86話・醜女で悪かったわね
「なあに。ソニア王女に憧れていたのは私だけではないさ。マリー、きみの伯母様も憧れていらしたよ」
「伯母様って、テレサ王妃さまが?」
「ああ。伯母上は思っていることの半分も口に出せずに飲み込んでしまう人だったから、ソニア殿下のように物申す姿勢に羨ましいものを感じていたようだ」
「そんなことあるか……!」
「何か? ギヨム陛下?」
テレサ王妃とはギヨムの妻である亡き王妃の事だ。フィリペの言葉に異議ありとでも言いたそうなギヨムを睨み付けてやれば、皆も怪訝そうに見たので「あ。いや……」と、ギヨムは口ごもった。
「亡き王妃さまも言いたいことをお腹に貯めずに言ってしまえば良かったのに。そしたらこのように早くお亡くなりになることもなかったでしょうね」
「ええ。非常に残念な事です」
私の言葉の後をフィリペが引き継ぐ。
「姉上はソニア王女を崇拝していました。領民の為に私財を投じるなんてなかなか出来ることではないと感心していました」
「フィリペさまは随分と詳しいのですね? 誰からソニア王女の話を聞きましたの?」
フィリペは一時、船員達と保護されていた。ソニアだった私は自分がしてきたことを話した覚えもないし、彼らの体力が回復すると、新しい船を用意して国元に帰してあげたけど、それからは全く交流なんてしていなかったし、どうしてソニアのしてきたことまで知っているのだろう?
「領民からです。領民達は今、自分達が飢えることなく生きていけていけるのは自分達の王女さまのおかげなのだと誇らしげに語ってくれましたよ。そして憤慨もしていました」
「憤慨?」
フィリペは、ソニア王女は領民に大事に思われていたと語った。
「お爺さんや、お婆さん達は、自分達の事を思いやれる心優しい王女さまの為に、素敵な王子様を紹介してくれないかと我々に言っていました」
「嫁ぐ相手もなくて、領民から同情されていたのか。哀れな奴だな」
フィリペの言葉に温かみを感じていると、横から余計なことを言う奴がいる。
「失礼な」
「別にレナータどの。あなたのことではないぞ? 醜女のことだ」
「私の伯母のことです(前世の私だけど)」
ソニアを馬鹿にするギヨムを張り倒してやりたい。醜女、醜女って。悪かったわね。拳を握りしめているとその手の上からイヴァンが握りしめてきた。
「余もレナもソニア王女のことは敬愛している。余計なことは言わないでくれるか? 王よ。この国は自然に恵まれて環境に良いから無駄な兵の強化合宿地に使いたくないものだ」
おまえの言葉次第では兵を差し向けるぞとイヴァンに見据えられて、ギヨムはすくみ上がった。フィリペも冷たい目をギヨムに向けた。
「領民達は心優しい王女には、彼女のことを見た目で馬鹿にすることなく、心から大事にしてくれる頼もしい王子はどこかにいないかと言っていました。自国の王女さまがお見合い相手に醜女だと馬鹿にされて駄目になった話は領民達にも伝わっていて、皆が憤っていましたよ。あんなに領民思いの王女さまを馬鹿にした王子が目の前にいたのなら、鍬で殴ってやりたいと言っていましたね。ここまで自国の民に愛される王女さまもそうそういないでしょうね」
物騒な話ですがと、フィリペが微笑む。ギヨム陛下に無駄にクロスライト国は刺激しない方が良いですよ。と、釘をさしていた。




