57話・托卵王妃
イヴァンが不憫過ぎる。
その日の晩。
イヴァンはどこか不機嫌だった。
「レナ。説明してもらおうか?」
「説明?」
「キルサンとどのような知り合いなんだ?」
「将軍と? 別に単なる知り合いというか……」
イヴァンは私がキルサンと親しく話していたことに怪訝な目を向けていた。その事で将軍の企みに加担していたと誤解されても困る。
キルサンは私が前世で十四歳の時に知り合った少年だ。彼が私の乗る馬車の前に飛び出してきたことで、彼の住む領地の現状を知り、当時の領主を追い出して私が領主になった経緯があった。
キルサンとの関係を語るならその辺りから説明が必要になる。前世の記憶を持っていることは誰にも話をしていないので、どうしようかと思う。ソニアに対して執着を持つイヴァンのことだ。
私が前世の記憶を持っているだなんて聞いたら信じてもらえるかどうか微妙だ。キルサンの前では感極まって暴露してしまったけど、たまたま彼には通じただけで他の人にはどうだろう?
頭がおかしいとしか思われないかも知れない。イヴァンがそのことで探りを入れてきたのかと思ったのだけど、少し違ったようだ。彼はふて腐れたように言う。
「単なる知り合いで愛称呼びか?」
その表情にもしかして? と、思った。
「ヴァンさま。嫉妬しているの?」
「そうだ。悪いか。余の時は結構時間がかかったのに、あいつの時はなぜあんなにすんなり呼んでいるのだ? いつの間に親しくなった?」
「親しくなったわけではなくて、それは……」
「随分と気を許しているようでないか」
「それはたまたまで、あのキルサン将軍とヴァンさまは違うから」
「どう違う? 許せないな」
寝台に座っている私の隣にイヴァンが腰掛けてくる。さりげなく腰に手を回される。どうして分からないかな? これだって前には私の腰に手を触れるだけで抓ってきたのに。今じゃそんなこと、私してないのよ。
「あいつと抱き合っていたな。あいつは意外と女に手が早いぞ」
「別にあれは単なる抱擁で特に意味ないから」
「気をつけろ。あいつはヨアキムの実父だ」
項垂れるように肩に額を押しつけられてボソッと呟かれた言葉に私は目を剥いた。
「はああ? ヨアキムってあなたの子じゃないの?」
「政略結婚する前から先代の公爵の娘は余を避けていた。挙式間近にお腹が膨れていくので気になって調べたらキルサンと深い仲になっていた」
「あ……、お粗末様。もしかして公爵の弱みってそれだった?」
「余は己の血を引かぬ子を産む王妃をそのままにはしておけず幽閉した」
「ヴァンさまの立場上、仕方ありませんわよね。他の男の子を孕んだ女性を王妃として迎え入れるわけには行きませんもの。それでも王位に就くためには、前王弟の息子である公爵の後ろ盾も必要だったのでしょう?」
イヴァンが重々しく告げた内容はかなり重いものだった。彼はその事を誰にも言えずに黙って来たのだろう。王とは孤独なものだと思う。
母親の意図により彼は後ろ盾を得るためだけに王弟の息子だった前イサイ公爵を取り込んだが、その娘は不貞行為を働いていた。
公表も出来ずに幽閉して人目から遠ざけるしかなかったのだろう。それでもそのヨアキムを王子として養育していたのは、子供には罪が無いと考えていたのかも知れなかった。




