85話・マリー王太子妃の叔父
「マリーさま」
「何か深刻なお話の最中でしたか?」
「いえ。特には……」
目の前のギヨムと、隣にいるイヴァンを窺えば二人とも目線で牽制しあっているように見えた。マリーは不穏な空気を読み取ったようだ。でも、連れの男性のことで何か言いたそうにしている。
「あの、今ここでソニア殿下のお名前が聞こえたような気がしたものですから。もし良かったらこちらの男性を紹介させて頂いても宜しいでしょうか? クロスライト国王さま」
「もちろん構いませんよ。そちらの方は?」
マリーに聞かれてイヴァンは愛想良く返した。今までギヨムに対して向けていたものより遙かに優しい対応だ。ギヨムは大人しくしている。
「こちらはわたくしの叔父のフィリペと申します。建築家をしております」
「お初にお目に掛かります。イヴァン国王陛下」
「もしや、あなたがエクセリン国のアドラー公爵か? 宮殿建築の権威の?」
フィリペがお辞儀をすると、イヴァンが目を見開く。エクセリン国は王太子妃の祖国だ。イヴァンは心当たりがあるようだった。
「機会があったらぜひ、貴殿に会いたいと思っていた。まさかこの国で会うことになろうとは思わなかった」
「それは光栄にございます。私もクロスライト国王にお会いできるのを楽しみにしておりました」
イヴァンはフィリペと握手を交わす。それを見ていたギヨムは面白くなさそうにしていた。
「貴殿の建築技術は素晴らしいものだと聞いている。一度、視察でエイトール国へ行ったことがある。そこで貴殿の手がけたルーカス城を拝見した。交差する階段や、空中庭園は素晴らしかった。どこか物語の世界に入り込んだような幻想的な城がそこにあった」
「お褒めに預かり光栄です。今の私があるのは全てソニア殿下のおかげなのですよ」
「義姉上が?」
思わずといったようにイヴァンが私を見た。私も見返した。何だろう? 気になる。
「私は十五歳の頃に乗っていた商船が大嵐で流され、船員と共にある浜辺に打ち上げられた事があるのです。そこでソニア王女に助けて頂きました」
その言葉で何となく思い出した。私が二十二の時だ。父王に宮殿に呼び戻される三ヶ月ほど前のこと。大嵐に見舞われてその嵐が過ぎ去った後、浜辺に他国の商船が打ち上げられたことがあった。
領民が大慌てで教えに来て、皆の助けを借りて浜辺に打ち上げられていた船員達を近くの教会まで運んだことがあった。
皆命に別状はなく、怪我と衰弱に見舞われていたので、領民達と交代で彼らの世話に当たった事があった。確か女性達が主に面倒を見てくれていた気がする。
その中に愛想が良い十代の少年がいて、船員を始め、面倒を見ていた者らも可愛がっていた。
「ソニア王女は素晴らしい御方でした。自分のことなど後回しで、常に他の者達のことを先に考えていたように思います」
フィリペが思い出すように言う。その言葉の後にマリーが言った。
「アドラー公爵に会うといつもソニア王女の話題が出ますの。叔父様はソニア殿下に憧れていたのですよ」
「あの女に? 物好きな」
そう呟いたギヨムを、その場にいた皆が険しい目で見た。ギヨムは何も言えなくなる。




