83話・私を失望させないで
そして滞在最終日の前日。宮殿の夜会に招かれてイヴァンと共に出席していた私は、踊り疲れてバルコニーにいた。イヴァンは飲み物を取りに行き不在だった。
「クロスライト王妃、楽しんでおられるかな?」
「ギヨム陛下」
その私に声をかけてきたのは長年の宿敵、いや、前世の旧敵だった。
「はい。楽しんでおりますわ。陛下」
「それは良かった。この間は気分が優れなかったようだから気になっていた。クロスライトの秘宝とも称される美しいあなたと二人きりで話がしたいと思っていたのだよ」
「二人きりはお断りいたしますわ。幾らこの国で太陽王と讃えられている陛下相手でも、ルシア王女とそう年齢の変わらない私には荷が重すぎますから」
ルシアの名前を出すと、陛下は詫びてきた。
「あれが大変迷惑をかけた。済まなかった」
そう言いつつ、私の手に触れようとしてくる。その神経が信じられなかった。扇で払いのけるとあ然とした顔を向けられた。
「王妃?」
「陛下ご存じかしら? 夫のイヴァンは嫉妬深いのです。あちらからこちらを見ていますわ」
そう言って扇子を閉じてバルコニーの外へと目を向ければ、ギヨムはぎょっとしたようだった。
「我はただ、あなたが王太子妃と親しく交流していると聞き、我もそのようにあなたと親しい仲になりたいと……」
「いけませんわ。陛下。私には結婚したばかりの夫がいますので、皆さまに誤解を受けるような態度はお断りさせて頂きたいですわ。それに私はあなたさまの王孫王子と一つしか年が変わりません。孫のような年頃の私では陛下の好むような話題すら提供できないと思いますし」
「誰も誤解なんてしないさ。我が国では既婚者ならば異性同士でいても問題にはならない」
やんわりとギヨムからのお誘いを断ろうとしているのに通じないようだ。なかなかに厄介だ。
「我が国では既婚者が伴侶以外と共にいたら良く思われません。お誘いをかけるような事も認められていませんわ」
「ここはフランベルジュ。王妃、そのように真面目に受け取ることもあるまい」
「私を失望させないで下さい。あなたさまは見目が良い女なら誰でも良いのですか? 自分の懐にどれだけ女を囲えば気が済むのですか?」
私が彼の言動を非難すると、ギヨムは顔を顰めた。今まで女性に断られた事がなかったのだろう。私に相手にされてないことも気に障ったようだった。
「可愛げの無い女だ。せっかくこの我が声をかけてやっていると言うのに」
別に声をかけてもらわなくともいいのに。こっちから願い下げだ。ギヨムは片眉を上げた。
「あなたは賢しい女のようだな。そのような言い方は良くない。男を小馬鹿にしているように聞こえる」
「気分を害されたのなら謝ります。すみません。ソニア殿下のような物言いに聞こえましたか?」
自分のような先進国の王から言い寄られているのだから、そこは黙って好意を受けるのが当然だろうと言う男に腹が立つ。今、この国は危ういところに来ていると言うのに。王太子妃はそれを嘆いていて、近々自国に帰ると言っていた。
王は国の危機に気がついていない。お目出度いことだ。ギヨムを睨むと、ようやく気がついたようだった。
「ソニア? あ、そなたは確かソニア王女の弟の娘だったな?」




