63話・フランベルジュ国からの招待状
ソファーの上に座るイヴァンは、自分の膝の上に私を乗せて静かに話を聞いてくれた。髪を撫でてくれる手つきが優しかった。
「私はあなたの腕の中で一生を終えていたのね?」
「あなたを喪って余の心は凍えた」
「でも、こうしてあなたのもとへ戻って来たのだから、凍えた心は解けたのでしょう?」
おじさまイヴァンの胸に顔を押しつけると、つむじにキスされた。
「もうどこにも行かないでくれ。レナ」
「あなたの側にずっといるわ。その為に生まれ変わったような気がしてる」
「もうあなたを見送りたくないぞ。出来ることなら余の後で死んでくれ」
自分達の年の差は二十六歳。そのせいかイヴァンは自分が先に逝くものと思い込んでいた。
「嫌だわ、ヴァン。そこは二人仲良く老衰で亡くなりたいと言うべきではないの?」
「そうは言っても年の差がな」
「たかが二十六歳じゃない。愛があれば乗り切れるわよ」
「そうか?」
「そうよ。二人で長生きしなくちゃ。だって私達、やっと結ばれたんだもの」
意気込んで言ったら、イヴァンがくっくっと笑っていた。
「何よ。何が可笑しいの? ヴァン」
「いいや、さすがはレナだと思って」
再びつむじにキスが落ちた。
「もう少しレナを堪能したいところなんだが……」
コンコンとノック音がした。
「陛下、妃殿下。お目覚めでしょうか?」
女官長の声にイヴァンと顔を見合わせる。イヴァンの膝から降りようとしたのに「あともう少しだけ」と、強請られてもたもたしているうちに女官長が数名の女官を連れて入室してきて、朝から生ぬるい視線を頂いてしまったのだった。
その日の晩餐でイヴァンが浮かない顔をしていた。「ヴァン。何かあったの?」
「こんな物が届いてな」
昨晩、何もかもイヴァンに晒したせいか、気がつけば彼のことを抵抗なく愛称呼びしていた。イヴァンもそれに馴染んでいた。
彼は一通の手紙を差し出してきた。
「これはフランベルジュ国から?」
その封書に押されている二匹の獅子の紋章には見覚えがあった。忘れたくとも忘れられない、前世のお見合いでこちらを馬鹿にした物言いをしていた王子の国のものだ。
「どうやらタマーラに誑かされていた王子の目が覚めて、ようやく許婚である公爵令嬢と婚姻されるそうだ。その招待状だ。ぜひ、我ら二人で参加をとある」
フランベルジュ国では、自国の王子がクロスライト国の王女を騙る怪しげな女性を側に侍らせ、許嫁を蔑んでいた。公爵とは利害関係で結んだ縁だった為、王子を諫めようにも聞く耳持たず、困っていた所にバラムが現れて、騙り者の王女タマーラをクロスライト国へと連れて帰った。
タマーラがいなくなった事で婚約破棄などという事態を避け、憑きものが落ちたように王子は丸くなり、許嫁と良好な関係を築き始めたらしい。その事をかの国はイヴァンのおかげだと感謝しているらしかった。
この招待状はお礼なのかも知れない。しかし、イヴァンの顔は晴れなかった。




