎はまずいないが手がかりは欲しい。
「写真ナァ・・あったかな~、もしあったらそっちに送るわ、ラインで。で3人でパチ行こうぜ」んなら今日はお疲れ~~って事で、残った金でラーメン食って解散した。
その日の夜に送られてきた写真には、笑って写っている吉田さんともう一人、たぶん成田という男が肩を組んで写っていた。
(こんなヤツいたっけなぁ、ゼンゼン記憶に無い・・大学の事務局にでも聞けば解るか?)
学校の手を借りるのは最後の手段、自分で探して見付からなければ行くしか無いが。
(先生が何も言わない所を考えると、成田と交友を持つ事にあまりよい顔はしないだろ)
下手な辞め方をしたか、それとも成田が余計な事を言ったか。どちらにしても人間関係は良くは無い筈だし。
・・・見付からない、大学でパチが強いヤツの噂を聞き回っても、今は学内にいないのか顔を確かめられ無い。写真画面を見せるのが手っ取り早いんだけど、[成田]の[写真]を見せてオレが探している事に気付かれたく無い。あくまで[パチンコの強いヤツ]を探している事にしておく必要性があるからだ。
「パチンコなあ、そんなヤツいたっけ?」オレと同じ馬鹿仲間が首を捻る、博打好きで金に困っているヤツならパチ仲間の情報も確かなハズなのだが。
「・・成田?・・アレか、この前インドとかに行ったとか言う」
もう一人のヤツが同じ学科を取っていたらしく、成田を知っていた。
「インド?」ようやくヒットしたと思ったらインドだと?
「なんか、自分探しとか。確かラインでそんな事を言ってたっけ?」金も無ぇのに。
「じゃぁ学校辞めたのかよ、えーっとコイツだよな?」
成田の写真を見せて確認したら、やはり間違いなかった。
「学校辞めたとかは知らんけど、普通休学とかじゃないか?・・そうかアイツパチで稼げるほどの腕かよ、帰って来たらオレも教わろか」
インド旅行って幾ら掛かるんだ?とかバックパカーだろ?とか、何日間出国しているのかは解らなかったがその内に帰って復学する筈だ。その時に捕まえられる事ができれば、パチンコ必勝法ゲットだぜ!
(・・休学なら、事務局に聞けば解るか?1ヶ月とか2ヶ月とかなら、その内連絡が掴めるな)オレはその日の午後には事務局に顔を出し、白數沢先生の顔が見えない事を確認して事務の男に聞いた。
「薬科の成田くん?・・キミ薬科だったけ?個人情報は開示出来ないって事知らないのか」 やっぱりというか、当然の対応だ。写真を見せても当然弾かれるだろう。
「いやいや、メールとか電話も通じ無くて困ってるんです。貸した教科のノートとか本とか、ヤツが突然辞めたって話しも・・・」
「キミ!その事をどこで!」事務の男は目が急に開き、血相を変えて顔を近づけられた。
「やっぱり、連絡がね・・無いからトンズラかま・・辞めたのかって」
(休学じゃなくて辞めた・・問題事とかで起こして辞めさせられたのか?)
「・・・詳しくは言えない・・大学からは、おおごとにしたくないんだわかるだろ?
一応は長期休学としてこちらは対応させてもらっている。私が話せるのは以上だ」
「失踪?なんで?家族は?」インドに行ったとかわどうなったんだ?
!「大事にしたくないと言ったばかりだろ!キミ・・・もしキミが騒ぎを立てないって約束するなら・・少し待ちなさい」オレの肩を押さえて座らせ、男が立ってどこかに行った。
少し待たされたあと、戻って来た男がファイルを開く。
薬学部成田、確かに写真の男だ。年齢もオレと同学年だが真面目そうな顔をしている。「見せられるのはこれだけだ、メモとか撮影はするな」これは学生が勝手に閲覧した事だと体裁を取って『オレは何も知らない』事にしたいのだろう。
「オレも定年まで働きたいんだ、揉め事とか厄介事は持ち込まれたくないんだ。だから頼よ。キミももう大人だろ?大人・・と言うより社会人の立場も解ってくれよ」
××ハイツ・・号室、ヤツの家は学校の近所だった。
(学校は成田の行動に関与しない、学費が入金されなくなった時点で退学にするつもりだ) 学校は学費を払わない学生を退学させ、いつから通ってないかなんて解るハズが無いと答えるつもりだろう。
『もしかすると、退学勧告した後で失踪した可能生もありますから』と言われたらそれ以上の大学への責任追求は難しくなる。あとは知らぬ存ぜぬで押し通すだろう。
(結局無駄足かよ。ま、一応ヤツの家に行って見て)パチプロになってたら同じ大学のよしみで話しくらいは出来るだろ。
つまらない学校生活を辞めて好きな事で飯を食う事にした、多分そんな所か。羨ましい。
一芸で生きて行けるってのは羨ましい限りだ、インドってのも以外と本当かも知れない。 学生気分を切り替える為に海外旅行、少し早めの卒業旅行って所か。
「んだよ、アイツもかよ。学生ってのはいいよなぁ」
パチンコで程々に勝って、吉田さんと中華屋で飲み始めた頃だった、二人でビール大瓶を1本、次ぎを待つ間に吉田さんが机に突っ伏した。
「アイツもって・・」学生だから金に困らなくなればバイトは辞める、卒業とか論文テストもあるし就活だってあるからずっとバイトを続ける事は無いだろう。
「オレの知ってるだけで四~五人、あ~あ薄情なやつら共だ」
「薄情って、卒業してからも会えるでしょ」就活にミスってブラック企業に就職した人とか、フリーターで凌いでいる人とか・・
(普通のフリーターとか、オレならやってられんけど)
生きる為の仕方無しに、てのは考えられる。
そんな人間からすれば、高収入のバイトに戻りたいって思ってる人間もいるだろう。
(先生からすれば、[卒業生は外部の人間]って区切ってるのか?在校生しかバイトさせないって考えなのかもな)
「連絡なんてねぇよ、ったく。高卒労働者なめてんな!って話だよ、なぁお前は・・・」
「じゃぁですね、吉田さん。ちょっとアレなんで、先輩達の名前とか写真とかあれば繋ぎ付けますから、それならいいでしょ?向こうの都合が付けばまた呑みましょうよ」
(先輩の中で良い所に勤めている人がいれば、インターンの紹介とか就職の選考に混ぜて貰らえるかも。コネとは違うけど、同じバイトをした仲って事で就職に有利になるかも)
そんな甘い下心も含めての人間関係だ、持ちつ持たれつだ。少し期待を込めて吉田さんからの連絡を待っ事にした。
数日後、鈴木・西田・佐藤・後藤・佐々木、何かの書類を写真に撮って送られて来た。深夜に近い時間のメールと添付ファイルが少し気になったが、住所と学部・名前と苗字が解っただけで調べ手間が減ったのは事実。
(つか履歴書?こんなもん写真撮って、あの人なにしてんだよ?)大丈夫か?ホントに。 次ぎの日、学部の使う教室を調べ、何人か知り合いの知り合い程度の顔見知りを探し、
ようやく何人かに声を掛けた。(赤の他人にいきなり声をかけるのはちょっとな)
・・・・・どういう事だ?佐々木・了、鈴木・大一、西田・孝、後藤・・・
全員が退学か休学、中途退学で実家に帰ったり病気で入院してそのまま休学している。様々な理由ではあるが、履歴書の写真を送られて来た全員が学校を辞めていた。
(まさかな)とは思ったが、一応成田の家に行って確認したい事が出来た。
大学に近く、駅と商店街を少し抜けるだけで少し古い感じの通りが続く。狭い道路と汚れたコンクリブロックの塀。電柱に無理矢理付けたような蛍光灯。
普通の3階建のマンション・・少し小汚いが、大学のランクからすればこんな物だ。
大体オレと同じ家賃で四万くらいのワンルーム。
入り口にあるポストには成田の名前は無く、部屋番号のポストには何かのダイレクトメールやチラシが刺さっているだけだった。
受付も無く防犯カメラもないロビー?を抜け、非常階段を上り、住民に会うことも無く覚えた部屋番号の前まで入り込めた。なんの変哲も無い扉、成田の名前すら無い。
「・・・・」ノブを回し扉を引いて見たが、開くハズが無い。
(ドラマじゃないんだから・・まさかな)扉の横、ガスメーターが入っている扉が見える。錆びていた扉は引いて開けると小さな鍵が、隅っこに隠してあるように置いてあった。
