90話・似た者同士なのかも知れない
拗ねてみせると、イヴァンが申し訳なさそうな目を向けてくる。長いこと馬車に揺れているせいで欠伸が漏れた。
「少し寝るか? 着いたら起こしてやる」
「お言葉に甘えようかしら?」
イヴァンが肩を貸してくれるようなので、その肩に頭を乗せる。
「余が子供の頃は、王妃さまが馬車の中で眠くなるとこうして肩を貸してくださった」
「今度はそれを私がしてもらっているのね」
イヴァンが懐かしむように言いながら、私の頭を撫でる。亡き母を思い切なくなった。父とは政略結婚でもそれなりに良好な関係を築き、愛妾が産んだ子供も大事に育て上げた母は何と偉大なのだろう。
もし、仮に私がそうなったならどうするだろう? イヴァンが他の女性を愛したら? その女性との間に子供が生まれたら?
子供には罪が無いと、面倒を見切れるだろうか?
私には到底無理だ。イヴァンが他の女性と懇意となったなら嫉妬してその場に乗り込みそうだ。自分には苛烈な部分があるし、黙ってはいられない。
下手すると浮気をしたイヴァンはもちろんのこと、相手の女性も酷く傷つけないと気が済まないような気がする。
「私って駄目ね。お母さまのようになれない」
「余も無理だな」
「イヴァン……?」
眠気に誘われそうだったのに、その言葉で一気に目が覚めた。
「もしもおまえが……と、考えることがある。おまえが余以外の男に惚れて抱かれることにでもなったなら平気ではいられない。その場に乗り込んで相手の男を殺しかねないような気がする」
「いま私ね、同じようなことを思っていた。私とあなたって似ているわね。姉弟だし、叔父と姪の仲だからかしら?」
「いや、きっと運命の相手だからに違いない。転生した姉上が今は余の妻となっているなんて滅多にないことだろう?」
「そうね。神さまの存在を信じたくなるほど不思議な縁よね」
イヴァンにもう寝ろと言われて、頭を肩へと倒された。
「余にとって、おまえは唯一の存在だ。誰も代わりにはなれない」
「イヴァン」
「これから二人の間に何かあったとしても、余の気持ちは疑うなよ」
「それはイヴァンの方よ」
二人で顔を見合わせて笑う。二人とも似た者同士なのかも知れないと思った。
しばらくして馬車は国境沿いの宿場街に着いた。街灯で照らされた宿屋が居並ぶ中、私達が身を寄せたのはその中でも奥まった場所に佇む大きな赤レンガの館だった。
「着いたぞ」
イヴァンの声でうたた寝していた私は顔をあげた。彼の肩を借りていつしか船をこいでいたらしい。
「ん……? もう着いたの?」
「眠そうだな」
イヴァンに抱き上げられて馬車から降りると、部屋まで運ばれていた。




