76話・予期せぬ訪問者
それから数日の間、イヴァンと森を散歩したり、宮殿の中を探索して過ごした。そんなたわいもない時間をイヴァンと過ごせることに幸せを感じていた所に、再びあの王女がやってきた。それも想像してなかった方法で。
その日は朝のうちは晴天で急に午後から雲行きが怪しくなり、雷鳴と共に大粒の雨が降り出した。
「雷か」
「綺麗」
イヴァンに背後から抱かれて、窓から稲光と雷鳴を観察していたら、廊下の方が騒がしくなった。ワー、キャー女性の騒ぐ声がする。
「誰かしら?」
「騒がしい」
クロスライト国でも雷は良く鳴る。その為、女官を始めとした女性の使用人達は落ち着いていて、滅多なことでは騒ぎ立てない。
静かなはずの廊下が騒がしいのは何事だとイヴァンが眉を顰めた時だった。ばあんっと派手な音を上げ、ドアが開かれた。
「小父様!」
今日はピンク色のお召し物を着た王女が立っていた。後ろには「殿下。いけません。帰りましょう」と、促すタラーリが続く。
「嫌よ」
こちらへ近づこうとした殿下の声に雷が重なった。
「キャアーッ」
その場でうずくまる殿下。ルシアは雷が苦手のようだ。その殿下に近づこうとする王女付きの近衛兵。
「来ないで。小父様っ。小父様!」
「何だ? 煩いな」
「小父様?」
助けを求められたイヴァンは面倒くさそうに返事をする。その態度が信じられないと顔を上げた彼女は私を睨み付けてきた。
「小父様は何をしていらっしゃるの?」
「妻と雷を見ていたが?」
「わたくし、雷が怖いの」
「そうか? あんなにも綺麗なのにな」
ルシアは庇護欲を誘うような目でイヴァンを見てきた。イヴァンは彼女の見ている前で、私の耳にキスをする。
「あ。イヴァン」
「夫婦水入らずの所へ、入り込んできた害虫など目障りだ。放って置け」
「小父様。酷い。わたくしを害虫なんて。わたくしは雷が苦手なの。慰めてよ」
「他の者に頼め。余はレナから離れたくない」
イヴァンはぞんざいな扱いをしたが、ルシアは懲りないようだ。
「こんな時は、お祖父さまや、お父さまならわたくしを抱きしめて下さるわ」
「では父親の元へ向かえばいいだろう」
私はルシアの言葉を不思議に思った。イヴァンは平気で流している。きっと彼は面倒事を避けようとしているだけだろうけど。
「ルシア殿下。さあ、宮殿に戻りましょう。王太子殿下や陛下が心配されます」
「嫌よ」
タラーリがルシアの手を取ろうとすると、それを払いのけられた。
「殿下」
さすがにルシアの我が儘に我慢ならなくなったのだろう。目をつり上げたタラーリの後に「失礼するっ」と、飛び込んで来た者がいた。