普通新しい住民が入ったら鍵くらいは換える、だから違うハズなんだ。
鍵は拾ってポケットに入れたが、今日は帰る。なんか嫌な予感がしたからだ。
週二回だけでも大事な収入源、気になった事はあるが定期的な収入は大事だ。
写真と捕獲、今日も待ち合わせ場所でバンを待ち、今日もバイトに勤しんだ。
もうすぐ冬が来る空気で多少防護服の暑さがマシになってくる、外ではいつも通り薬剤の散布が進んでいた。薬霧の中で木の葉が地面を埋め付くし、丸い照明が高い星を照らす。
バタバタと落ちる蛾が地面の木の葉と混じり、しばらく藻掻いて手足を曲げる。
(もう半年くらいか・・梅雨時から始めたんだよなぁ)
最近は不気味さも慣れて、年上のおっさんとの会話も力が抜けてきたと思う。
煙草を吸う男達に囲まれて、煙草に手を出さないヤツはいないよなぁ。
最近はパチでも飯でも、間々で始終の煙を飲んで頭の靄を払うようになっていた。
マスクを被る前に一服して、赤く燃える先に吐き出す煙がふわ~と広がる。
さてそろそろ出番だ、早く写真撮って帰りますかね。
(なんか・・いそう)屋根の感じと周りの木、歩いているだけでバサバサと足元で潰れる枯葉と虫の死体。
今まで考えた事も無かったけど、家の中で獣が藻掻き苦しんでいるような予感がする。
害獣を駆逐する為に毒を撒いている、なら屋敷内で獣が苦しむのは当然だ。
入るのに躊躇していると「疲れてんのか?サクッと行ってサクッと終わらせようぜ」
マスクでくぐもった声が、自分の付けているマスクでさらに声が遠い。
大丈夫です、カメラを振ってジェスチャーで答え、そのまま扉を開く。
霧はまだ深く濃く、散布者達の足跡が残り床に土が上がって汚れている。
半年の経験で撮影するような場所は大体解る、台所・床下・押し入れ・トイレの中と前。
特に山奥のくみ取り式トイレは蓋を閉めていても、虫とかが上がってきやすい。
だから空き家になる前には丁寧に洗い、空にして閉めて置くのだが、ヤツ等は臭いで釣られるのかそれとも湿気かは不明だが大体の場合、発生してしまう。
「次ぎに入居者が決ったら、不動産屋が洗浄するか埋め立てる」らしい。
そのまま使えば環境基準だかで引っかかる程度の猛毒を散布している、とかなんとか。
知らなくて良いことは聞かない振り・聞いてない振りをするのが正しい判断です。
窓は閉まっているのに、どこからか入った蛾や蜘蛛が落ちた廊下。
明かりは背後の吉田さんの懐中電灯と二人分のヘッドライト。これで蝙蝠とか出れば洞窟探検の仮想体験・・ホラーハウスか?全く楽しく無いが、男同士でアミューズメントの始まりだ。
息苦しいのはマスクのフィルタのせい、視界が悪いのもマスクのアクリルが汗で曇っているからだ。だからと言ってマスクを取れば一呼吸で昏倒する薬品をバラ撒いている。
(将来、下水道とかの点検業務についたらこの経験は生かせるかもなぁ)
・・・やっぱりだ、家の二階で絶対ナニカがいる。薬霧に苦しんで走り回るドタバタ音がし続け止る事が無い。
(吉田さん・・嫌がるだろなぁ・・また殴られるのは・・嫌だなぁ・・)
背後を見ると、マスクで表情が解らないが絶対拒否のオーラがオレには見える。
「原田さんか誰か呼んで来ます?」
その返事は[首を横に振る]だった。(依頼主[先生]からの指示だからな、嫌でもやるしか無いんだろうなぁ)
さっさと済ませて風呂入って酒飲んで寝る、それしか無いだろう。
オレはイヤイヤながらも網に持ち替えて正面に構え、吉田さんの照らすライトに合わせて二階への階段に足を掛けた。
ギシギシと鳴る階段を重い鉄板の入った靴が、ゴトッゴトッと音を立てる。丁度四歩目か五歩目の階段を上がった時だ。
バリッと何かを破る音と壁を蹴るような重い音。ソイツは両の目でライトを反射し、赤い光りと黒い塊となってオレの上を跳んだ。
オレが反射的にしゃがんだのかも知れない、それでも瞬きほどの時間が何秒にも伸び、「ウワァァァァァ!!!!」
黒い塊が倒れた吉田さんのヘッドライトに覆い被さり、叫び声と同時に時間が動きだす。
オレは網でソイツを振り払う、途端に重くなった柄を押さえ付け、体でのし掛かるように網を取り押さえる。
「吉田さん!吉田さん!」大丈夫ですか、と言おうとしたのか、誰かを呼んで下さい!と言いたかったのかは不明だ。ただ一瞬、錯乱し逃げ出した吉田さんのアクリルフェイスに付いた何か黒い物が見えた気がした。
腹の下で暴れる動物は、分厚い防護服越しには大型の犬と同じ、警察犬が犯人を引っ張るような力でオレを持ち上げ、引き摺って歩く。
ズリッ、バタン、ズリッ、バキッ、ソイツが体の骨を折りながら足を動かし、床に爪跡を残し体液が道を作っている。
「マテッ!待ってって!コラ!」動く前足を手で押さえ、頭を床に叩きつけた。手には石を殴ったような堅さの感触があった。
なにをしても止らない怪物は、徐々に廊下を進み便所の前までオレを引き摺った。
マズイ、引き摺り込まれたら。
袋が外され、自由を取り戻したコレと便所の中で戦うなんてできっこない。
(逃げられる)それだけはなんとかしなければ。おれは夢中で体重をかけ、押しつぶしても逃げられるよりマシなつもりで力を込める。
「お~し、待ってろ!よくがんばった。もうチョットだ」原田さんの声と二つの光り。
多分、西田さんが大型の捕獲箱をもって来てくれた。
助かった、とはその時は思わなかった。とにかく霧中で力を込めていたから気が付いたのは、「ようやった、大丈夫か?」と、はたかれた時だった。
オレがヨロヨロと車に帰って来たときには捕獲箱はバンの後に詰められ、発電機も照明も撤去された後だ。
「今日はもう終りだな、お疲れさん」手渡された封筒には三万とちょとが納められていた。「吉田も今日はもう無理のようだし、まぁ今日の手取りは半分になるけど学生さんは明日には十万付くからいいよな?」
精も根も尽きかけたオレは頷く体力しか残っていなかった、その後はほぼ記憶が曖昧で多分近くの駅まで乗せられ、呆然と電車に揺られて帰っていったのだろう。
翌朝、体は軋み頭は霞む。手元にあった煙草を咥えて火を付け煙を肺に入れ、甘苦い煙と脳が弛むような感覚でようやく目が覚めてきた。
(・・十万・・そうだ十万だ、白數沢教授から十万貰わないと)
急いで顔を洗い、飛び出るように玄関を開け大学に走る。飯は後回し、とにかく金を貰ってそれからゆっくり頭は使えばいい。
時計も見ずに起きたので、携帯の時計は九時チョットを指している。少し所か、かなり早い、早かった。ゼミ教室に着くまで気が付かず、扉を開けた時に無人の部屋を見て、ようやく気が付いたのだった。
(・・少し待たせて貰うか・・珈琲くらい良いだろ)勝手知ったる部屋だ、インスタント珈琲の場所は知っている。お湯を沸かすポットの場所も、カップは使っても洗えば許して貰えるだろう。多分オレは何も考えず、起き抜けの頭は本能的に動いた。
珈琲の粒をカップに入れ、お湯が沸くまで少しイスに座る。
ブツブツとポットが音を立てる向こうで、微かな異音を耳が拾った。
本来なら学生の声や教室の雑踏で掻き消される程度の僅かな音だ。
頭が真っ白でないと聞き分けられない程の囁くような小さい音。
その時はただ待つ時間だった。暇だった、ただの無意識だ。
椅子から浮いた腰は、その僅かな音に向かって足を動かし、ロッカーの前で止る。
(・・ロッカーの中に何かいる?)確かに目の前、鉄のロッカーの中からコソッ・コリッと・・?僅かだがプチップチッと不快な咀嚼音が混じって、一歩身体が引いた。
息を殺し、ロッカーに耳を押し付けて見た。オガ屑で鼠を飼っているような臭いと動物の動く気配、(複数の物がいる・・それになんだ?)距離がおかしい。
ロッカーの扉はペラッペラのスチィールだ、当然音だって直ぐ近くに聞こえるハズ。
ソレなのに音は遠くから、トンネルのような場所から聞こえてくる感じだった。
!!!、耳を離し、カップをそのままに教室から飛び出した。
(違う、アレは違う、気のせいだ!)
