73話・白いドレスの少女
イサイ公爵はイヴァンの腹心だから裏切りとは縁遠いとは思うが、宰相については読めない人物だ。現宰相はアッシュブロンドの髪に琥珀色の瞳をした人物で、穏やかそうな亡き長兄イラリオンの元学友で、父親が宰相をしていたので後を継いだ経緯があった。
有能な人だとは思うが、前世も今生でもあまり私とは交流がないので、どんな人物なのか分かっていない。
出会えば挨拶くらいはするがそれだけだ。彼はイヴァンとは政務のことで話はしているようだけど、一抹の不安はある。
「安心しろ。手は打ってある」
「イヴァン」
力強く言うイヴァンを疑うわけではないけれど、人生何があるか分からない。用心するにこしたことはないだろう。
ふと心安らぐ香りに浸りながら、自分もイヴァンに頼りきりではいられないような気がしてきた。
翌日。セルギウスに勧められて数名の供を連れてピクニックに出た。イヴァンと二人きりでいられるのはこの滞在中だけだ。
普段は宮殿の同じ屋根の下にいても昼間はお互い、あまり顔を合せることもないし、この旅行でイヴァンとの二人の時間を満喫したい私にとって願ってもないことで、一もニもなくその提案に飛びついた。
食事は護衛兵が運んでくれて、シートなどはお供についてきた側付きの女官達が用意してくれた。森の中を抜けると開けた場所に出る。
私達の姿を見かけてなのか、挨拶でもするように頭上で小鳥が囀って飛んでいくのを見た。
「空気がいいわね」
自国のクロスライトも空気が澄んだ場所に宮殿はあるし不満はないけど、ここの空気は自国とはまた違った森林の香りを含んだ心地よい風が通り抜けるのが気持ちよかった。
「天気もいいし、普段の行いが良いおかげだな」
「まあ、イヴァンたら」
うふふと女官達と笑い合っていると、「小父様──」と、遠くから少女の声がしてきた。
「誰かしら?」
ここはフランベルジュ王家所有の場所。他国の者とはいえ、私達は許しを得てここにいるが、一般市民が入り込んだのだろうか? もし、そうなら注意しないといけないかしら? などと暢気に考えていたときだった。
脇の茂みから一人の少女が顔を出したのだ。白いドレスを着た彼女は金髪に青い目をした綺麗な顔はしていたが、体が非常に痩せていた。私が昨日イヴァンと庭園を見ていたときに視界をかすめた存在だった。
彼女は一目散にこちらに向かって駆けてきた。
「あなた、この間の!」
「何者ですか? 止まりなさい!」
「誰の許可をもらってここにいるのです?」
「あなたはどなたですか?」
少女は立ちはだかる私や女官の脇を通り過ぎ、なんとイヴァンに抱きついていた。護衛兵が「離れろ」と、少女の肩に手を伸ばすと、それをイヴァンが止めた。
「止せ」
「……!」




