6話・証拠はあるのか?
殿下は今になってアリスの危うさに気がついたのか、慌てて「馬鹿っ。黙れ、アリス」と、止めようとした。
でも彼女の口は止まらなかった。
「なぜよ。ヨアキム。それに馬鹿って何? 馬鹿って言った人が馬鹿なんだからね」
「アリスさん、あなたは発言の自由な環境でお育ちになったようですね? それについてはもう何も言いません。でも、殿下への尊称はお願い致します」
「そうよ。私の両親は寛大な人だから、私の好きなように伸び伸びと育ててくれた。そこがヨアキムは……殿下が良いと言ってくれたの」
私はそれ以上、彼女の発言を聞いていたくなくなった。殿下を呼び捨てにしたのを将軍から睨まれて言い直している様子を見れば無教養が疑われる。
低位貴族であっても最低限の礼儀は教え込まれてきたはずなのにと思えば、私の嫌みに気がついていないアリスは胸張って言った。
きっと今頃、彼女の両親である男爵達は頭を痛めていることだろう。すでに殿下が頭を抱えていた。
「ヨアキム殿下が言っていたわ。婚約破棄したらあのいけ好かない許婚はゲラルドに押しつけてやろうって。ゲラルドも私という許婚を失って立場がないだろうからって」
「お願いだ。黙ってくれ。アリス」
「ゲラルド良かったね。私が殿下と結婚してもレナータさまがあなたと結婚してくれるわ。あなた達、あぶれ者同士、お似合いよ」
周囲が静まりかえった。名前を挙げられたゲラルドも顔面が蒼白になっている。
「無礼な。これ以上の発言は許さぬ。そこの娘、そこに直れ」
「……! や、嫌だ。ヨアキム、助けて……」
さすがのアリスもキルサン将軍が怒っている事に気がついたらしくブルブル震えだした。そこへ「なんだ? 皆、辛気くさい顔をしおって」と、暢気な声が入り込んできた。
「キルサン。止めておけ。この場を無駄に血で汚すな。清掃も大変だと下働きの者から苦情があがるわ」
「陛下」
皆、陛下の登場に頭を下げる。そこはアリスも皆を見習ったようでカーテシをしていた。
「さあて、これはどういうことかな? レナータ。説明してもらおうか」
辺りは静まりかえっていた。そこに陛下から説明を求められる。なぜ、私が? と、いう思いがないでもないが仕方ない。
私は簡潔に述べることにした。
「ヨアキム殿下がこの場で私に婚約破棄を申し渡されました。私には怪しげな噂があるので、それを明らかにしない限りは共にいることは出来ないと言われました」
「ふ~ん。大体、予想はつくがな。きっとおまえが余の隠し子とか、二人の仲は出来ているとかという馬鹿馬鹿しい話だろう?」
「その通りです。陛下」
「それで証拠はあるのか? ヨアキム」
陛下は私に向けていた優しい声音とは明らかに違う絶対零度な視線と声を殿下に向けた。
「証拠というほどのものではありませんが……、疑わしい所は見ました。この間、陛下は僕の前でレナータに寝室で忘れたと耳飾りを返していました」
「はて。そのような事を申したかな?」
「惚けるおつもりですか? 僕は確かにこの耳で聞きました。レナータと回廊のある庭で話していたときの事です」
「ああ、あの時か。レナータに確かに耳飾りは渡したぞ。視察に行って購入してきたものだったから土産を忘れたと言ってな」
「……?」
殿下は誤解していた。私が忘れたのは陛下の寝室ではない。執務室でだ。勝手に記憶をねつ造していたようだ。




