7話・無教養の娘
陛下は玉座に肘をつくと、頬杖をついて脇に控えている侍従長に訊ねる。
「セルギウス。あの日のことを覚えておるか?」
「はい。覚えております。陛下はレナータさまに視察の様子を話して聞かせたいと執務室に招かれお話しされました。その時に真珠の耳飾りを贈られ、レナータさまは陛下のお話が長くなった為に退出時にお土産の真珠の耳飾りをお忘れになられました。それを陛下が後を追われて渡しに行かれました」
生真面目なセルギウスは、正直者として皆に知られている。誰も彼の発言を疑わなかった。周囲もでは「王太子殿下の勘違いだったのか?」と、囁きあう。意気揚々としていた殿下は「そんなはずでは……」と、呟く。
陛下はこのままでは埒があかないと思われたのか、今夜の夜会はお開きとなり、私達は別室で話し合う事となった。
「ヨアキム。残念だったな。裏でイサイ公爵とコソコソ繋がっているようだと思えば、余の失脚を企んでいたのか?」
「とんでもありません。僕はただ……このアリスを妻に迎えたかったのです。父上と噂のあるようなレナータよりも清純なアリスが王太子妃に相応しいと思って」
「ほほう。その女を王太子妃にか? レナータよりもそなたの方が不貞を働いているようだが? それに対しては何も思わぬのか?」
応接間でテーブルを挟み、上座の席に陛下。向かって左側の席に殿下とアリス。右側の席に私がついた。
どっぷりと椅子に深く身を預けて座っている陛下は、アリスを頭の天辺から足のつま先まで眺めた。アリスは陛下に睨まれてすくみ上がる。その彼女をヨアキムが抱きしめる。
「それをあなたが言われますか? 父上」
「父上ではない。陛下だ」
「陛下。僕はレナータを王太子妃になど認めるわけには行きません。このアリスがなるべきです」
「それはならぬ。王太子妃はレナータと決まっているのだ」
「何故ですか? そんなにも母上に似た僕が憎いのですか?」
ここでもし、ヨアキムが自分の失態を悟って自分の勘違いでしたと認めたなら事態はそう悪くなっていなかったかも知れない。でも、彼は陛下が触れてこなかったパンドラの箱を開けるのに手を貸してしまった。
「おまえのことは何とも思っておらぬ。もともと関心がないからな」
「父上!」
「それって酷くないですか? 実の息子でしょう?」
要らぬ声をあげたのはアリスだった。陛下の冷たい目線が声の主に向かう。
「何だ、この娘は?」
「私はアリスです。先ほど殿下が紹介されたと思いますけど?」
陛下はそういうつもりで言ったのではないけどと思ったけど、親切丁寧に教えてやる義理もないので放っておく気だったのに、陛下が聞いてきた。
「おい、レナータ。聞いたか? この娘、余が話しかけてもいないのに自ら口出ししおった。平民か?」
「私は平民ではありません。あ、でも母がそうで……、父のお屋敷で働いていたんですけど、父と愛し合うようになって、それを知った正妻さんから屋敷を追い出されたんです。でも、寂しくはなかったですよ。父は時々、私達の元を訪れてくれていたし、邪魔な正妻さんがなくなってすぐに母と私を迎えにきてくれたので」
聞いてもいないのに自分語りを始めたアリス。陛下は呆れ、殿下は小さくなっていく。
「陛下。彼女はこのような物言いしか出来ないようです」
「そのようだな」
無教養の者に何を言っても通じる気がしないと言えば同感だと声が返ってきた。
「ヨアキム。おまえはこのような娘が王太子妃になれると本気で信じているのか?」
「……」