動物の行動音に混じった人間の声に似たモノ、喋る鳥とかラジオとか・・イヤ違う。
オレの頭はまだ眠っており、幻聴だ幻聴が聞こえたんだ。
・・・・・
ポケットの中にクシャクシャに潰れた三万が有る、腹と頭に栄養を詰め込めばきっと目が覚める。そう思って近くのファミレスで肉とピラフを頼み、ドリンクバーの珈琲で舌を起こし、アイスコーヒーで頭を冷やす・・・
(やっぱり気のせいだよな、そんな事・・無いよな)
頭に浮かんだ[人体実験]の単語を掻き消すように氷を噛み砕き、バリバリと氷りが弾ける度に頭と腹が冷えてきた。(防虫駆除で人体実験?そんな事する必要が無いだろ?)
必要の無い危険を選ぶ馬鹿はいない、それに教授だろ?頭がいい代表がそんなリスクを負うかよ。毒の効果だって、現在は致死量くらい簡単に解る。
ネットを探ればどこかに出ているハズだ。アレはあの声はラジオか携帯か、とにかく気のせいだ。
(あのロッカーに人が?入れようとすれば入るだろうけど、そんな事に意味が無いだろ)
オレを脅すつもりで入っていたなら、一晩中入っていた事になる。
それこそ馬鹿馬鹿しい。
ピラフをかっ込み肉を噛み、最後に珈琲をすすれば十一時になっていた。
(金貰ってパチでもやるベ)それで全て忘れるんだ、何も考えず玉を弾いてジャラジャラさせれば全部忘れられる、世の中はそんなモノだ。
・・そう言えば写真、送るのを忘れてた。次いでにゼミに行く時間も入れてメールを送る。
あとはゆっくりと、ノロノロと歩いてゼミの教室に顔を出せばいい、それだけだ。
「やぁ、思ったより遅かったね。ご飯でも食べてたのかな?」
白數沢先生が机から取り出した封筒を取って差し出す、「ありがとうございます」疲れたように頭を下げ・・そのまま教室を後にすれば良かったと後になって思う。
「あの・・あの動物って・・」どうなるのですか?等と口を開かなければ。
「ん~ん?実験動物に興味があるのかい?・・・そうだねぇ君達みたいな人達は好きだからねぇ[洗い熊]って可愛いから」
特定外来種の中でも凶悪な生物、河川の噛み付き亀・池湖のブラックバス・そして森と里の洗い熊の三種は今なら子供でも知ってる。
(アレが洗い熊?そんな可愛い物じゃなかった)
「まぁ可哀想だけど、この国に来た時点で彼等は外敵だよ、駆除するしか無い相手だ。
薬耐性も強いし本当、僕からすれば好敵手に違い無いね」
毛を剃って肌に直接塗ったり、口から直接吸わせたり、目だって開かせて吹き掛けたり。
色々するよ?その後は解体して細部まで調べるんだ。
・・・・
「そう嫌な顔をされてもね、キミ。まずキミ達が薬を散布した生き残りだよ?命を奪っている数からすれば駆除業者の方達の方が沢山しているだろ?」
ハイ、オレは頭を下げながら、一瞬ロッカーの方に目が行った。今は沈黙して音も聞こえない、やっぱり気のせいだったのだ。
そうしてオレは封筒を受け取り、そのまま家に帰った。
30分近いシャワーで臭い、獣臭と身体に張り付いた疲れやらイヤな物をとにかく洗い流したかったから。
学校途中でパチを打ち帰る時だった、いつも通り戦績とパチ屋と台の情報を吉田さんに送り、牛丼屋に入って座った。
半券から牛丼に変わる間に着信が鳴った、ラインを開けばメッセージが有る。
「オレはもう無理、でも生活があるから辞められない。お前はもう来るな」短いメッセージを既読して「なんです?」と送っても既読されない。
それから何日か過ぎても既読が付かず、バイトの日の朝イライラしながらもう一度
「なんなんです?」と送った。
オレはバイトの時間までバンと返事を待ち、やってきたバンの扉を開けた。
・・・・吉田さんの座っていた位置に別の人間が座り、「ヨロシクお願いします」と頭を下げた。短い・・ボウズ頭で肌の荒れた、よくみれば球児・悪く見ればブツブツの美柑だ。 高木、そう彼は言った。美柑のような丸い顔が笑うとオレもイライラを忘れ、頭を掻いて頭を下げた。
「吉田さんはどうしたんです?風邪ですか?」オレは何か言ってやろうと思っていた相手が居らず困惑するように原田さんに聞いた。
「・・吉田なぁ・・事故ったんだ」原田さんが言うには数日前、自転車でパチンコから帰る時に撥ねられたらしい。
はあ?「ちょ!ちょっと聞いて無いですよ!お見舞いとか、どこに入院してるんですか!」ラインを送ったあの後かよ、しっかりしてくれよホント。入院したなら連絡が付かない事は解るけど。
「・・・学生さん仲良かったからなぁ、アイツなぁ・・もう[おらん]のや」
?おらんって、辞めたって事だろうか。辞めたがっていたから。
「死んだ、酒飲んでたから出血が酷くてな・・」
は?誰が?相手か?・・あんな元気な吉田さんが死ぬ訳が無いし、そんな・・事は・・
「吉田君は撥ねられて死んだんだ、可哀想にあんな若さでな。葬式は家の方でやるらしい、オレらは香典送って終り、家族には話も出来なかった」
何も・・知らなかった、知らなかったんだ。だから今の今までなんて言い返してやろうとか怒ってたんだ。
「この前の現場で色々あっただろ?かなりショックを受けてた見たいでなぁ、あの後も顔色を悪くして悪い呑み方続けてたから。他の現場でも色々ヘマが続いて注意もされてな。
深酒してからの事故や、学生さんも酒の呑み方には気を付けろよ・・一応な、学生さん。
今日の仕事は一件だけにしてお別れ会と、高木くんの歓迎会として呑もうと思ってる、学生さんも来るだろ?」
仕事を終えた後のマズイ酒、高木さんも黙って喋らないオレ達の空気を読んで沈黙している。乾杯も無く、ただビールとチューハイを一回ずつ頼んでお開きになった。
「ほんま学生さんも、酒には気ぃつけよ」少し猫背になっていたオレの背中を原田さんが叩き、「ありがとうございます、失礼します。お疲れ様です」頭を下げて、一人だけ駅まで歩いた。
(確かにすごいショックを受けてたけどさ、そんなんで死ぬ事は無いだろ!)
