70話・この続きはあとでね
「レナ。着いたようだぞ」
「え。あ……」
いつの間にか馬車の揺れは収まっている。イヴァンの声に起こされて目を覚ました私は驚いた。
湖畔に立つ白い白亜の宮殿が私達を出迎えていた。「まあ、素敵」
宮殿は中庭を囲むように回廊が巡らされている。中庭にある噴水には二頭の獅子の像があって、水場を覗き込むような姿勢で置かれていた。
回廊を花々の香りを乗せた風が通過する。風通しの良さそうな離宮を一目で気に入った。
「後で散策でもしようか? レナ」
「今、しましょうよ。ヴァン」
丁度侍従や、女官達が荷物を部屋へと運び込んでいる事だし、待たされるぐらいなら離宮内部を探索もいいかもしれないと言えばイヴァンは拒まなかった。
「素敵な所ね。小さな場所だけどのんびりするにはいいわね」
「これでふたり水入らずだな」
普段の生活の中では使用人達が必ず付き従い、自分達だけになることはまずない。執務に追われるイヴァンと二人きりになれるのは閨の中だけ。
移動中も馬車の外には警備の者達がいたし、ここに来るまで誰かしら私達の側に誰かいた。
恐らく今だけお目こぼしだとしても、このこぢんまりとした宮殿内と限られた場所でも、昼間から二人きりになれるのは嬉しかった。
湖の側で二羽で飛び交う青い鳥が見える。
「イヴァン。見て。あそこに綺麗な鳥がいるわ」
「オオルリだな。幸せの青い鳥とも呼ばれている。ここにしか生息していない鳥だ」
「綺麗ね。まるであなたの瞳の色を宿しているみたい」
その鳥は頭から背中まで青い色をしていて、お腹の部分が白かった。陽の下で飛ぶと白い部分が緑色にも見えた。
「ツイているな。幸運の象徴に出会えるなんて」
「なんだか嬉しいわ」
「ようやく年月をかけて結ばれた仲だからな。神さまが祝福しているんだろう」
その言葉にイヴァンの顔を見つめてしまった。
「何? 顔に何かついているか?」
「ううん。あなたもそのようなロマンチックな言葉を言うこともあるんだと思って」
「珍しいか? 余は幸せを実感している。喪ったと思っていたあなたが戻って来て、いま腕の中にいるんだ。」
浮き足だってしまうのは仕方ないだろうと囁かれて、頬にキスを受けた。
「私もあなたとこうなると思ってなかったけど、とっても幸せよ」
「レナ」
「イヴァン」
イヴァンに見つめられて、彼の青緑色の瞳がすぐ目の前に……と、思ったら軽い咳払いが聞こえた。
「ゲラルド」
「陛下。お部屋の支度が調ってございます。……妃殿下と共にどうぞ」
「そうか。レナ。行くぞ」
咳の主と目が合い、良いところで邪魔をされたイヴァンが苛立ちを含んだ目線を投げかけると、ゲラルドがそれに圧されながらも言った。
最後の言葉で気をよくしたイヴァンが私の腰に腕を回してくる。その時、私は視界の隅に白い帽子のようなものが入り込んだような気がした。
「ヴァン」
「どうした?」
「あそこに誰かいる。今、白いドレスを着た人が……」
「気のせいだろう。ここは王家所有の離宮だ。余達以外、誰も入り込めないようになっている」
「そうなの? でもいたのよ。あそこに」
私が気になって指をさすと、その手を取られた。
「他のことなどどうでもいい。おまえは余だけ見ていれば良いんだ。今なら一日中余を独占出来る特典付きだぞ」
「イヴァンたら……」
イヴァンに抱きつこうとしたら、困惑顔のゲラルドと目が合った。彼の存在を忘れていた。
「あの、イヴァン。続きはお部屋に戻ってからね」
「今日のおまえは積極的だな。そんなおまえも悪くないが」
そう言いながらも、ゲラルドと私を見てイヴァンは笑った。




