94話・引き裂かれた恋人達
あなたにはこの謎が分かりましたか?
自分の父親が二人の仲を引き裂いたとは言え、何も言えなかった。気の毒とは思うがうかつに声なんかかけられない。すると、私の手を取ってラーヴルは言った。
「殿下。私を慰めては頂けませんか?」
「何を言い出すの? 将軍」
「いけませんか?」
「血迷ってはいけないわ。あなたをお気の毒には思うけど、まだ許嫁に未練があるのならなお一層、武勲を立てて恩賞として彼女を返して頂いたら?」
私の発言が気に入らなかったのだろう、将軍は怒り出した。
「あなた方は我々を一体、なんだと思っているのだ。恩賞だと? あいつは物じゃない。それに武勲なら立ててきただろう? これ以上、何を望む? 私をいいようにこき使っているだけではないか。傲慢だな」
「ごめんなさい。言い方が悪かったわ」
「失礼する」
憤慨した様子を見せた彼はそれを隠そうともしなかった。一介の将軍が王女に対する態度ではなかった。
突如場面が切り替わった。双子の兄イラリオンと弟のアレクセイと子供の姿になって遊んでいた。宮殿内でかくれんぼをしている。
弟のアレクセイが鬼になり、イラリオンと忍び込んだのは父王の執務室だった。普段子供は入っていけないと言われていたが、勘の良いアレクセイにはどこに隠れてもすぐに見付かってしまう為、もう隠れる場所がなくなって、私達は父の執務室に忍び込んだ。
父王の執務室は綺麗に片付いていて机やソファー、一枚の絵画の他に何もない。絵画は私達家族の絵。弟のアレクセイが誕生したときの物で、椅子に座り赤子であるアレクセイを抱いた母に、それをいたわるような父が側に立ち、その横にイラリオン。そして私は母の腕の中のアレクセイを覗き込むように母の脇に立っていた。
絵画を見つめていたらイラリオンの急かすような声で我に返った。
「ソニー。はやく、はやく」
私はかくれんぼをしていたのだ。早く隠れないと、とソファーの下にかがもうとした時、絵画の裏から何か落ちてきた。
「なあに? これ」
「こら。いけない子だ」
「おとうさま」
そこへ後ろから声かけられてびくつきながら振り返ると、口で言うほど怒っていない父王がいた。
「ソニー。それを返してくれるかな?」
「はい」
父へ手渡すと「ここで遊んではいけないと言っただろう? と頭を撫でられ抱き上げられた。
そこへ「みーつけた」と、元気な声がしてアレクセイが飛び込んで来た。
「アレク」
「いいな。ねえさま。ぼくもだっこ」
「おいで、アレク」
父がアレクセイも抱き上げると、執務室の机の下に隠れていたイラリオンも姿を見せた。
「あ。ずるいよ。ふたりとも」
「リオンも来るか?」
父はニコニコ笑いながらイラリオンを手招く。
「ぼく、はいれないよ」
「とうさま。おろして」
父の両手が塞がってふて腐れるイラリオンが可哀相になって私は父の腕から降りた。
「リオン。どうぞ」
「ありがとう。ソニー」
イラリオンが満面の笑みを浮かべる。それを見て嬉しくなったけど、少しだけ寂しい。
「ソニー。かあさまがだっこしてあげるわ」
「かあさまっ」
父の執務室に顔を出した母が私を抱き上げてくれた。父の腕はしっかりして頼もしかったけど、母の腕はそれよりも細いのに温かみが感じられた。
「かあさま」
母のぬくもりに浸っていたのに、気がつけば私は傍観者になっていた。
ある屋敷の庭園の一角にある大木の下で、若い男女が向き合っていた。男性の方はラーヴルだった。女性はどこかで見たような女性だ。
「婚約解消って何故だ? 俺は納得していない」
「ごめんなさい。ラーヴル」
「きみは納得してないよな? これは上層部の方で勝手に決めたことだよな?」
「もう決まってしまったのよ。あなたにも分かっているでしょう? 陛下から我が家に打診が来た時点でお断りする事は出来ないわ」
若き将軍ラーヴルが、一人の女性の腕を掴み苛立っていた。
「こんな事、納得出来るものか。きみだって俺のことを好いていてくれたはずだろう?」
「好きよ。でも王命には逆らえない」
相手の女性はラーヴルの怒りに触れながらも、彼を想う瞳を逸らさなかった。
「くそっ。こんな事になるならきみをあいつに紹介なんてするんじゃなかった」
「ラーヴル」
「ふたりで逃げよう」
「出来ないわ。そしたらあなたは英雄でなくなる。あなたは逆臣になってしまう」
「俺はこんな事の為に命を張って頑張って来たんじゃない。きみの為に、名家のご令嬢であるきみに相応しい男になる為に生きてきたんだ」
「ラーヴル。ごめんなさい。わたくしが悪いの。どうぞ、わたくしを憎んで」
「きみはどれだけ酷い女なんだ。そんなこと俺が出来るわけがない。せっかく将軍という地位に就いたのに、きみは更に手が届かない女性になってしまった……」
「ラーヴル」
「行けよ。もう、二度と俺の前に姿を見せないでくれ」
「ラーヴル」
ラーヴルは縋る女性を振り払った。
「おまえのこと、愛していた。でも、今は憎くて、憎くて仕方ないんだ。そんな目をおまえに向けていたくない。分かったならさっさと行ってくれ」
女性は泣きそうな顔をして踵を返し「さようなら」と、言って立ち去った。ラーヴルは大木の幹に背を預け天を睨んでいた。
その場に残り絶望と怒りをない交ぜにした男の姿と、立ち去った女性の切なげな表情から目が離せなかった。




