68話・そういうことは口にしないで
「今宵はこちらの部屋でお過ごし頂きますが、明日からはステラ離宮でご滞在頂きますようにとの陛下よりのお言葉にございます。ステラ離宮は緑と湖の綺麗な湖水地方にございますので、国王夫妻にはのんびりとお過ごし頂けるのではないかと思います」
「ご配慮かたじけない」
「ありがとうございます」
形ばかりの挨拶をイヴァンが返すと、侍従長が退出していった。本当は体調を崩しているわけではないけれど、この国まで来るまでの馬車での長時間の移動が堪えていたようだ。各国から招かれている来賓を前に、失態など出来ないと緊張していたせいか、他人の目がなくなった安堵感でどっと体の疲労感が押し寄せてきた。
「顔を出しただけですぐ引き下がってきてしまったけど良かったのかしら?」
「挙式には参加した。義理は果たしたから何も問題はない」
ベッドに伏してしまうと、すぐ横で衣擦れの音が上がる。イヴァンが衣服を脱いでいるのだと気がついて、慌てて顔を上げた。
彼は上半身裸になっていて、下穿きに手をかけようとしていた。
「イヴァン、ちょっと……!」
「なんだ? 脱がないのか?」
注意しようとすると聞かれた。逆に聞きたい。なぜ、私がいる前で脱ぐのかと。
「あの、私の前で裸にならないで」
「なぜ?」
「恥ずかしくないの?」
「全然。おまえは恥ずかしいのか?」
「恥ずかしいわ」
「毎晩、裸になるよりもとっておきの恥ずかしいことをしているのに?」
それは口にして言わないで欲しかった。いくら愛し合う仲でもイヴァンの裸を平然と注目するほど、神経は図太く出来ていない。
目のやり場に困るから言っているんだけど、イヴァンは平気なようだ。
「昼間は長い時間の移動で疲れたし、おまえも疲れただろう? 寝るぞ」
そう言いながらイヴァンが目の前に立った。
「なんだ? 一人で脱げないのか? 脱がしてやろうか?」
「自分で出来るわよ」
ニヤニヤする彼から目線を逸らすと、ベッドの上に押し倒される。
「イヴァン」
「女神様はお疲れのようだから脱がせてやろう」
「いいわよ。あ、止め……!」
止めようとした手を掴まれて、シーツに押しつけられたと思ったら、イヴァンが覆い被さってきた。
「いいから。どうせ脱ぐことになるからな」
「疲れたから寝るんじゃなかったの?」
イヴァンがこれから何をしようとしているのか分かって、呆れたように言えば、「そのつもりだったんだけれどな」と、言いながら抱擁された。
「さっきのおまえの姿を見ていたらムラムラしてきた」
「イヴァンのえっち」
「そう言うおまえは口で言うほど気にしてないと思うがな」
「そういう事は口にしないものよ」
彼の瞳が近づいてきたので、顔を背けたら首筋をチュッと強く吸われた。ああ、これ絶対痕がつく奴だ。そう思ったら駄目を連発していたのだけど、面白がる彼に聞き入れる様子はなく、翌朝、シャワーを浴びた時に盛大に悲鳴を上げる事になった。




