97話・修道女と子供
翌朝。私達は国境を越えた。その時に何かが起きたらしく馬車が急停車する。過去、似たような事例を思い出してハッとした。窓から外を見ると前方に護衛らが集い御者と話しているのが見えた。
慌ててこちらに侍従長がやってくる。
「何事だ? セルギウス」
「陛下。たった今、馬車の前に子供が飛び出して来まして……」
セルギウスの話だと、五歳くらいの男の子が馬車の前に飛び出して来たのだと言う。その後を修道女が追ってきたと言った。
「その子供はどうもこの近くの修道院の子供らしく」
「キルデア修道院か?」
「はい。その通りです」
ヴァンが馬車から降りようとする。私も後に続こうとすると、待っていていいと止められそうになったが、事の詳細が知りたくて後に続いた。
馬車の前で「ごめんなさい」と泣く赤毛の子供と、「申し訳ありません」と謝る女性の声がした。子供と修道女が見えた。
「陛下、こちらです」
「顔を上げよ。怪我はないか?」
「はい。かすっただけで怪我はしておりません」
慌てて陛下の登場に頭を下げた中年の修道女と子供に、イヴァンが促す。修道女が顔を上げると、イヴァンの顔色が変わった。
「ブリギットか?」
「はい。あなたさまは……? ヴァン?」
「ブリーさま。ブリーさま」
二人は互いを見つめあう。その姿を見て胸騒ぎのようなものがした。修道女は私よりもだいぶ年上に見えて、イヴァンと同じ世代のように思われた。そのブリギットの手を子供が引く。
子供が衣服の袖を引いたことで、彼女の目線がイヴァンから逸れる。イヴァンはまだ見つめていた。
「その子供は孤児院の子か?」
「はい。我が修道院で面倒を見ております」
「送っていこう」
「いえ、そこまでして頂く必要はありません。修道院はすぐそこですし」
「いや、送る」
断るブリギットにイヴァンは頑なだった。私は二人の仲が気になった。ブリギットが私を見たことで、イヴァンは側に私がいたことを思い出したように言う。
「王妃のレナータだ。レナータ、この者は余が辺境部隊に身を置いていたときに世話になった者だ。ブリギットと言う」
「ブリギットさま。イヴァンさまが御世話になりました」
「いえ。大したことはしておりません。あの頃、イヴァン陛下を始め、部隊の皆さまはこの国のために戦ってくださっておられましたから、その影ながらサポートさせて頂いただけです」
「キルデア修道院には御世話になった。負傷した兵らを手当してもらい、死の淵を彷徨っていた者らも無事に息を吹き返すことが出来た。あの時のこと忘れはしない」
「ありがとうございます」
イヴァンが辺境部隊に身を置き、国へ侵入を試みる他国と戦いを続けていた日のことを知っているらしかった。その頃、私は宮殿でラーヴルらの襲来を受けていた。
考え事をしていたら、イヴァンは古くの知り合いである修道女と子供を馬車で送ることにしたらしかった。




