75話・二度目はないぞ
彼女は一目で私とイヴァンの素性を察したようだ。それか仕えているルシア殿下が、しでかした事で気がついたのかも知れないが。
「これはクロスライト国王陛下、妃殿下。大変お騒がせ致しました。わたくしはタラーリ。ルシア殿下の養育係をしております。この件につきましては改めてお詫びに参ります。御前を失礼致します」
タラーリと名乗った女性がその場で深々と頭を下げる。謝罪して背を向けると、イヴァンが呼び止めた。
「おい、ちょっと待て」
「はい」
「あれの養育係? あれとあれの母にしっかり礼儀を教えておけ。このレナータは余の妻である。どこぞの馬の骨ではないと。二度目はないぞ」
「はっ、失礼致しました」
イヴァンの鋭い目線に圧されたようにタラーリは頷いた。彼は相当、腹に据えかねていたようだ。
私は前世でも今生でも身元はしっかりしている。彼女らにどこぞの馬の骨と馬鹿にされる要因はないはずなんだけど。どうしてルシアの母はそんなことを彼女に吹き込んだのかしら?
イヴァンの怒気に触れ、青ざめて帰って行くタラーリを見て思った。
彼女のおつむの弱さをイヴァンは気にしていたようだけど、私は彼女の病的なほど青白い肌も気になった。
「イヴァン。ルシア殿下は慢性の何か病気でも抱えているの?」
「見て分かったか? この国の王族達は近親婚を繰り返した結果、遺伝性疾患を抱えている。ルシア殿下も見た目は普通そうだが、話してみて分かっただろう?」
「遺伝性?」
「ああ。母親は先代王弟の庶子だったそうだ。ルシア王女は頭と体の一部に現れたようだ。相手の気持ちをくみ取ることが苦手で、自分の欲求ばかり相手に押しつけてくる」
「お世話係が大変そうね」
「だが、王女であるから周囲に面倒を見てもらえるという利点もあるぞ」
お世話係のタラーリも大変そうだ。本当なら親が子を窘めるのが一番なのに、その親がこの国の王であり、母親が寵妃ということもあって、王女の養育は彼女任せのようだ。
あの様子では、ルシア殿下は言うことを聞いてなさそうだし、この先が思いやられる。
確かにああいう娘が一般家庭にいたら家族が振り回されて大変だろう。
「それにしても随分と気に入られたようね?」
「嫉妬か?」
「違うわよ」
そう言いつつも、イヴァンにあの娘が抱きついたと思うと胸がムカムカしてきた。
「おいで。レナ」
イヴァンがくすりと笑って両手を広げる。遠慮なくあの中に体を寄せると、抱き寄せられた。
「消毒だ。ここはレナ専用だからな」
「ヴァン」
つむじにキスが落ちた。
「余はレナが愛おしくて、可愛くて仕方ないんだ。時間がある限りおまえを愛でたい」
「ヴァン、そういうのは人目がないところで言ってくれる?」
側に女官や護衛の者達もいるのに? と、言えば「誰も見てないぞ」と、言葉が返ってきた。周囲を見れば女官や護衛達がこそこそ離れていくのが見えた。