酒呑んで自転車事故?んなもん知るか馬鹿、勝手に死にやがって!クソ!
知り合いが・顔見知りが死ぬなんて何年ぶりだろう。祖母ちゃん爺ちゃんが死んだ時はああ、死ぬんだろうなって。病院で白く細くなっていく顔を見て大体わかった上での葬式だった。それがある日突然、訃報を知らされる。正直混乱と空虚が頭から離れない。
(事故ってもいいけどな!勝手に死ぬなよ、足とか腕1本骨折程度だろ普通は!馬鹿か)
こびり付く・こびりつく何かが抜け落ちた感覚、この感覚もその内に忘れてしまうのだろう・・・それが凄くイヤだ。
忘れたく無いのに、忘れてしまいたい。そんな感覚だ。
眠れ無かった翌朝に、しばらくバイトを休みたい旨を伝える為に白數沢教授のゼミに向かった。こっちの勝手な都合なのに、メールや電話で一方的に伝えるのは駄目だろうとの判断だ。もし、「もうキミには頼まないよ」と言われても、それは仕方無いと思う。
オレが抜けた後に、誰か別の学生がバイトに入ればオレの戻る場所は無いだろうし。
時間も考え九時三十分、早過ぎずかと言って他の学生がいない時間だろうか。
どのように切り出すかを考えながら、ゼミの部屋の戸に指を掛けた時だった。
「ああ・・ええ、吉田君・・ええ・・こちらへ・・ええ・・」
扉の向こうで吉田さんの名前が聞こえた。だからと言うわけでは無いが、思わずしゃがみ盗み聞きしてしまった。
「大丈夫・大丈夫ですから、検体の方はこちらへ。そうそう前見たいに、ええそうです。
棺桶は前の物より丈夫な物を発注したでしょ?アレで・・時間は・・でもそろそろ死後硬直も溶けるでしょ、ですから冷やしたままでこちらへ。地下駐車場で受け取りしますから、報酬もきちんとその時に。でもそっちの不注意についてはこれからは気を付けて下さいね」では、そう言って電話を切った。
「ふふふっふふ、今度こそは・今度こそは解るハズ。ようやくだ、あの愚図共ようやく新鮮な検体を手に入れられるようになったぞ。行動心理上、ヤツ等は何度でも手を染めるだろう。そうすれば私の研究は・・・!「だれだい?」」
扉越しにこちらを向く声は、一歩・また一歩と足音が近づいて来た。
(マズイ!)本能が警鐘を鳴らす、ここで姿を見られるのは絶対マズイと本能が告げる。
オレは腰を屈めたままで足を動かし、音を立てないように壁を突いてとにかく逃げた。
(なんだ?オレは何を聞いた?検体?吉田?なんでだ、ただの事故死じゃないのか?)
トイレに逃げ込み鍵を掛け、ガタガタ震える肩を押さえ、便座の蓋に座るように足を曲げて膝を抱く。
(あの声は間違いなく白數沢だ、検体?吉田さんが検体?人体実験?毒の?なんで?)
解らない、とにかく何も解らない・・・!(地下駐車場に十五時と言ってたよな)
その時間に駐車場で何かある事のだろう、行く・行かないどちらにしてもこのままバイトは続けられない。
馬鹿なオレはその時その瞬間、学校を辞めてでも逃げるべきだったと今では思う。
何も知らなければ、つまらない学校生生活に飽きたとか言って実家に帰りフリーターでもやっていれば良かったんだ。
・・・カチカチと図書館の時計が時を刻んでいる。この場所なら他にも学生がいるしオレが時間を潰していてもおかしいとは思わないだろう。
(そろそろ時間・・)体が抵抗するように力が抜け、足が震える。(でも行かなければ) 正義感・使命感・興味・知らない事実・恐怖を穴埋めする為の行為、そのどれもでありどれでも無い何かに動かされ、学校地下の駐車場に入って行った。
何時間か前に忍び込んでおけばよかったとか、カメラやマイクを持っていけばよかったとか、服を着替え変装しておけばよかったとかは後で気が付いた。
校庭端にある駐車場は、教員や関係者専用となっている。対して地下の駐車場は工事業者や備品の搬入業者、学校で時々集める臨時職員の駐車場となって普段は使われていない。 草刈りなどで駐車場が突然使え無くなった場合や、申請があった時だけ使用されている。
(車が来なければ・車が無ければオレの聞き間違いだ)
薄暗く切れかけた蛍光灯が点滅し、非常口を知らせる緑の光りが搬入口の辺りを照す。(時間・・はちょうどか、そうだよな疲れてたんだよオレ)
車も無い、搬入口で待つ白數沢先生の姿も無い。柱の陰から全体を確かめても車所か人の動きも歩く音も無い。
(馬鹿だなオレ、今の日本で人体実験なんて有るハズが無い。毒ガス兵器とか、確か国連とかで禁止されているハズ)輸出・輸入も出来ない物にだれが金を出すか、投資者も無いのに学校で研究・実験なんてする訳が無いよな。
そう思うと急に一服したくなる、腹も減ってた。よく考えてみれば昨日の夜以降何も口にしていなかった。馬鹿馬鹿しくなったオレは煙草をふかすべく立ち上がり、駐車場の入り口に足を向けた。駐車場は禁煙、警報が鳴ったら大事になるし。
(一瞬駐車場の入り口が光った?)嘘だろ!
ほぼ反射的に柱に身を隠してしばらくしてから、(大体1~2分経ったと思う)
見覚えのあるバンが、コンクリートの地下を鳴らして侵入して来る。二つのローライトが床に反射しエンジン音が地下駐車駐車場に響く。
暗くて顔は見えない。三人の影が言葉無く降り、慌てた足音が忙しく動き車の後が開く。
搬入口のエレベータが開き、白衣を着た白數沢が笑い顔でカートを押し出し滑るように軽い音で走り出て来た。
「こちらですよ、落とさないようにお願いします」バンの後に運ばれたカートに、重く鉄を磨る音を立て冷蔵庫のような箱が乗せられた。
余程重い物なのか、荷台に乗せられどちらかがギシッと悲鳴を上げる。
鉄の棺桶の重さで撥ねるようにカートのタイヤが箱を持ち上げ、1度落とす。
影が押すカートを押す瞬間、鈍く軋む音がした。
「オイ!押さえろ、落とすなよ!」・・原田の声で影の一つが箱を押さえた。
「ゆ~くり・ゆ~くりだ、急ぐ事は無い、慌てるなよ」西田さんが箱を押さえて声を掛け、
多分、高木が押している。
「私語厳禁でお願いしますよ~、仕事迅速・安全注意ですからね~」白數沢の声が引き金かそれとも偶然か、小石を踏んだカートが急に曲る。
オイ!馬鹿!だれかの怒声と同時に箱が滑り落ちた。
轟音、コンクリートを砕く音とカートのフレームがひっくり反り、叩き付けられる破壊音と地下に響く震動。
その直後だ、滑り落ちた箱から・・箱の中の物が内側から喚き、殴り付け・蹴り暴れ箱を開けようとするような音だ。
ヒッ「やっぱり!やっぱり生きてる、生きてますって!」
「馬鹿!医者の診断書も見せただろ!コイツは死んでいるんだ。さっさと押さえろ!ビビるんじゃねぇ!」声を荒げる原田の声と高木の声。淡々とカートを戻し、暴れる箱を押さえるのは西田さんか?
