93話・アニス
「そこで考えた。これはイラリオンとアレクセイとの総意でもある。わしの後はおまえが継いで王になれ」
「父上。でも、王女が王になったなんて前例がありません」
「ないならこれから作ればいい」
驚きのあまり目を剥くと、肩に手を置かれた。
「おまえならやってくれると信じている」
「父上」
父の目は誇らしげだった。ところが侍従長の発言でそれもすぐに終わった。
「陛下。もうじき昼餐の時間となりますが如何なさいますか?」
「もうそんな時間か。アニスに会いに行く。ソニア、もう戻っていいぞ」
アニスという聞き慣れない言葉。女性の名前みたいだが誰なのだろう?
不思議に思いながら廊下を歩いていると、将軍に出くわした。ラーヴル・アスピダ。勇猛果敢な男で戦いの中では敵陣に乗り込み、一人残らず殲滅すると評判の男だ。彼の率いる軍隊は皆、彼に憧れて軍隊入りすると聞いていた。
それだけ聞くと屈強な男に思われるが、見た目は評判とは違ってどこの貴公子かと思うような優男風なので、異性にも評判の良い男だった。
「将軍。お久しぶりね」
「ソニア殿下。お綺麗になられましたね」
「お世辞は結構よ」
お見合いの一件もあり、私は自分の見た目を恥じていた。将軍はふっと笑った。
「いえ、あなたさまはお美しい心をお持ちです」
「どうしたの? 将軍」
普段なら軽く挨拶を交わすだけの男が、何か悩みを持っているのか憂いているように思えた。
「私ごときに気をかけて頂けるなんて光栄です。殿下」
「何か悩みでもあるの?」
「はい。ずっと苦しんでおります。この思いに……」
「場所を変えましょうか?」
将軍が胸元を押さえる。これはただ事ではないと思った私は将軍を連れて空き部屋に入った。
「ああ。どうしてあなたさまはこんなにもお優しいのですか?」
「将軍、変よ」
「あなたさまは陛下とは違う」
ソファーに彼を座らせて向かいの席に座ると、彼はそのソファーから立ち上がって私の隣に来た。
「ソニア殿下。聞いて頂けますか? 私は陛下に許嫁を奪われたのです」
始め私は、将軍が言っていることが分からなかった。父王が将軍の許嫁を奪った? 呆然としていると将軍がヒントをくれた。
「彼女は陛下付きの女官としてお側に上がりましてございます。陛下のお手がつき今は愛妾となっております。五歳の子もおります」
「アニスってあなたの?」
「はい、親に決められた仲ではありましたが、お互い幼い頃から思いを育んで参りました」
「そうだったの……」




