62話・泣かないでイヴァン
「あの女に何と言われてきたの? お遣いも満足に出来ないようではあの女に嫌われてよ」
「おまえ。ブスがいい気になるなよ」
「あら。それが本音?」
「全てお見通しなんだろ。だったらあいつが欲しがっているものをさっさとくれてやったらどうだ? 宝の持ち腐れだろう。さっさと出せよ。王家の秘宝とやらを。宝石姫」
「あなた方は王家の秘宝とは何だと思っているの?」
「秘宝というくらいだ。王家に伝わる大きな宝石だろう? 前の陛下が出し惜しみしていたし、死ぬ時まであれは王の血に繋がる者にしか与えられないものだとほざいてやがった。あんたは身なりに無頓着だったし、別に固執してないんだよな?」
ラヴールは目的を私に見抜かれたと分かった途端、柄が悪くなった。もともと粗雑な男だからこちらの方が素だと思える。
「その王家の秘宝一つで国が立ちゆかなくなると、あれが当時の陛下から聞いていた」
どうも将軍達は秘宝とは、王の血筋に伝わる瞳の事と気がついてないようで、単に宝飾品の宝石のことだと思っていた。
「さあ、おまえが持っていても意味ないだろう? あいつにくれてやれよ」
将軍の言うあいつとは愛妾のことに違いなかった。馬鹿馬鹿しいとしか思えなかった。宝石に特に興味があるわけではないけれど、彼らを見ていると業突張りとはこういうことを言うのかも知れないと思う。
「そんなに欲しいのですか?」
「ああ」
「あげられませんわ。それを持つ行動一つによって国が左右されるのは確かですけど……」
視界が揺れた。目の前が真っ暗になる。足元がふらつき立っていられなくなった。しゃがみ込んだ途端、胃の中がカアッと熱くなって、喉元までせり上がってきたものがあった。
口元を抑えていると、「ようやく効いてきたか?」と、ほくそ笑む男と目が合った。
「さあ、さっさと白状しちまえよ。おまえが飲んだワインには毒を仕込んでおいた。即効性のものではないからそろそろ効いてくると思ってた」
「……ヴルっ」
「残念だったな。さあ、助かりたかったら吐けよ。そしたら解毒剤をくれてやる。まあ、命が助かったとしても、副作用で下半身麻痺となる。そんな状態で生きるよりは死んだ方がましと思うかもな。さ、吐けよ」
ラーヴルは意識が朦朧としている私の頭をテーブルに叩き付けた。
「おい、秘宝はどこにある?」
乱暴なラーヴルに暴力を振るわれる。もうこの世に親はなく、兄弟も喪った私にはこの先、生きていくことに執着はなかった。
肉体を痛めつけられているのに服毒のせいか、意識はぼんやりしていた。どこか他人事のように受け止めている自分もいた。これで死ぬのかな? と、思った時だった。
誰かがこの場に数名の者を連れて踏み込んできたのだ。ラーヴルはその者に張り倒されて壁側に吹き飛んでいった。
「姉上!」
忘れもしない、自分の記憶の中にある彼よりも成長したイヴァンの姿がそこにあった。彼は泣きそうな顔をして私を抱きしめ、「死なないでくれ」と、必死に取りすがってきた。
「イヴァン」
立派になったのね。と、この場にはそぐわないような思いを抱き、彼の顔をもっとよく見たいと手を伸ばしたところで私の生は尽きた。