「いつもの猿とか洗い熊と同じ[死後硬直運動]ですよ、少し検体が大きいので激しいですがそれだけ、それだけ。・・・ドライアイスが足らないのでしょうね、いつも通り追加で対応して下さい」エレベーター前の白數沢の指示に原田が走り、バンから取り出したクーラーボックスから砕いたドライアイスを箱に投げ込む。
ウッ!ウゥゥゥウ!目を開いた吉田さんが首を上げ、噛み付くように顔を出す。
口に何かを噛ませられ声が出せないようになっているが、間違い無い吉田さんだ。
「馬鹿!上下を間違えるなと言っただろ!」
原田さんが暴れる額を押さえ、西田さんが素早く欠片を流し込む。
ドライアイスが煙を上げ、白い靄の中に頭を押し込むと、全力で抗っていた頭の激しい動きが徐々に抵抗力を失い、最後に小さく声を上げて箱の中に沈んでいった。
原田さんが箱の扉を閉めた時、パチンとロックがされ男達の動きが静かになった。
「さぁさぁ早く、早く研究室に運んで下さい。皆さんも私も時間は有限なんですから」
箱が積まれた後、エレベーターの扉が閉まる。
「では納品は完了したと言う事で、こちらが報酬です」白數沢が懐から出した分厚い封筒、解らないが札なら100は超えているかも知れない。
ハァハァハァ・・「こっちもかなりのリスクを負ったんですから、特別割増を期待してたんですが・・」息を荒くした原田の声が響く。
「それこそですよ、情報漏洩?全く社内コンプライアンスが出来てないからこんな面倒な事が起るんです。減額とは言いませんが[次ぎは無い]くらいの危機感は持って頂きたいですね」嬉しそうな白數沢の顔と苦虫を噛んだような原田の横顔。
追加報酬が無い事を示すようにポケットをはたき、そのまま降りて来た男達と入れ替わるようにエレベーターに入って扉が閉まった。
おれはバンが駐車場から消えるまで動けず、去って行った後もその場でしばらく座っていた。ノロノロと体を持ち上げ、ようやく地下から這い出したのはすでに日が落ちて周囲が暗くなっている時間帯だった。
コンビニで買ったビールも、頭から浴びた熱いシャワーもオレの頭から靄を晴らす事も眠気を運ぶ事もでき無かった。
電気を消した暗い部屋では、目は天井を写したり瞼の内側を写していた。
頭の中では繰り返し・繰り返し、昼の映像を浮かび上がらせ叫び声が耳から離れ無い。
(人が・・吉田さんは・・アレは・・)声の潰された悲鳴が消えない。
原田から聞いただけで、吉田さんが本当に死んだのかオレは知らない。
(けど、普通、人を殺すか?どんな理由で?)たかが従業員の一人や二人、殺すより解雇した方が簡単だ、そもそも吉田さんが殺される理由が無い。
(そう言えば・・情報漏洩とか言ってたよな?社の機密でも盗んだのか?)
原田達の会社の規模なんて知らないが、年商数億って事も無いだろう。
大学の一学部教授とのコネで、委託業務をする程度の中小だ。大学からしても会社が倒産しても代わりはいくらでも有る。
解らない、解らない事ばかりだ。解るのは箱に詰められて運ばれた吉田さんの姿だけだ。
(どうしよう・・どうしようも無い・・どうすれば・・・・?なんだ?)寝返りをうつと尻に当たった違和感に頭が動く。
(なんだコレ?)ポケットを探ると金属の手触りが指に付いた。鍵か?なんだ?
靄やけ、まだ芯に熱が籠る頭が徐々に覚醒し鍵の持ち主[成田]の家を思い出す、成田は本当にインド行ったのか?もしかすると吉田さんのように・・・。
ドタドタとコンクリートを踏む足音で目が起こされた。部屋の中はまだ暗く、いつの間にか眠ってしまっていたのか。ガチャガチャと煩い音は寝ぼけた頭に響く、起き上がって音の方に顔を向けると部屋の扉のノブを激しく掻き回すのが見えた。
金属音を鳴らし、郵便受けをこじ開けた手の横から覗く血走った目。ソイツがオレの姿を凝視してから瞬きし郵便受けの扉が閉じた。
(帰ったのか?)不気味な目の正体は解らない、正体を見る為にも1度扉を開けて外の様子を確認し、それから警察か管理組合に電話しなければ。その為には起き上がらなければならないが体が重い。(重い・・)じゃない、動かないんだ!
首から上しか動かない、これが金縛りか?必死に足を動かそうとしても反応が無い、まるで動かない手足を見下ろしているような感覚、自分の体だとは理解出来るが爪先一つ揺らせない。焦れば焦るほど心拍は上がり、逆に周囲の状況が見えて来た。
暗いが部屋の様子は見えている、動くと思っていた首も動かず瞬きしない目だけで玄関の状態を捕えている。扉の外ではドリルと工具の金属音が鳴り響き、穴を穿つ不気味な悲鳴がキリキリと振動していた。
(隣は!隣のヤツはなんで警察を呼ばないんだ!呼べよ!呼んでくれよ頼む!)
