60話・初耳です
「私達は姉弟だったのよ。結婚なんて出来るわけない」
「余は前王妃さまの保護下に置かれていたから、誰もが王子として扱ってはいたが、陛下としては認知する気はなかったようだ。いくら母と将軍が誤魔化そうと、余の父親が誰か陛下にはバレバレだったからな」
その言葉に王家の瞳の秘密について教えてくれた父王を思い出す。寝付くようになった父が珍しくも私を自室に呼び出したことがあった。
その頃は、べったり父に張り付いていたはずの愛妾の姿は見えず、人払いされた薄暗い部屋の中で父王と向かい合った。
父は私にイヴァンの秘密を打ち明けた。そして自分の血を引かぬ者を王位に就けることは避けなければならないと。
──我がクロスライト国の王の子は、昔から王家の瞳を持って産まれる。持っていない者は王の種ではない。
父王は自分の前の王も、その前の王も皆、王家の瞳を持っていたと言った。それは王子も王女も変わりなく、王の種なら間違いなく瞳は朝と夜では色合いが違う瞳に変わるのだと言った。
その秘密を知らない前将軍や、母親に振り回されてきたイヴァンはどうやら知っていたようだ。
「そのことをどうやってイヴァンは知ったの?」
「直接、先々代の王より言われた。おまえは我の子ではない。だから王位には就かせぬ、諦めよと。その代わり、ソニアの婿になれと言われた」
「ええっ? 何それ? 初耳なんだけど? それにお父さまにいつそのような話をしたの?」
「余が二十歳になった頃に言われた。その為、余は前陛下と約束した。辺境部隊に身を置き、自分に力をつけて帰って来ると。父上が亡くなってからイラリオン兄上が即位され、その隣で姉上が摂政姫として頑張っている知らせを聞いて頑張って来た。それなのにある日、宮殿が反王制派に取り囲まれたと連絡が入った」
「前将軍が蜂起した日ね?」
「姉上と兄上の様子が気になって仕方なかった。馬を飛ばして王都に来てみれば遅かった」
その時の事は良く覚えている。いきなり王都に前将軍が率いる大軍が押し寄せ「宮殿を明け渡せ」と、強請ってきたのだ。
宮殿は王の砦だ。ここを相手側に譲り渡すと言うことは譲位を示す。先月から将軍が何やら画策していると知り、私は兄や弟を密かに国から亡命させるべく味方を募っていたが、兄や弟はそれを嫌がった。
国民を捨てて自分だけ逃げるわけには行かないと二人とも正義を掲げたのだ。
二人の心意気は立派だが多勢に無勢。アレクセイはたまたま宮殿にいて自分の配下の者を連れていたが、宮殿の近衛兵と彼に従う隊だけでは、将軍が率いる軍勢に勝てる見込みはなかった。
結果から言えば、私達は将軍一派に捕らえられて幽閉された。兄のイラリオンとアレクセイは彼らによって処刑され、私はその後に続く予定だった。
「済まなかった。あの時、救ってやれなくて……」
「色々とご事情があったのでしょう? 謝らないで」
私は前世の記憶から自分はイヴァンに殺されたのだと思ってきた。でも実際は違った。イヴァンは私を殺してなかった。そればかりか救おうとしてくれていた。
「イヴァン。あなたのことを今生の私は憎んでいないわ。ラーヴルのした事は許せないけどね」
「ラーヴル? 前将軍と何か?」
「あの男は悪い男よ」




