61話・私が死んだ日
私は死んだ当日のことを思い出していた。それをイヴァンに話して聞かせた。
「あの日、ラーヴルから一本のワインの差し入れがあったの。ワインのラベルは私が領主として治めていた場所のもので、彼は幽閉されているあなたさまに届けて欲しいと、心優しい領民から託されましたと言っていた」
あの時よく私の元へ、元領民達から励ましのように領地で取れた食べ物や飲み物などが届けられていた。幽閉はされていてもその辺りは融通されていた。
なぜなら私の監視を任されていた者がそこの領地出身者だったからだ。
そこへ政敵であるラーヴルが一本のワインを手に現れた。当然、警戒した私を見て彼は言った。
「そう警戒しないで下さいよ。私はここだけの話、ソニア様をお助けしたいと思っているのです」と。
そう言いながらグラスにワインを注いで、それを差し出して来た。飲まずにいると「毒など入っていませんよ。何なら毒味をしましょうか?」と、言ってきたので、私はそれを受けとった。冗談じゃない。
このワインは領民達からの差し入れだ。政敵に飲ませてやる義理もない。ワインに口づけると思った通りの甘い味わいで、鼻に果実のような甘みのある香りが伝わった。でも、少しだけその甘さが妙に後を引く感じでそれが気になったが、目の前のラーヴルに気を取られて違和感のことはすぐに忘れた。
「さすがはソニアさま。実はあなたと取り引きしたいと思ってまいりました」
取り引き? 私は幽閉されている時点で将軍達に降伏している状態だ。彼らに提供できるものなどない。意味不明に思うと将軍が笑いかけてきた。
「明日、アレクセイさまの処刑が行われます」
「……!」
「もしも、あなたがアレクセイさまの命を助けて欲しいと願われるのなら、それを叶えて差し上げてもいい。こちらの要望を叶えて下さるのなら今すぐにでもここからあなたを出して差し上げてもいいのです」
その言葉に私は怒りが湧いてきた。一昨日、鐘が鳴った。昨日も鐘が鳴った。次は私のはず。
王族に死がもたらされると、王都中に鐘が鳴らされるのだ。
私が幽閉されているからと言って、その後の兄や、弟の様子を気にかけないはずがない事にどうして気がつかないのだろう。
摂政姫と呼ばれていた私が、それに気がつかないはずがないのに。
この男も女性を卑下してきた部類の男性だったなと思い出し苦笑が漏れた。
「随分と見くびられたものね。私はどうなってもいいからアレクセイの命だけは助けて欲しいと言うとでも?」
「ソニアさま?」
思ったよりも低い声が出た。ラーヴルが訝る。
「すでに死んでいる者の命を助けてもいいだなんて、随分と思い上がった発言ね。神も恐れぬ所業だわ。あなたはすでに死んでいるアレクセイを生き返らせる気とでも?」
「知っていたのか?」
悔しがる男を前にして呆れる気持ちしか起きなかった。そしてこれはあのイヴァンの指示にしては稚拙な感じがした。きっとこの男はまだあの愛妾に振り回されているのだろう。