ドリルの捻る音が極限まで高まり通した、ドリルが逆回転を始め抜けた後には外からの光りが差し込んで来る。
どこかで見た事のある光り、そして作業服の男達が動けないオレを見下ろし手を伸ばす。籠った声と防毒マスク、その男達は分厚いゴム手袋でオレの体を掴んで袋に詰めて持ち上げた。「学生さん、あんたも馬鹿だねぇ。へんな事に首を突っ込むから・・」
バンの扉が閉まる音、オレは袋に詰められたままで、冷たい箱に入れられどこか・・・地下の駐車場につれて行かれた。
袋から投げ出され、眩しい光りに顔を背けてゆっくりと瞼を開いた。
オレはアクリルケースに入れられ、正面の解剖台には体を開かれた吉田さんがコッチを向いて悔しそうに口をパクパクと動かしている・・
「たすけ・・・・」
胸を開かれ、臓器を抜かれた空洞の体は声を出す事なんて出来る筈が無い、それでも
オレにはそう聞こえたんだ。
!、ハッハッハッ・・・~~~~!ハァハァハァ、全身に冷汗と脂汗が貼り付き、鼓動がドクドクと脈拍って目が覚めた。
時間は夜の二十五時、フゥフゥと呼吸が乱れ、さっき見た物を思い出す。
夢とは思えない最後の声、白い蛍光灯に光る目玉。
(玄関!・・よかった無事だ)郵便受けも無事で穴も開いてない、触って見ても壊された形跡は無い。夢か、(やっぱり夢だったのか・・・・)
昼間見た駐車場から夢だったのか、それとも今見ていた物が夢なのか、頭が混乱する。ズキズキ痛むのは酒の飲み過ぎか?コップに入れた水を飲みほし、口から溢れた水でシャツが濡れた。着替えを兼ねた熱いシャワーを浴びても頭の痛みは消えてくれない、吐き気と寒気で体が震えて止らない。
(悪い病気か?・・風邪・・じゃないよな)薬なんて買い置きしていない。
近くのコンビニなら風邪薬くらいあるだろう、その程度の感覚でズボンに足を通し、尻ポケットの鍵に手が触れた。
・・・・・
その時のオレは熱と頭痛でおかしくなっていたと思う。(チャリで少し行けば成田の部屋だったっけ)
朦朧としながら自転車を漕いでいたら、気が付けば成田の居たマンションの前にいた。
その時は何を考えていたのか覚えていない、ただフラフラとヤツの部屋に行きポケットの鍵を差し込んだ。カチンッ、そう簡単に鍵が音を立て、ノブを引くだけで扉は開いた。
「おじゃましま~す」小声で声をかけ、(だれもいないな)と様子を見てから玄関に上がる。玄関に靴は無く、靴を脱いで上がるのも恐いがフローリングに靴跡が付くと絶対怒られるので靴は脱いだ。
スリッパを発見出来たのは運がよかったのか、違うな。フローリングの部屋にスリッパが無い方がおかしい。
靴を揃え、下の住民に足音が響かないように静かに進む。一部屋二間、小さな台所とガスレンジが一つ、殆ど使って無いのはオレと同じだ。
(冷蔵庫が小さく音を立てているから電気は止っていないのか?)試しに蛍光灯の紐を引くと小さく点滅するのが見えた。
豆球を付け、オレンジの明かりで部屋を照らす。別段荒らされた形跡は無く、十分片づいている部屋だ(・・・・男の一人暮らしだろ?・・インドに行く前に片付けたのか?)
次ぎの部屋は多分私室だ、大学で使うノートと生協で売っていた参考書が棚に並び、
CDや映画のBlu-rayが数本、普通の部屋だ。
(ノーパソとかはインドに持って行ったのか?)スマホの充電器と一緒にACアダプターがコンセントに刺さっている。
(それにしても・・パチンコ関係の雑誌は縛って積んであるけど・・)インド関係の書籍が無い。確かにネットとかで調べて興味を持つ事も有るだろうけど・・
・・・・(多分コレか?)[良い旅釣り気分]五百円とかワゴンで売られているBlu-rayの中でも、女子や男子学生に一際興味を持たれそうも無いタイトルのケースを開く。
見た目は確かに普通のディスクだが、その後に隠れた物をオレは見つけた。
16ギガのメモリーカード、オレの部屋にも[日本魚介・近海辺]という文庫の中に隠している男の秘密だ。
エロのお気に入りや、ダウンロードした画像や動画、当然漫画なんて物もあったりする。
USBメモリーは無いようなので、メモリーだけ借り熱が限界だった事に気付いた。
(さっさと帰って・・それで・・それで・・)それからの事は余り覚えていないが、靴は家の玄関に有ったので多分大丈夫だろう。
市販薬が効いたのか、少しフラフラするが熱が下がった気がする。取り敢えずコンビニでおにぎりと冷凍うどんを買い、部屋で暖めて喰うと自分が腹を減らしていた事に気付く。
カップ麺・アタリメ・エビセン、とにかく部屋に有る食い物を放り込んで咀嚼する。
胃袋に流れる塩分多そうなブツのお陰で腹が膨らんだ。
オレの机に置いてあるメモリー、多分Windowsで開けるだろうソレを見るかどうするか、どうせ中身はエロか何かだろうが。
(ブラウザゲーム用のPCなら有る・・)が変なウイルス付きとかだったら困る。
「・・・」成田が集めた物ならそれ程危険は無いのか?
安物PCの電源を入れ、立ち上がってがらメモリーを差す。
Nao01・Kyoko01・Ai01・・・・思った通りエロ動画が詰まっていた。やたら重いデータのそいつらを眺めつつ、(馬鹿馬鹿しい、こんな物ばっか集めやがって)
とか思いながらスクロールを繰り返す。?(Sakaki・01 Suzuki・01 Niida・・・)やたら軽いデータと少し覚えがある名前の羅列。
(まさかな)こんな名前はよくある、ただの偶然だ。
ファイルをクリックすると1枚の写真と文字、誰かが纏めたデータの一部だろうか?
佐々木・了・薬学部2年、成績下。投薬3ヶ月、熱・吐き気・混乱。状態不可
鈴木・大一・農薬部1年、成績下、投薬6ヶ月、熱・吐き気・毛細出血・記憶の混濁。
西田・孝・保険学部2年、成績中の下、投薬4ヶ月、状態良。引き続き投薬と経過観察。
それぞれの写真と投与された薬の種類・量が記載され、体調の変化や体温・血液反応が並ぶ中、細かい血液の変化と共に最後にはHuman、IS・LOSTで締め括られている。
(LOSTって・・死んだって事か?アノ溶剤ってそんなにヤバイ物だったのか?)
どんな生き物でも殺すって、人間も含まれているのか?
(いやでも、防毒マスクがあるだろ。アレと防護服で大丈夫なんだろ?)
・・・!違う、コレには[投薬]ってなってる、こいつらは薬を盛られたんだ。
!オッ・オエェェェェ、それじゃあいつも仕事終わりに渡される解熱剤か!市販薬の箱の中身を入れ替えてオレに渡していたって事か!
胃袋を引っ繰り返し、全部を吐き出すつもりで吐いた。指を突っ込み、吐いては水を飲んで吐く。そんな事をしても飲んだ薬が出る事は無いが、それでも吐いた。
(ヤツ等もグルか!)オレは知らない間に治験されていたのか?それならあの報酬も解る。人体実験・安全承認されてない薬の実験動物になら、多少高い金が支払われるだろうよ。
この熱も・吐き気も・目眩も全て実験の結果か、だから・だから気付いた成田は逃げたのだろう。そして吉田さんの『もう来るな』はオレを心配しての事だったのか?
(じゃあ、なんで吉田さんが捕まったんだ?)
・・・・まさか、オレの身代わり?オレがバイトを辞めて治験が出来なくなるからか?
あの「助けて」は白數沢の実験から逃がしてくれと言うメッセジーか?
散布業者は多分白數沢の協力者だ、それは間違いない。だから吉田さんはオレに何が行われているか解ってたんだ。だからオレを逃がそうとして、それがばれて捕まったんだ。
捕まればどんな目に遭うか、投薬と称して人体実験に手を出すようなヤツ等だ、それに生きているか死んでいるか解らない成田の事もある。
(武器が必要だ)せめて自分の身を守れる程度の物がいる。
包丁を持って歩くのはマズイ、職務質問を受けて普通に答えられる自信が無い。
お値段以上のカラーボックスを組み立てる時に使った金槌を持ち、鉄の扉を開ける。
まだ外は夜が明け切らない、多分電車は動き始め頃だろうか。
大学は基本、真夜中は閉まっている事になっている。但し研究や菌の培養、生物生態観察などで泊まり込む事もある研究者と院生の為に殆ど門は開放されて、代りに警備の爺さんが若い警備員に換わる。
受付のノートに名前と学部・学生証を見せるだけで出入りは自由。教授や学校の方に連絡がいく事は無い。
生協や購買、あと校内に入ったサロンや食堂の業者が軽トラやハイエースで搬入し始め。オレはコンビニで買った7本の缶コーヒーを警備員に見せた。
「今日は朝から呼び出されて『珈琲買ってこいって』ホントまいりますよ」
「学生さんも大変ですね~。あ!ハイハイ学生証ね、オーケーですよ頑張って。」
お疲れさま~、それだけで簡単に校内に入り込める。
校舎は鍵で閉められ、図書館もその他施設も施錠はされている。地下駐車場の入り口を塞ぐ鎖を乗り越え、地下エレベーターのスイッチを押した。
?(地下2階・地下3階?)エレベーターの箱の中、スイッチは更に地下まで降りられる。本来は鍵が掛かり隠してある位置にボタンがある、(確か地下にはボイラーと緊急用の発電機が有るとかなんとか、どちらかがボウラーで発電機か?)
