80話・ブンブン煩い蜂は巣箱にお帰りなさい
養育係のタラーリは頭を抱えていた。
「お下がりなさい。あなたは呼んでいません」
マリーが同席までは認めていないと言うと、タラーリが「さあ、マルタさま。参りましょう」と、促す。
それにマルタは酷いと言い出した。
「マリアさまはわたくしがお嫌いなのね? お客様の前でまでそのように言うなんて」
「それは当たり前の事ではないかしら? どこかおかしいかしら?」
「王妃さま。この御方は意地悪な御方ですのよ。いつもこうして陛下や殿下の寵愛を受けている私を目の敵にしていますの」
マルタはマリーを詰り、私の同情を得ようと話を振ってくる。娘だけではなくおまえもか。私は前世でもそうだけどこのような部類の女は大嫌いだ。害虫にしか思えなかった。
「マリーさま。今日は蜂が煩い日ね。このようにブンブン飛び回って目障りで仕方ないわ。蜂なら大人しく巣箱に収まっていれば良いものを」
私の蜂という指摘にマリーは何を揶揄しているのか気がついたようで口元を手で押さえる。周囲の女官達からもプッという笑いを抑えたような声が上がった。
たった一人だけ意味が分からないようにぽかんとしていたマルタが、皆の反応を見て自分が馬鹿にされたと察したらしい。
「酷いですわ。王妃さままで。このマリアさまに何か吹き込まれたのですね?」
あくまでも自分は悪くないと言いたげなマルタの様子に苛立った。
「あなた、マルタとかおっしゃったかしら? 随分と面の皮が厚いのね? まず私に謝罪はないのかしら? あなたの娘さんには夫が言い寄られて大迷惑なのよ」
「申し訳ありません」
「本当に申し訳ないと思っているの? あなたの娘さんがしでかした事を陛下は激高されていたわ。あの人、自分の時間をよそ者に邪魔されるのが大嫌いなの」
「それは知らずに失礼致しました」
私が強気で言ったことで、マルタは娘のしでかした事に今、気がついたように頭を下げてきた。それがあざとく感じられてますます腹が立ってきた。
「それに私のことを、あなたはどこの馬の骨とも分からないと娘さんに言っていたとか?」
「そんなことをマルタが言っておりましたの? 重ね重ね申し訳ありません」
事情を知らないマリーまで頭を下げてくる。
「いいえ。これはマリーさまに謝ってもらうことではありませんわ。きっと今頃、イヴァンはこの者の首を差し出せと陛下に言っていることでしょう。我が国なら王族を侮辱した時点で首と胴体は繋がっておりません。この国は対処が甘いとイヴァンが激高していることでしょうね」
「どうかお許しを。私はそんな意味で申し上げた訳ではないのです」
「ではどんな意味かしら?」
「以前、夜会で王女タマーラさまと出会い、親しくさせて頂いておりましたの。そのタマーラさまは自分以外にクロスライト国に王女はいないと言っておられましたし、イヴァン国王は素性の知れぬ貴族の娘を贔屓していて、その娘を王妃にまでしたと言っていたので……」
「つまり詐欺師タマーラに騙されたと?」
「タマーラさまは詐欺師ではありません」
マルタは許しを請いながらも、自分は悪くないと思い込んでいるようだった。この女性はあまり賢くないらしい。
詐欺師の言うことを信用するなんてと呆れたように言えば、マルタは私を睨み返してきた。頭が痛い。




