96話・信じてやれ
「お母さまはお父さまを憎んでいたのかしら?」
「さあな。二人がどう思っていたかは本人じゃないから分からないが、信頼はしていたんじゃないか? 三人も子供を成すくらいだから」
父の取った行動は卑劣だったかもしれない。でも、母は父を悪く言うことはなかった。父に愛妾が出来ても自然と受け止めていたような気がする。
「愛には色んな形があるから、王妃さまは王妃さまなりに陛下を愛されていたのだろうよ。あの御方はなさぬ仲の愛妾が産んだ余を、己の子と分け隔てなく育ててきたくらいだからな」
母は王妃の見本みたいな人だった。イヴァンは聖母のような御方だと言ったけど、本心はどこにあったんだろう?
恋人と引き裂かれて父の元に嫁いだ。政略結婚に本人の意志は反映されない。今も私達、特権階者には平民のように恋愛結婚なんて許されないけど、母は元許婚だったラーヴルの事を愛していたに違いないのだ。
「以前ね、お父さまから聞いたことがあるの。ラーヴルにはカリスマ性があると。父は前将軍に対して嫉妬のような気持ちを抱いていたことがあるんだと思う。彼と並ぶと皆の目が王である自分よりも彼に向かうことを快く思ってなかったような気がする」
「王とは孤独だからな」
私の言葉にイヴァンは分かったような事を言う。でも、私が言いたいのはそんな事じゃない。
「お父さまは苦手に思っていたラーヴルの弱点であるお母さまを自分の側に置くことで、気を晴らそうとしたに違いないわ」
「レナ。父王陛下はそんなに卑劣な御方じゃない。あの方の政治手腕はおまえも認めていただろう? 陛下が何を思ってそんな行動を取ったのか分からないが、あの御方は個人的な感情で動く御方だったか?」
「いえ……」
イヴァンの発言で執務室にいた雄々しい父の姿を思い出した。父は頑固な人ではあったけど、臣下の意見も聞く耳はあった。
「信じてやれ。愛娘のおまえが信じないでどうする? 陛下はおまえの才能を認めて、前例のないことを推し進めようとしていたくらいだ。個人的感情で誰かを貶めるような卑怯な真似はされない。王妃さまにしてもそうだ。あの御方は最後まで陛下を信じていた。余はおまえとそのような信頼関係を築いて行きたいと思っている」
「ヴァン」
「亡くなった者を見て、感情を引きずられたか?」
イヴァンに言われてため息をつく。胸の中のモヤモヤを吐き出すように深呼吸をした。
「おまえの両親は誰がなんと言おうと素晴らしい御方だった。余はそう思っている。妄執に駆られた将軍が、簒奪行為に走ったのを止められなかったのを申し訳なく思っている」
イヴァンの言葉には後悔の気持ちが込められていた。そこで改めて私はイヴァンが父王亡き後、イラリオン兄上が王位に就いてから将軍が挙兵したことを今も悔やんでいるのだと分かった。
これまでに私が両親について発言してきたことは、彼を傷つけていたのではないかと思った。イヴァンは将軍が起こした行動によって王冠を被る羽目になった。心ない者達から簒奪王と揶揄されていたりするのだ。
兄や弟、そして前世の私を死なせて、王位に就いた形となった彼。彼が一番、この国の重みを背負っている。その彼を一時の感情で困らせてしまうことになる。自分はなんと矮小な存在なのだろう。
「ごめんなさい。ヴァン。私はあなたの気も知らずに……」
「いいんだ。気にするな。歯がゆいな。おまえの夢の中に将軍が出てくるなんて。余がいたらその場で切り捨ててくれるのに」
「もう出ないように抱きしめてくれる?」
「お安いご用だ」
イヴァンと向き合い、彼の胸に頬を押し当てたら、背中に彼の腕が回っていた。その腕は夢の中で子供の私を抱きしめてくれた父の腕に似ているような気がした。
「さあ、お休み。レナ。悪夢は余が引き受けた」
「ヴァン、お休みなさい」