(普通、人間一人攫ってそのまま研究室とかに監禁するか?)それに搬入した物が違法性のあるモノなら絶対直接研究室に運び込む事はしないだろ。
(1度地下に降りて確認してから上がっても、時間的にはそう変わらないよな?)
先に地下2階、そして3階のボタンを押して扉を閉めた。エレベーターの駆動音が重くグゥゥゥンと箱の中で振動を繰り返す。
地下2階は確かにボウラー室だった。大きな煙突と鉄の箱、赤いライトで〇〇ボイラーとプレートは読める。非常口の近くには重油のタンクがコンクリの枠の中に置かれている。
(・・・発電機?)細い冷却水のパイプが通る先には、ボイラーとは別に発電機も置かれ廃熱用の巨大換気扇が設置されている。
・・・なら地下3階には何かあるんだ?非常階段の扉を開けても階段は上にしか無い。
コンクリートの床と壁で、それ以上の下階には降りる事が出来ないのだ。
時間切れのブザーが喚き、素早くエレベーターに戻って閉ボタンで音を止め扉が閉まる。
非常階段では無い筈の地下に降りて、体が浮き上がる感覚とずんと重くなる体、エレベーターが地下3階に降りたのだろう。
なんだここは・・地下3階は埃っぽいコンクリの床と雑然とした資材が並ぶ資材置き場。ただの物置か?
エレベーターの明かりで見えるのは資材が立ち並び、積み上げられたダンボールの数々。
?(おかしい)何かがおかしい、エレベーターを開いたまま外に出て、少し調べればどう考えてもボイラー室より狭い。地下二階の半分以下の広さしか使って無いのだ。
(床の足後・・こっちか?)資材の場所には埃が被っていたが、よく見れば壁に積まれた段ボールの周囲の床には埃が無い。少し押し触るだけで箱が動く、多分空の箱が積んで有るだけだった。
なら少し退かせられれば・・・シャッターが降りた入り口が隠れているのが見えた。
ジリジリと段ボールの塊を押し、隠れていたシャッターの入り口を開ける。
閉じたシャッターの先は、LEDの光りが差しアクリルケースが並ぶ。その中には動物や虫が飼育され、時々中の動物がオレに反応して顔を向けてきた。
(全部普通の実験動物だよな?鼠とか油虫だよな?)
猿とか兎も有るが、状態も普通に健康体に見える検体達。痩せても太ってもいないし毛艶も良く見える。(空調も有るし、なんで隔離されているんだ?)しかもここは地下だ、
吉田さんが搬入されていた箱も見えない。
「キミが気にしているのはコレじゃ無いだろ?入っておいで」
動物達のケースの先で、静かに開いた扉から声が聞こえ白數沢が顔を出していた。
怪しく手招きする手に付いて行き、隣の部屋に入ると自動で扉が閉まり眩しいくらいの光りが部屋を満たした。
!!!!なんだよ!コレ!これは・・なんだ?生きているのか?
さっきの部屋とは違い格段に分厚いアクリル板・・アクリルの壁、その向こうに蠢くのは腕のとれた猿、半分になったイタチ、腐ったまま動く鼠・・・そして手足の無い人間。
「あ~~~ソレね、手足が有ると逃げたり暴れて面倒だから取ったんだ。大丈夫だよ、死んでるから」
赤く汚れた前掛けを付けた白衣の白數沢が疲れたように椅子に腰掛け、珈琲を飲みながらアクリルケースに指をさす。
「いや、生きてるだろ。」目がオレを睨み、空気の抜けるような音の無い声を口から漏らし時々瞬きしてはヤツ等は白數沢を睨んでいる。
フフフフッ「だからね、死んでいるんだよ。正しくは[死体が動いている]だよ、どうだい?生きている死体を見た感想は?」
死体?死体だと?・・腐った腕で這い回る猿、内臓がポッカリ抜けた犬と胸から下がないイタチ、顔も目玉も腐っているのに皮だけで動いているような鼠が生きているとは思えないが、(死体は動くハズない)動いているから生きている筈だ。
「・・僕の作った毒は完璧なんだよ、どんな動物だって僅かな量で殺し尽すんだ。自信作だよ。でもねその内、幾つか試作していると生き残る生物が出たりするのに気がついてね。
捕えて見ればよくわからない、確かゴキだったかな?最初は。
その後数日様子を観察して見ればね、その虫は生きていなかったんだよ。ホウ酸だろうがヒ素だろうが青酸だろうが何を与えても死なない、動き続けたんだ」
その後、虫以外にも爬虫類や鳥類、ほ乳類にも希に起き上がる死体が見付かった。
「ショックだったよ僕は、本当に自慢の毒だったんだから。でもねよく考えれば」
私は[もしかして動く死体を生み出す事に成功したのでは?]と考えを変えて実験を繰り返したんだ、それは医学の頂点[不死]の入り口だからね」
1度死ねば毒も病気も死亡原因には到らず、動き続ける事が出来る。スゴイだろ?そう白數沢は言った。
「人間も動物も結局は同じ、脳から与えられた信号で手足が動く。海外では鼠の脳に電極を埋め込みロボットを動かす研究だってやっている時代だよ?なら脳さえ無事なら体は動くってのは当然だよね」
脳から神経が届いていれば、体が腐っていようと筋肉反射で動く。
「で、何度も解剖を繰り返して観察した結果、薬の効果で脳神経が変化してミクロレベルの金属繊維が作られた形跡があったんだよ」
血液・体液中のナトリウムイオン・塩素イオンと鉄・鉛・銀・銅・等の金属イオンの科学変化。白數沢の作った猛毒との結合が体内二ューロンの中で繊維を作り、置き換わる事で死体となっても動き出すのだと。
「でもね、どの毒と、どの毒の組み合わせがそうさせるのか解らないんだよ、いまだに。それに神経以外置き換わらないから筋肉は腐るし、皮膚も腐る無様なものさ」
表皮細胞はIPS細胞で作れる、骨だって脂肪だって移植は可能だ。元々死なないのだから拒否反応も出ないし、整形外科を使えば生きているように顔を作る事だって出来る。
「鼠やイタチを見せたら、最初みんな嫌そうな顔はするけどね。でも後になって、色々な企業から協力金と寄付金が入って来たよ、表だけじゃない裏からも研究資金が積まれ、色々な人間が手伝ってくれているよ」
「だから人体実験していいって話にはならないだろ!」
不死の研究、特に脳と記憶・人格が保管できて、人体をある程度保てるなら死にたくない金持ちは多い。当然病気にならない体も魅力があるだろう。
「人体実験・・ねぇ、僕自身は人体実験しているつもりはないんだけどね」
結果的にそうなる事になっている、そう嘯く。
「何度も言うけど、僕の毒は完璧なんだ。たとえ体重数キロでも、数ミクログラムを摂取しれば死に到る。なら彼、献体名[吉田]だったかな?彼の体重は何キロでどれだけ毒を浴びたのか、そして何故生きている?いや[生きている様に見える]のか」
・・・
「不思議に思うでしょ?あの重いタンクと服とマスクをつけて数時間動き回れる体、彼等はいったい何歳だと思う?原田さん、彼は70を越えているんですよ。それに現場で見たでしょ何度も・何時間も僕の作った猛毒の中で動き回るのを。
