69話・拗ねるなよ
翌日。私達は湖水地方にあるというステラ離宮へ向かった。湖水地方はのどかな片田舎にあって、緑の森が広がり、美しい湖が点在する素敵な土地だった。
王都という人も多く賑わう騒がしい場所から、静かなこの場所へと移ってきて私は大いに癒やされた。
森の中は涼しく開け放った馬車の中にも森林の清々しい香りが風に乗って伝わって来るようだった。
「ああ。なんて気持ちいい風かしら」
馬車の中に入ってくる風が悪戯に髪を弄ぶ。額に髪の毛が覆い被さってきて、うっとうしさを感じていたら、イヴァンが私の髪を編み込み始めた。
器用な手つきでこめかみ付近の髪を編まれて最後は髪ゴムで止められた。
「有り難う。イヴァン。随分慣れているのね?」
「ああ。辺境で国境警備をしていた時にちょっとな」
「ふ~ん。相当女性にもてたのでしょうね?」
彼が国境警備をしていた時は花の二十代だったし、関係を結んだ女もいたと思う。私は前世では処女で亡くなり、今生でも経験なくてイヴァンが初めてだったのに、彼はすでに経験済み。
何だか面白くないわと思っていたら、頭を撫でられた。
「もうこれからはおまえとしかやらないから安心しろ」
「その言い方、嫌だわ」
「拗ねるなよ。レナ。余にはおまえしかいない」
「その言葉、今まで何人の女性に言ってきたの?」
言い慣れた口調に腹が立つ。過去の女達に囁いた言葉を私には向けて欲しくないのに。言葉に棘が出ていたかもと思っていると、彼の膝の上に乗せられた。
「なあ、レナ。機嫌を直しておくれ。余は若い頃から戦場をかけるのが精一杯で、女心が良く分かっていない。それでもレナのことはずっと見てきた。誰よりレナの事は知っているつもりだ。過去のことは取り消せないが、今後レナを泣かせることはないと誓えるぞ」
「本当?」
「本当だ。もしも、その言葉に嘘があったならおまえの好きなようにしていい」
「じゃあ、離婚ね」
「離婚?」
「あなたが他の女性に触れるなんて堪らないもの。不貞行為があったとみなされたならすぐに離婚。分かった?」
「分かった。条件をのもう。そんなことは絶対にないと言い切れるがな」
「どうだか?」
「信じろって」
ぎゅうっと抱きしめられて、イヴァンの肌のぬくもりに絆されるように、私は馬車の揺れが心地よいのもあって目を閉じていた。




