74話・王女ルシア
イヴァンは少女が勢いよく抱きついてきて、どうにか受け止めた体でその少女を地の上にと丁重に戻した。
「小父様?」
「突然で驚いた。ルシア殿下。どうしてこちらに?」
「だって小父様にここに来れば会えると教えてもらったのよ」
イヴァンと少女は知り合いのようで、二人の間に割って入ろうとした護衛兵や、女官達は戸惑っている。でも、私には見当がついていた。少女の金髪や、青い目。そして美しい顔がこの国の陛下にそっくりであることから彼女は、昨晩イヴァンの話していた例の陛下の末娘に違いなかった。
「レナータ、おいで。紹介しよう。こちらはこの国のルシア王女殿下だ。ルシア殿下、こちらは余の愛妻であるレナータです」
「陛下の奥さま? 随分と若いのね? 私と同じくらいの年?」
「レナータは殿下よりも四つ年上ですよ」
「ふうん」
少女は驚きの声を上げながら、私をチラリと一瞥し、イヴァンを見た。何だかその態度に良くないものを感じた。
「陛下から聞いていませんでしたかな?」
イヴァンがよそゆきの顔で対応している。口調もフランベルジュ風に合わせたのか丁寧なものにしていた。
「ああ、そう言えば聞いていたかも。どこの馬の骨か分からない女を妻に迎えたようだと、お母さまがおっしゃっていたわ」
どこの馬の骨ね。一応、クロスライト国の亡きアレクセイ殿下の娘ですが何か? 母娘共々失礼な。
彼女の言葉に、私付きの女官も不快な様子を見せた。
「どこの馬の骨ではありません。レナータはクロスライト国の王女です」
「ええ? この人、王女さまなの? 小父様とどういう関係?」
イヴァンはこめかみをピクピクさせていた。彼はこういうタイプの女性は苦手だ。言葉を選んで話しているのが良く分かった。
「それは陛下にでも詳しく伺って下さい」
イヴァンはこの場にいないギヨム陛下に丸投げする気だ。顔には早く帰れと書かれていた。ご本人は分かってないようだけど。
「ねぇねぇ、小父様。今回はゆっくり滞在されるのでしょう?」
「まあ……」
「じゃあ、わたくしもこちらに来てもいい?」
「それはお断り致します」
「えー、なぜ?」
「余は妻のレナータを愛しているのです。レナータとの時間を大切にしたい。新婚なので、この一分一秒も無駄にしたくないのですよ。ですから邪魔されるならご遠慮頂きたい」
「邪魔なんてしないわ。わたくしはただ……」
「あー。ルシア殿下。見つけました!」
イヴァンに言い寄ろうとするルシアはそこへ入ってきた声の主を見て逃げだそうとしたのを、その者が連れてきた女性近衛兵二名に囚われて無駄に終わった。
「殿下。診療の先生が来ると言うのにこちらへ逃げ込むなんて。道理でなかなか見付からないわけです」
殿下の後を追い掛けてきたらしい、焦げ茶色した髪を頭の上で一つにまとめた眼鏡をかけた中年女性が、はあはあ肩で息をしながら言った。
「殿下。観念なさいませ」
「いや、離してったら」
「リリー。殿下を馬車へ」
「はっ」
ルシア殿下はひょいと、女性兵に担がれて退散して行く。どういうことなのかしら? と、彼女らを見ていたら、眼鏡の女性と目が合った。