でも駄目なんですよね、まだ未完成。感情が高まったり、何かの突発事故で変質したりして。凶暴になったり、知性が無くなったりで」
今回の[吉田]は本当に交通事故に合い一時的に意識を失いその後、[起き上がり]凶暴性を示した。
「だからね、さっきまで献体として観察しやすいように加工してたんですよ」
銀のカート上には電ノコ、ペンチ、ニッパ、その他工具が赤く汚れ、肉片が飛び散って
骨の粉のようなモノがバラ撒かれていた。
「・・・その端の・・端に並んでいるのは」
「手足だよ?当然歯も抜いたし、煩いから声帯も取ったよ?」
頭が真っ白になった、オレは白數沢の襟首を掴み押し倒した。
多分何回か殴ってからヤツの背後にあった扉を開けた。
数本のアクリルパイプ、カプセルの中に首と体を皮ベルトで留められた人間の体。
「酷いな、キミも知性の減少が始まったのかい?」
・・・
「ああソレね、大人しいのは冷やしているからだよ。体温が5度を下回ると意識が薄れるみたいなんだ。脳信号が薄れるのかな?時々冷蔵を止めてから意識を戻した時に色々と聞いたり実験したりして」
白數沢の顔には傷は無く、口元を少し切っているが出血は無い。
「どうやったら長く知性を保てるか、どうなったら本能を押さえられるか。研究はまだまだ道半ばって所だね」
化け物、オレの本能は拒絶し、持っていた金槌を振り上げた。
近くに有ったカプセルの蓋を叩き割り、目に見えるボンベやコンセントを叩き潰す。
「ウワッ」誰かが叫んだ、青いガスとどこかで引火した炎が上がる。
煙と火花、重い冷気で足元が見えない。それに嫌な臭いが充満し始めていた。
「勘弁してよ、キミ。これでも最新機器なんだからね・・ってウワッ」何かの影が足元の煙の中で這い回り白數沢を捕えて倒した。群がるように無数の巨大な蛇の影が白數沢を捕えてどこかに引き摺って行く、「**`$%&’&R!¥!!」何かが叫んだ。
声の方角に一人が通り抜けられるような穴があった、オレは迷いも無く飛び込み、躓いてようやくそこが階段だと理解した。
真っ暗で長い階段を、煙りと悪臭の中登り続けどれだけ登り続けたのか覚えていない。最後の壁を蹴り破り、煙に満ちた部屋から警報ベルの鳴る中でオレは窓ガラスを割った。
飛び降りて逃げた後、背後で消防車のサイレンが走り、何台も横切って行った。
煙は空まで登り、黒い煙が蛇のように風で揺れてのたうちねじ曲るのを見た。
数日間、多分3日くらい眠り続けた。手の中にはクシャクシャの金が有った。
熱いシャワーは冷め切った体を温めず、顔を洗っても黒く汚れた顔は酷いままだ。
ニュースでは、大学でボイラーの不完全燃焼爆発を起こした事になっていた。
火災に巻き込まれた人間は奇跡的に無く、大学の防災に対しての見解と謝罪が書かれ、
事故に対して専門家がコメントを残していた。
死体は出ていない、もしかすると白數沢も、そして検体となった吉田さんも逃げ出したのか?僅かな記憶を元に害虫駆除業者の名前を調べ、住所を探した。
だが原田を名乗る業者の男も見付からす、ナンバーのバンも存在しなかった。
オレは直ぐに大学を辞め、だれも知らない田舎に逃げた。
ヤツ等は生きている。いや、既に死んだ動く死体共は、事情を知るオレをどこかで観察してるだろう。ヤツ等のスポンサーもそうだ、不死の研究を邪魔したオレを探しているに違い無い。もしかすると原田達は、どこかでまた毒の散布実験を続けているかも知れない。「もしもし?」不意に鳴った携帯を掴み、耳に当てた。
「ああ、ようやく繋がった。キミ学校を辞める必要なんてなかったんだよ?まぁ学業に限界を感じたのかもね?」白數沢の声だった。
「あ・あんた、生きて・・」
「キミの想像通りだよ、知らなかったよ僕も[起き上がり]だったんだね。それで一言いって置きたくてね」
「僕の作った毒は希に殺した生物を[起き上がらせる]その中で動物なら自然界で湿気や熱でその内腐り落ちたり動物の餌になったりするみたいだ。
鼠なんて腐った仲間を喰うのに躊躇いは無かったよ、動いているのにね。
その中で気が付いたんだ、煙に巻かれながらね。ほら
「害獣駆除をした家の中で、[池の有る家]の話を。池の中に波紋が上がったって言ってたよね。僕の毒は完璧、当然地面にも染みこむし、川にだって流れ込む。なら池の中にも入った筈だよね?その中で生物が[起き上がった]のなら・・・川の生物だって有り得るよね?」声は枯れているが、白數沢の声は嬉しそうに弾んで聞こえた。
「・・・・何が言いたい?」
「今は50年前・半世紀前とは違うんだ、自然界には無い毒や科学物質が世界には溢れているよね?そしてそれは、どれだけ科学処理して薄めても、最終的には地面か川から海へ流れ込む。深海って場所には僕の作り出した毒と同じ効果、それ以上の効果を持つ薬品が貯まっている可能生があるよね?だからそんなに[起き上がり]を怖がらなくても、その内に海に貯まった薬のお陰で[起き上がった]不死の仲間達が上陸するよ、きっと」
そうして電波のせいか、それとも向こうから切ったのか電話が切れた。
白數沢は生きていた、死ななかった。研究はまだ終わらず、そしてヤツの協力者達はどこかでオレを見張っているだろう。
原田・西田もすでに[起き上がり]だろうか、地下駐車場で呼吸を乱す声が聞こえたから起き上がりでは無いかもしれない。
(それでもヤツの実験に協力しているのは確かだ)
人権の無い大陸国に渡ったら、積極的に人体実験を繰り返しているだろう。人口が多いから、数千数万の人間が消えても報道すらされないだろう。
冷凍保存された富豪達も研究の成功をまっているかも知れない、少なくとも吉田さん達は今のも実験材料として保管され続けている。
ヤツの言うように、世の中には保存料や科学物質、除菌剤や殺虫剤、テフロンやフッ素知らず知らずに様々な物質を人間を含め多くの動植物が摂取している。
遺伝子操作された薬品に強い植物、ソレを喰って増える飛蝗。海に流れる処理された筈の化科学薬品と、空に上がって雨として落ちた薬。地面を濡らし、下水として川に流れて行く雨を見た事は無いか?
様々なモノを受け入れ、死体となった魚やプランクトンですら海底に溜め込み、冷たい深層浸水として科学変化をし続けているかもしれない。
海底火山の熱や落雷、海にはどのくらいの科学合成が行われているのか。
生物が海から発生したのなら。今、海の底では何か発生しているのだろうか。オレには恐くて仕方が無い。
ホラーが書きたかった、ジワジワ来るようなホラーが。
お化けとか妖怪なんて今はいない、本当に恐いのは人間の所行だ。
今自分がしている事、今世の中で起っている事、その中にSFのエッセンスを
一滴混ぜて見たかった。
かの文豪ラブクラフト先生、貴方は偉大だ、ボクのような人間にこんな発想を与えてくれた
貴方に深い感謝を。




